名画の中の人喰い蛇

美術館にある名画には蛇の隠し絵がある。その蛇は人間を喰っている。

狩野永徳「檜図屏風」 生贄の仲間を眺める女?

 

誰にでもはっきりと見える物、と言う事でやっている。

この絵の中のある部分がとてもリアルに見えるのだがどうだろうか。

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「檜図屏風」狩野永徳筆 安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館 国宝

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向かって左側の双を明るくし、コントラストを強めた。ここの左下隅に髪の長い女が背中を向けて座っているように見える。単に池の中に岩の塊が描かれているとは思えない。

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さらに画質を変えてそれをイラスト化した。岩は全て人間の身体で出来ている。人間が山のように積み重ねられている。左下隅の女はそれらを見ながら座っている。この女の肩等には蛇が這っている。池の中の大蛇たちが岩に見える人間の山に喰い付いている・・・・と僕にはこんな風に見える。生贄の現場で唯一目覚めた女が一人、その凄惨な光景を眺めて呆然としている。

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への字型に積み重ねられた人間たちとそれを見つめる女。

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拡大するとまた別の物が見えて来る。一つの画像で複数の物を同時に描いているらしい。この部分は岩であり、女の背中であり、複数の大蛇であり、積み重なった人間でもあるようだ。

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女の顔辺りに並んだ白い点が目なのだろうか。

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イラスト化するとこうなった。遠目には女の後ろ姿が把握できたが、拡大すると別の色々な要素が重なっていて分かり難い。

頭の上に蛇が乗っているがこれが写真のようにリアルである。アオダイショウか。

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詳細に見れば見るほど判別しがたくなる。女の後ろ姿にも見えるし、人間が積み重なっているようにも見えるし・・・・、頭が混乱する。

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人間の山積みと見た場合のイラスト。奥の方の人間も透けて見えている。何やら繁殖行為をしているような・・・・。

 

「地獄草子・雲火霧地獄の図」 リアルすぎる隠し絵

誰にでも見えるのではないかと思える隠し絵を選んで挙げている。これなどはどうだろうか。

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「地獄草紙」(紙本着色地獄草紙)平安時代12世紀 東京国立博物館 国宝

八大地獄の内の「雲火霧地獄の図」

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絵だけにして明るくして見る。注目していただきたいのは右下隅の部分である。

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火炎地獄の獄卒が罪人を火の中に追い込んでいる図であるが、この鬼の獄卒の足の下の地面に何か見えないだろうか。絵の最下端の白っぽい所にである。

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画質を変えてコントラストを強くして見た。下端に人間の焼死体のような物がうっすらと見えて来ないだろうか。900年近く古い絵だから染み・皺・破損等の損傷があるであろうがどうもそれだけでは無いように思える。茶色く焦げた人間の顔が、他の部分と区別されて捉えることが出来る。

絵に付いたシミが人の顔に見えるのは、空に浮かぶ雲を見て何かに見えるのと同じようにと想像力を逞しくしているだけなのだろうか。

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この部分図をイラスト化しながらさらに良く見て行くとこんな風になった。

この焼死体の上にそれに口を当てる大蛇が見える(緑色部分)。ちょうど人間を喰う大蛇の図になっている。さらに赤い火炎の腕が人間の身体になっている事にも気付く。

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少し引いた部分図にしてみると、目に見える人物以外に、火炎の中に隠し絵としての人型が見えて来る。上方から降りて来るのは巨大な蛇であり、人間を呑み込もうとしている図である。

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全体図で見ると巨大蛇が上方から無数に降りて来る様子が見えて来る。画面下方には喰われる人間たちが集められている。上方から巨大蛇が降りて来る様子が描かれ、下方の生贄の人間を喰うと言うのは今まで見て来た名画の隠し絵の法則通りだから、多分間違いないと思う。

ただ今回は右下隅の焼死体がリアルすぎる事に注目したい。絹本着色で岩絵具を使って描かれた物とは思えない。日本の伝統的画法とはまるで違う。写真に近い。

画面左上の煙っぽい部分が巨大蛇の正面顔(イラストでは緑色にした)に見えるが、これなども写真のようにリアルである。

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全体図を巨視的に見直すとこうなる。超巨大な、画面いっぱいに描かれた蛇が下方の人間たちを喰っている。

