名画の中の人喰い蛇

美術館にある名画には蛇の隠し絵がある。その蛇は人間を喰っている。

「極楽浄土」とはどんなところ?

「フランダースの犬」の少年が天使によって昇って行った先の「天国」とはどんなところなのだろうか。自分自身後10年もしない内には行くかもしれないので興味がある(或いは地獄かもしれないが・・・・)。

日本の仏教ではそれは「極楽浄土」と言う。奈良博にあるこの重要文化財に描かれている。

f:id:curlchigasaki:20211229183546j:plain絹本著色浄土曼荼羅図(伝清海曼荼羅)1幅 絹本 著色 金箔 截金 掛幅    縦162.1 横134.0 平安時代・12世紀 奈良国立博物館

極楽寺(奈良)伝来とされる。

損傷が激しく、大雑把な形しか見えないが、全体の隠し絵は今も良く残っていると思える。

極楽浄土が描き表わされていて、中央に阿弥陀如来が手に印を作って蓮の座に座っている。 建物や池、舞楽を奏でる人々が大勢描かれている。差し詰め美しい人々や蓮の花に囲まれ、優し気な歌舞音曲の流れる、さぞ心地よい所なのだろう。

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左は元絵を明るくして小さくした物。右はそれの色を取った物。こうして小さくしてみると、全体で何が隠されているかが少しは見えて来るのではないか。

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阿弥陀様は多くの人々に囲まれているが、その辺りを大雑把に捉えると、巨大な蛇の頭に阿弥陀如来が乗っていると見える。蛇は真正面を向いている。阿弥陀の背後にも巨大蛇がおり、大きな口を開けている。

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画面上半分。阿弥陀の後ろの建物の屋根が、巨大な蛇の目や輪郭を形作っている。

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画面下半分。阿弥陀の乗った巨大蛇によって、画面下端の人間たちが喰われている・・・・ように僕には見える。

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全体で見るとこんなイラストが描けた。

静かで心地よいイメージの「極楽浄土」も、ここでは阿鼻叫喚の地獄絵図そのものである。蛇型生命体の餌になる事が人生の目的であるかのように人間を導く。そのためにこの絵は描かれている。その日が来るまでは別世界に行けることを楽しみにしているように人間たちを騙しておく。この事は誰にもバラしてはいけない。家畜は家畜としてその命を終わらせてやるのだ。もちろん大抵の人は繁殖用で、生の終わりに直接喰われるのではないかもしれない。しかし子孫繁栄をひたすら図っていても結局は奴らに食肉を提供してりことに変わりが無い。今日もどこかで分からないように、奴らに喰われている人間がいるのだろう。病院とかも秘密裏に何事かが成されているのかもしれない。

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こちらは飛鳥時代、法隆寺の玉虫厨子。これにも「極楽」が描かれている。

上図右は厨子の下の段、須須弥座正面の「舎利供養図」。坊さんが二人対面して仏舎利を供養しているらしいのだが、全体図を全体でぱっと見で見ると、明らかに「鬼」の顔(正面)に見える。坊主が目で、舎利容器の台座が口である。実は巨大な蛇が上下にずれて描かれていて、「鬼」の角に見えるのは、上の蛇の咥えている天女(生贄の人間)二人である。

厨子の全体を写した写真で、この「舎利供養図」を眺めていると、「鬼」の伝説が生まれたきっかけはこんな蛇の二段重ねの画像からであったのかと推測できる。

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「鬼」の顔の裏側、須弥座背面にこの絵がある。「須弥山世界図」である。「極楽浄土」の中央にそびえたつと言う山の絵が描いてある。いわば「天国」の中心とも言える。

山の手前に入口の建物。山を登って行くとまた別の建物。一番上はどこに繋がっているのか、何分7世紀の物なので損傷があり、判別が難しい。

僕の目にはこう見えた。視覚は脳を経由しているから、思い込んだ通りの図像が見えて来るとも言う。これはどうだろうか。

須弥山の入口の建物の屋根に龍の巻き付く剣のような飾りがあり、そのあたりがどうも僕には人間の尻の間の生殖器に見えてしまう。全体として人間が生殖行為をしているところを真後ろから見ているような絵に見える。尻が二つ上下に並んでいる様には見えないだろうか。

生殖行為・遺伝子の伝達、これこそが人間の生存の行き着く果て、目指すべき山の頂であるとこの絵は訴えているのではないか。「繁殖せよ!」との示唆の為の絵であるか。

イラスト描いている時は見えなかったが、今見ると元絵の上方の白丸二つが巨大蛇の両目に見えて来た。ここでも人間が喰われる存在である事を表しているらしい。

 

先日兄の一周忌を営んだが、坊さんのお経の間仏像をじっと見ていた。後背の彫刻の中に蛇神の両目が見えて「ろくな宗教ではないな」と改めて分かった。宗教は人間をミスリードするためにあるのだ。真実に限りなく近い事を説いて人々を信じさせ、何も考えずに素直に教義に従っていなさいと教える。