名画の隠し絵

美術館にある名画には隠し絵がある。それは巨大な蛇の形をしており、人間を喰う姿が絵になっている。

秦致貞「聖徳太子絵伝」 太子は悪魔教の伝道師。

  • 国宝 「聖徳太子絵伝」 秦致貞筆 (はたのちてい) (10面の内の左端2面)綾本著色 平安時代・延久元年(1069) 東京国立博物館
  • 聖徳太子の幼少の頃から、隋へ行き仏教を持ち込むまでの逸話を、絵巻物のように右から左に描き表わしたもの。大きさは189.2~190.5×137.2~148.2 と一面がふすま一枚くらいの大きさがある。全10面の内、左端の2面を調べた。ここに顔っぽい物が見えたから。

これの他の右面には太子の軌跡が順に描かれており、一度に十人の話を聞いたり、馬に乗って飛んで富士山を超えたりした姿がある。この最左端の2面には四天王寺・大阪の湊・海と中国(隋)での大使の姿が描かれている。左下が浪速の湊、遣隋使の乗る和船が泊っている。左上に太子と面しているのは、隋の高僧だろうか。仏教思想を教わっているのか。

何分古い絵なので、細かい所が見えない。判別しがたくなっている。しかし大雑把な捉え方で全体を見れば、こんな隠し絵が見えて来る。

上から降りて来て地上の人間たちを口の中に入れる巨大な爬虫類の頭である。

この辺はキリスト教絵画と何も変わらない。仏教も元は同じものなのだろう。そう言えば太子の別名は「厩戸皇子」であり、イエス・キリストの出生の逸話とあまりにも似ている。時代・地域が違っても聖徳太子と釈迦とイエス、大日如来と天の父なる神は同じなのではないか。太子の役目は天の「神」の地上支配を手助けする(宗教を普及させる)ことであるらしい。

画面左端上、太子が座り、向かいの中国の高僧たちが岩のような所にいて、仏教の教えを施しているらしい(説明書きがあるが読めない)。

この場面が僕にはこんなイラストのように見える。巨大な蛇の頭に人が乗っていて、太子の顔はその人に向いている。周りにも巨大な蛇たちがいてそれぞれ口に人間らしきものを咥えている。太子自身も大蛇の上に座っているかもしれない。

この画面右下に描かれているのは山と川だろうか。しかしここをじっと見続けていると、こんな風に見えて来た。この山は人間の身体で、何体も積み上げられている。巨大な爬虫類の口先に位置している事から、そいつの食糧としての人間だろう。集められ、山と積み上げられている。

聖徳太子が日本に仏教をもたらし、国教としたのはこの時からだと教わった。彼以前の美術品には、こうしたおぞましい隠し絵が無いように思える。縄文土器や埴輪等より古い遺物には爬虫類支配の痕跡が見付けにくい。

キリスト教と言う「悪魔教」が、「仏教」と言う仮面を被って日本に入って来たと言えるのではないか。どちらも「神」を信じ、その言う事に素直に従いなさいと教える。言い替えれば、人間は何も考えずにただ家畜のように働き、「神」の食糧として素直に食われろと教えている。