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人間の目と言うのはかなりいい加減な物であるらしい。よく錯覚を起こす。この絵は「目の錯覚」でYou Tubeを検索した結果出て来たものだが、人によって脚の長い高坏に見えたり、左右から向き合った人間の横顔に見えたりする。黒い部分を見るか、それによって出来た白い部分を見るかで違って見えると言う例である。

上記「地獄草子」では、線描された火炎や人物を見るか、それ以外を見るかで違ってくる。この絵には解説がついていて、こんな罪を犯した人はこんな地獄に落ちると書いてあるからどうしてもその解説に沿った見方しかできないようになっている。しかし信じてはいけない。ミスリードされてはいけない。

仏教説話もキリストの説教も結局は「神の教えに従いなさい。」「神の言う事だけを信じて自分の頭で考えてはいけない。」と言う所に信者を持って行こうとしている。しかし実態はこうだ。「素直に蛇神に喰われなさい。」「それがお前の運命だ。」

繁殖用に地上に繁栄させられている我々にも、「家畜らしくよく働いて税金を納め、浪費をし、テレビやゲームをして精神を別の所に置き、現実を何も考えずにただ子孫を増やせ。」と言っている。

 

横山大観 「龍興而到雲」 生贄の母子が見えないか

これなども発見しやすい絵では無いだろうか。

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横山大観 「龍興而到雲」 1937年(昭和12年) 島根県足立美術館

2年ほど前に見た絵だが今回見直しをし、イラストも描き直してみた。その際新しい発見もいくらかあった。

龍が水の中から飛び出し雲に到ると言う絵だが、画面の下三分の一程度の部分に分かり易いと思える部分がある。

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ごつごつとした岩があり川岸の岩場を表していると思われるこの部分、女性が頭を右にして横たわっているように見えないだろうか。

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丸顔の女、口や目らしき所も見える。左目には瞳さえあるようだ。その左側の岩場はこの女の肩であるらしい。

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女の胸の上には、赤ん坊がいる。顔を上に向け、口を大きく開け、右手を上に差し上げている。赤ん坊の頭の後ろに女の手がこの子を押さえ付けるように添えられているらしいのがかろうじて見える。我が子を胸に抱きしめる若い母親が描かれている。

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画面の上の方に行くと、龍の爪先に引っかかった逆さの男が見える。上半身裸で、顔が横を向いている。両腕が無い。これは母子の父親か。

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トレースしながら見える物を片っ端から描いて行くとこんなイラストになった。

下端に赤ん坊を抱いた母親と思える女が横たわっている。両足を上に上げているがその膝から先が無い。全身所々に血と思える点々が付いている。その右側の波しぶきのような物は逆さになった人間にも見える。波頭は手の指・足の指、もしくは胴体が引きちぎられた様子を表しているのかもしれない。

上を見ると先に説明した逆さの男の他にも大小さまざまな大きさの人間が見つかる。龍の顔や身体もその大小の人間の組み合わせで組み立てられているようだ。

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画面全体を占める巨大な蛇の頭が見える。こいつが母の足先、子供の手先の部分に口先を当てている。生贄を喰いに空から降りて来た、神と呼ばれる存在だろう。

神の頭の中に入り込んだ逆さの男その他の人間は、既にこの蛇神に喰われてしまった者たちだろう。

龍は巨大蛇神の目と目の間にある。龍は何体もの人体の組み立てで出来ている。この事から龍は巨大蛇神の頭脳が生み出した架空の存在・人間を騙すための存在であるのだろう。蛇神の存在を人間の目には見えないようにし、「龍神さまへの生贄」と言う形で信じ込ませているのだろう。

西洋画の中の聖母マリア等もこの龍と同じように巨大蛇神の目と目の間、もしくは鼻先に描かれている。彼女たちは蛇神の分身であり、協力者である。日本の伝説の「龍神」もある意味目くらましの協力者と言える。

巨大蛇神の目玉はガラス玉のように光っている。この目で睨まれるとどんな人間もカエルのように委縮し抵抗できないだろう。それにこの大きさ、身体の巨大さに人間は戦う気力も無くされる。こいつに出会ったら終わりだ。

神に生贄にされる人間は全体の一部だと思う。大抵の人間は繁殖用に自由に放牧されている。誰にも知られないように秘密裏に生贄の儀式が今も行われていると思う。これは頭の良いやり方だと思う。自身の姿を現わさせず「龍」・「鬼」・「聖人」・「悪魔」・「神」等別の者を思わせておいた方が人間を制御しやすい。また畏れさせやすい。考えてみれば牛や豚等に「お前は喰う為に飼っている」とかありのままを言う飼い主はいない。せめて名画の中等に真実を隠し込んでおき、人間が無知である事を確認しているのではないか。

