名画の中の人喰い蛇

美術館にある名画には蛇の隠し絵がある。その蛇は人間を喰っている。

モネ 「夕焼けの反射した睡蓮の池」 水漬く屍の血の池 夢も希望も無い

モネの「睡蓮」には睡蓮だけではなく、人間の姿も隠されている。そこにいる人間たちはひどく惨めで儚い存在である。モネは血だらけになって喰われる彼らの姿を、何の感情も無く冷たく描き表わしている。

これが見えないのか。モネの絵はこんなにも残酷で悲惨な光景を描いてある。それに気付いてほしい。モネは時間に応じて移り変わる光の微妙な変化を、キャンバス上に描き表わした素晴らしい画家では無い。鑑賞者が感心する優れた技術を見せておいて、その実最も見せたいものはこの残酷な真実である。

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クロード・モネ 「夕焼けの反射した睡蓮の池」 1916~22年 カツハウス・チューリッヒ美術館

水平線が描かれて無いので、水面だけが描かれているのになかなか気づけない。睡蓮はなるほど中央に横向きに流れているのがそれか。暗い雲の隙間から真っ赤に焼けた夕空が垣間見えている様子、それが池の水面に反射している。そう言われれば水面に漂う睡蓮の葉があちこちに見えて来る。水面までの距離感・空までの距離感が描き分けられている作品である。

筆先で創り出すその技術力の高さに驚かされるが、同時に僕の目には別の物(形)も見えて来る。

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中央の夕焼け空の部分、僕には大きな尻をこちらに向けた黄色い人間の姿に見える。その左右にいる巨大な蛇によって挟まれて喰われようとしている。上半身は血で染まっているのか真っ赤である。背中に一回り小さい人間(黒っぽい)もいて、向かって右側の巨大蛇に喰われている。

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全体図をイラスト化した。

大きく見れば左右に巨大な蛇が二匹いて、真ん中の人間を挟んで喰っている。またイラストのように少し小さめの蛇が人間を咥えていたりする。大小さまざまな蛇が見えて来る。見る人によって、また同じ人でもその時の気分によって違って見えるかもしれない。大きく見ても小さく見ても、大きな蛇が人間を咥えているのが同じで、その辺がすごい。普通の人間に描ける絵では無い。

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「睡蓮 日没」 1915~1926年 オランジュリー美術館(パリ)

同じ頃描かれたよく似た絵だが、やはり左右に巨大な蛇が二匹いて、下方の人間を喰っている。

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「睡蓮の池」 1899年 ロンドン・ナショナル・ギャラリー

この絵の全体図を目を大きく見開いて見ていただきたい。画面いっぱいに巨大蛇の顔が描かれているのが見えないだろうか。その目は左右で違う。右目は黒っぽく、左目は白っぽくなっているので見つけにくい。そして画面下端には生贄の人間たちが山と積まれている。違って見える人がいるかもしれないが、僕にはイラストのように見えた。

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「柳のある明るい朝」 1914~1926年の間 オランジェリー美術館(パリ) 睡蓮の部屋の中の一点(その部分図)

大きな作品の一部分だが、赤い、血だらけの人間を咥えている爬虫類の顔が見えるだろう(?)  

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「睡蓮」 1906年 シカゴ美術館

また別の絵。池に浮かぶ睡蓮の塊の一つを拡大してみた。元の絵はどこに花があるのか、葉があるのか全く分からない。この部分図を長い時間見続けていると・・・・緑の中にある白い部分が睡蓮の花、と言うよりも人間の顔に見えて来る。上の方に一人、下の方にも一人、仰向けになってぐったりとしている人間がいるように見える。裸で四つん這いになり、尻をこちらに向けている人もいるようだ。これら人間に見える物の一つ一つに大蛇が喰い付いている様子が見えて来る。大きく見ても睡蓮の浮島が一匹の巨大蛇にも見えて来る。

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同じ絵の別の所の部分図。これはどうだろう。頭を持ち上げて泳いでくる蛇の姿が実に写実的に描かれているではないか。

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これも同じ作品の手前の部分。左側から蛇の軍団が頭だけ水面上に出して泳いでいるように見えないか。画面向かって右の方向へである。そこには白い丸っこい物が数個浮いている。生贄の多数が喰われ、未だに生き残っている数人が首だけ出しているのではないか。

モネの「睡蓮」は生贄の池の絵である。そこには水漬く屍が多数浮かんでいる死の池である。モネにしてもゴッホにしても、総じて印象派の絵画は救いようが無い暗い残酷である。「明るい色彩に満ちた絵を描く純粋な画家たち」のように見せて、実はその正反対の冷酷な画家たちであった。救いようが無い。

 

このブログを書き進めれば進めるほど、名画の中の隠し絵の残酷さに気持ちが落ち込む。もう少し希望が見えて来ないものなのだろうか。

 

いやここはこう考えるしか無い。この世は修行の場であり、苦痛が多ければ多いほど良い修業が出来て、やがてより高い次元に上昇できるのだ・・・・と(それにしても少し辛いな)。