名画の中の人喰い蛇

美術館にある名画には蛇の隠し絵がある。その蛇は人間を喰っている。

ゴーギャン 「柳の木」 絵を表面的だけで見ると騙される。絵の真意を探るとこうだ。

ゴーギャンの絵の残虐性はタヒチでの一連の絵が描かれる前、ブルターニュにいた頃のそれが顕著に見られるようだ。他の印象派の影響か、日本の浮世絵の影響か。

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ポール・ゴーギャン 「柳の木」 1889年 ネルソン・アンキンス美術館(カンザスシティ・アメリカ)

ブルターニュの少女二人、おじさん二人が何か作業をしている。Google Arts&Cultureの解説によれば、柳の剪定作業をする人と剪定枝を広い集めて網籠の材料にする人が描かれていると言う。確かに剪定された柳の木と、塀の所で何か作業をする人、何かを拾っている人、傍らに樹の枝を一本持っている少女たちがいる。木の剪定作業をしている事と服装から、季節は秋から冬だろう。背後の低い丘の向こうに海が見える。イギリスの手前のドーバー海峡だろうか。

寒い季節の、庶民の何気ない日常を描いたあたたかい作品とも見えるがとんでもない。この絵にも受け入れがたい真実を示した隠し絵があるのだ。

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色調を変え、小さくしてみた。こうすると画面全体を大きく見ることが出来る。

僕には巨大なアマガエルが大口を開けて人々に襲い掛かる姿が見えるのだが‥‥。左下に突き出した手が大写しになっている。

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いきなり全体図をイラスト化してみた。初見のごく大雑把な見え方である。

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この人たちは何をしているのだろうか。男は柳の枝を集めて束ねている? 僕には靴を履いているか、地面にカンナを掛けているように見える。しかも足が一本しか無い。少女の一人は確かに樹の枝らしき物を持っているが、もう一人は腹の所に何かを持っている。拾い集めた銀杏ではないだろうし、何かを大事そうに持っている。

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樹の枝を持っている少女の顔、何だこの怒りに満ちた顔。

何者かに危害を加えられた痛みを表しているのか。赤い帽子は齧り付く大蛇か。

もう一人の少女は首があり得ないほど傾き、ずれている。首だけ切られて乗せられているのか。

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少女たちをイラスト化しながらより細かく見てみると、二人とも手に小さな人間を持っている。その他の身体にも人間の形が見えるがこれは彼女たちが人間を喰ってきた事の証だろう。

絵の中の人物たちは加害者であり、同時に被害者として描かれている。つまり人間を狩り集めて喰いながら神に捧げる者として、彼ら自身も神に喰われる存在としてそこにいる。彼らは巨大蛇神の最初の創造物として、神の遺伝子をより濃く持った協力者であるらしい。

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この男、全く馬鹿げた描き方で描かれている。イラストのようにほぼ四つん這いになった人間を横から描いてそれらしく見せている。左足、左手を合わせて両手のように見せている。右足、右手は見えない。左足に見える濃い緑の物は蛇である。その先の方に両目が見えている。帽子に見えるのは蛇が巻いているのであって、そいつが正面を向いて口に咥えた人間を見せている。

こういう訳の分からない描き方が他の画家にも見られるが、その都度こう思う・・・・「この世は皆まがい物で出来ている。うかつに信じてはいけないよ」と。

最近のテレビ・ラジオのニュースでは、コロナウィルスワクチンの三回目接種をするだとか、ワクチン接種証明書が世界各国で必要になって来ている、とかで、僕にはやりきれない気持ちになっている。黙示録の「獣の刻印666」とはワクチン証明書の電子化されたものでは無いのか。スマホ内部にそれを入れるよりももう一歩進めて体内チップを埋め込まれるのではないか。人間の奴隷化・家畜化がよりはっきりとした形で表面化してきている気がする。

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画面左下にあるのは柳の枝の縛った物? いやそうは見えない。よく見るとこうだ。

人間の男女が交合しながら横たわっている。尻から子供を産んでいる。その上に蛇が流れるように這っているが、それともう一つ、人間の下半身の形が見える。皮を剥かれて赤身をさらけ出した人間の足、それが上下逆さまに置かれているのではないか。

そう言えば中央の男も鉋を掛けるような動作で皮を剥いているようでもあるし、奥の塀の所の男も大きな牛の肉を前に作業している解体業者のようである。この二人の男は、神が食べやすいように人肉の皮を剥ぐ仕事をする係なのではないか。以前見たラトゥールの「マグダラのマリア」では、頭蓋骨を皮むき器でそいで喰う女が描かれていた。神は血の滴る生肉が好みであるらしい。

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奥の低い丘にある木の表現は、迫りくる巨大蛇にも見えたが生贄の人間の積み重ねにも見える。それらを空から降りて来たさらに巨大な蛇が呑み込む。

イラストの青色で縁取りした蛇の頭の形が見えるだろうか。元絵ではうっすらと半透明になっている。

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全体図をイラスト化した。最初見えた隠し絵とはまた別の見え方になった。いずれにしても巨大爬虫類が人間を盛んに喰っている図には違いない。

蛇神は大きい物も小さい物もいる。

画面の男たちは比較的大きな人間を解体処理作業していて、右の少女たちはどこかで掴めた小さな人間を手に持って控えている。

画面右下隅、左下隅に、捕まった人間の悲痛な表情が描かれていると見えるのだがどうか。

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画面全体に巨大蛇神の顔。塀や地面に喰われる人間の隠し絵が見られる。左下隅に皮を剥がれた人間もいる。人間たちは己の死を予感し子孫を産み落とす。

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こんな露骨な男女交合図も隠れていた。男性器が異様に大きいのはセザンヌの影響か、日本の歌麿の影響か。

絵を表面的だけで見ると騙される。美術館で数分見ただけでは作者の真意は見えて来ない。隠された真実が見えたらそれを素直にそのまま受け入れる事だ。たとえそれがどんなに受け入れがたい事であっても。