 

ダヴィンチ 「キリストの洗礼」 生贄の少年

この世はまやかしの世界であり、人は生まれた時から洗脳されて育っている。真実は常に隠されるが、時に垣間見れる場合がある。

比較的はっきり見えると思えるところを見ている。

この絵は以前に何回も見て来たが、今回その一部分に注目した。

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レオナルドダヴィンチ(ヴェロッキオとの合作) 「キリストの洗礼」 1472~1475年 フィレンツェウフィツィ美術館

背景にUFOが描かれている事、イエスのチンチンが丸出しである事等を見て来た。イエスと言うまがい物が空からやって来た蛇神の食事に加担している図である。

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今回はこの二人の少年に注目した。さらに詳しく調べてみたい。

手前の少年の方が奥の少年に比べて美形であり、顔に麗しさがあるし、体の線も優雅な曲線を描いているのでダヴィンチの作画であり、奥の少年は師匠のヴェロッキョの作画であると思っていた。誰かの解説でもそう書いてあったと思う。弟子のダヴィンチの作画があまりにも素晴らしいので師匠は以後筆を持たなかったとか。

確かに手前の少年は美しいのだが、おかしな点もいくつか見える。

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少年たちの顔を拡大すると、どうも普通では無い。奥の少年の眼窩にあざがある。はれているのか。口もひん曲がっている。誰かに殴られたような顔である。手前の少年の顔もよく見ると瞼がはれ上がっている。

この二人は暴行を受けているのではないか。そう言えば奥の少年はイエスから顔を背け、手前の少年がイエスを恐れるかのような顔をしているように見えて来る。特に手前の少年の左目には敵意さえ感じられる。

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手前の少年は右足の膝を付き、左足の膝を前に突き出しているようだが、画面を明るくして皺をよく見るとこの左足の形はおかしいではないか。

奥の少年の下半身は全く描かれてない。イエスの衣服の右側にある赤黒い部分はこの少年の下半身では無さそうだ。

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右腕でイエスの衣服を持って洗礼の儀式の手伝いをしているようではあるが、肘が変に平板でうまく描けてない。衣服の先に右手の指先が見えてもよさそうなのに全く見えてない。

奥の少年の左手は水平に描かれているがこの手と腕との繋がりがどうなっているのか。

上腕・下碗の存在が確認できない。

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画面を明るくし、コントラストを強めてあるが、イエスの服の下あたりや手前の少年の左足があると思われる辺りの下が変に赤っぽい。左足の下と思える部分は筋肉組織が露出しているように見える。

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少年たちの身体をトレースしながら細かく見てみたらこんなイラストになった。手前の少年の左足は膝から切れており、その切断面が見えている。両腕も肩から下が無く、手と見える部分には小さな人間が複数張り付いてそれに見せている。

(この少年たちも巨人族であるらしい。聖書の中でネフィリムと言われる者だ。)

奥の少年は手はあるが腕が無く、下半身も無い。胴から真っ赤な血が真下に流れ落ちて川に注がれている。

この少年たちはイエスと言う蛇神の手下に捕まえられた、蛇神の食糧であるらしい。手足をバラバラにされてもその姿勢を保っているのは、時間的な差を同時に描き表しているからだろう。つまり少年たちは後刻喰われることを一つの絵の中に描き込んであると言う事だろう。

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イエスと洗礼者ヨハネの間に見える洞窟の入り口は、実際結構遠くにあるのかもしれない。蛇神が降りて来るまでの間、イエス等神の協力者たちが少年たちをこういう洞窟に閉じ込めておいたのだろう。今そこから引っ張り出されて喰われる所が描かれている。

(洗礼者ヨハネの左手は皮膚がはがされているので、彼は神の協力者であるにしても後に喰われる運命にあるのだろう。)

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この部分を見ていただきたい。イエスの右足の向かって左、少年の持つ服との間に川の中の様子が描かれている。ここに千切れた手が見えると思う(イラストでは黄色くした)。その下には円筒形の、切断された手か足のような物が沈んでいる。

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イエスの足の下には、恐らく奥の少年の下半身と思える物がある。イエスはそれを足で押さえるようにしている。イエスの左足の土踏まずのアーチ曲線と水の中の尻の曲線がぴったり合う。

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さらに目を右側に向けるとそこにも何やら怪しげな物体がいくつも見えて来る。

コントラストを強めたこの部分図では、川の水の色が血のように赤い。この赤色は元々この絵に有った色であり加工は一切してない。

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川の中の様子をイラスト化した。人間の身体がそのまま、あるいはパーツになって沈んでいる。所々に蛇も隠れている。

洗礼者ヨハネの足の下にも人間が押さえ付けられているし、杖の先では切断された足を押さえている。

イエスと洗礼者ヨハネの間に大きな蛇の頭が隠されていた。ヨハネの足の輪郭をそのまま使って表されている。鑑賞者は絵の中の登場人物に気を取られてなかなかこれに気付けない(僕も今回初めて見つけた)。この大きな蛇は少年の足とヨハネの足下の人間の頭を齧っている。

その他イエスの服自体も恐らくコブラの頭であるらしいし、その下の岩も鱗を見せる大蛇であると思うが、今の所はっきりと形を掴めない。いつか時間が経ったらはっきり見えて来るかも知れない。

 

ルノワール 「ピアノに寄る少女たち」 少女の手を掴む手は誰の手か?

比較的誰にでも見えそうなおかしな画像を続けて揚げる。

逆に言えば何故これが見えないのだろうかと不思議に思える画像である。

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ピエール・オーギュスト・ルノワール 「ピアノに寄る少女たち」 1892年 オルセー美術館

この絵を見た事がある人は多いだろうと思う。この絵の中に不気味な手が描かれているのを誰も気付かないのだろうか。以前このブログで扱ったのだがもう一度言う。

フランスの美人姉妹がピアノのレッスンをしている絵である。姉らしき人が指導をしている。

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不気味なのはこの部分である。ピアノを弾く妹らしき少女の左腕を下から出ている手が掴んでいる。服の皺ではない。この部分図ではコントラストを強めてはっきりさせたが、これに気付けば元絵そのままの画像(この項一番上の全体図)でもそれが見える。これは何だろう? そして何故こんなにはっきりと分かり易く、見つけやすく描かれているのだろう?

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掴む手の部分をイラスト化するとこうなる。(ここでは親指が向かって右側にあるように思ったがこの時点では間違っていた。次のイラストを描いているうちに親指は左側に突き出ているらしいことが分かった。)

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ピアノを弾く妹の下半身に当たる部分はこの少女自身の身体ではなく別の人物の横たわった身体である事が見えて来た。その人物は背を見せて頭を左にして横たわっている。ピアノを弾く少女の腰に付いたブルーの帯の左に横たわる人の目らしき物が薄く描かれている。この横たわる人の右手が右上方に伸びてピアノを弾く少女の腕を掴んでいるのだ。

椅子のクッションに見える赤い部分はこの人の左手である。血まみれになっている。首と肩の辺りに大量の血が付いている。

画面右端のソファーの部分は同じような裸の人間が積み重ねられている。大きさはさまざまである。ピアノの脚にある装飾的なアーチ形部分は横たわる人の尻の所に当たっており、この人が産んだ子供を表しているようである。

その他このピアノを弾く女の上半身はまた別の人の身体で出来ている。少女の両手はこの人の両足である。頭は椅子の背の左下にあるようだ。

こんな風にルノワールの絵の中の人物は上半身・下半身と別々の人間の身体をくっつけて組み立てられている。またそんな隠し絵の人物の手足・首が切断されていたりするのは印象派絵画の中に多く見受けられる。

絵の中の人物が別の形の人間の身体で構成されていると言う事について、作者はこんな事を鑑賞者に伝えたいのではないか・・・・「この世の中は見える通りの物では無く、真実は全く別の物で出来上がっているのだ。」「お前たちは騙されているのだ。」

 

今世の中は新型コロナウィルス感染拡大とか言って大騒ぎしているが、真実はどうなのだろう。このウィルスを他の病気との合併でなく直接の死因とする死者はどれほどなのか。感染しても完治した人をも含めて感染者累計を大仰に発表するのはどうしてか。例年のインフルエンザ・風邪による死者と比べたら大した事じゃないのではないか。どうも騙されている気がする。

ステイホームだとか言われ、密を避けて人との接触を避けろとか言われ、人々は自宅に籠りがちにされる。マイナンバー制度の圧力が次第に強まる。ワクチンが打たれるようになると今度はワクチン非接種者が差別されるだろう。まるであからさまに家畜小屋の家畜になるように誘導されているようだ。