名画の隠し絵

美術館にある名画には隠し絵がある。それは蛇の形をしており、人間を喰っている。

ヴェロネーゼ 「キリストの洗礼」(1550年) 人間を喰う隠し絵は神の示唆か

人間は宇宙からやって来た蛇型生命体によって創り出され、その家畜であり食糧である・・・・などと言っているのは、世界中で僕一人なのだろう。普通に教育を受けて育って来た人間ならばこんな荒唐無稽な事が普通言えるはずが無い。

ただ美術館に保管されているいわゆる「名画」を調べてみるとどうしても不自然な表現がある事に気付いてしまった・・・・絵のあちこちに蛇の画像が隠されている。人物のデッサンが狂っていると思ったらそこには別の形が隠されている。隠れた蛇の画像はその口に必ず人間の形をした物を咥えている。それは人間を喰っているようにしか見えない。

もしそれが隠された真実であるならば、何故分かるように表現してあるのか。人間がもしそんな惨めな存在として生まれて来たのなら、死ぬまで教えなければ良いではないか。だれも豚に向かって「お前は俺たちに喰われるために存在しているのだ。」などとわざわざ教える者はいない。

彼らは人間より遥かに知能が高いが、爬虫類なので暖かい心を持ってない。相手の為に真実を隠すことが出来ない。また人間の暖かい心を羨ましく思っており、それに憧れる所もある。自分たちよりも劣った生物である人間でも、いつか気付き、成長する事を願っている部分もあるのではないか。いつか気付いてくれる人が出て来るのを待っているのかもしれない。

パオロ・ヴェロネーゼ 「キリストの洗礼」 1550~60年 ノースカロライナ美術館(アメリカ)

先日調べた同名の作品よりも2~30年前に描かれている。ダヴィンチの同名作品により近い。ダヴィンチの作の70年後くらいになる。やはり蛇神の食事風景であり、人間のと殺解体現場なのだろうか。

イエスキリストの身体の上下のバランスがおかしい。腰の位置が下すぎ、左足は不鮮明で、もしこの位置に左足があったとすれば上体をもっと前に屈めるなければ後ろに倒れてしまう。左足はどうやら無いか、あるいは胴体と繋がってないらしい。

口に咥えられた何かがあり、髭や髪の毛にも何か別の形が隠されているようだが、よく分からない。

肩の盛り上がりや胸の膨らみは不自然である。こんな風に豚のように太ったイエスはあまり見ない。両肩に二人分の尻が並んでいるようだ。

イエスの右足の下にある岩のような物は、膝で押さえつけられた一回り小さな人間だろうか。

足先の川の中に、横たわっているのはイエスの左足かもしれない(僕にはこんな風に見えた)。

洗礼者ヨハネも体の上下のバランスがおかしい。腰から下に別の人間の身体のパーツを持ってきて積み重ねてある感じだ。両手両足共に大蛇の口に咥えられているらしい。

ヨハネが手に持つ盃に入っているのは、小さな人間であり、後ろにいる空の蛇神に捧げる生贄であるらしい。

画面左側で、木に抱き付いて恐れているかのような天使がいる。口から何かを垂らしている。目の周りに隈があるのはダヴィンチの少年と同じである。左目は少し変形し、口から血を吐いているのかもしれない。

天使ではなく、生贄の少年である。翼と見える部分は蛇に咥えられた2~3体の人間であり、イエスの衣と見える布も別の小さな人間であろう。上から降りて来た大蛇にそれを喰わせている。

上半身と下半身が大きさも違い、繋がってもいない。人間の身体とそれを喰う大蛇の形を組み合わせてそれらしく見せている。

少年の右ひざの地面にドクロらしき形が見えて来た。

少年の下に目を移すと、こんな物が見えて来た(上のイラストのような)。

手足を、あるいは頭を切断されてうつ伏せる人間の胴体。一番左のは顔を半ば川の水に付けている。ダヴィンチの絵では切断された手足その物が目立っていたが、この絵では手足を失った胴体の方も目立っている。

画面右側隅。でかい蛇の頭が二つ上下に並んでいる。口の中にそれぞれ小さな人間を詰め込んでいる。下の大蛇の口の下には頭蓋骨が見える。

全体図。やはり生贄の人間が無数に横たわった神の食事風景であるようだ。天使もヨハネも、イエス以外は生贄の肉としてそこに存在している。

画面に一番大きく隠されているのはこの蛇神だろうか。その目と目の中間、脳の位置にイエスがいる。イエスは神の存在を家畜たちに示す伝道者である。

こんな風にも見えるのだがどうだろうか。空の中、地上に円盤型UFOがたくさん隠れている。聖母マリアの受胎告知やこのキリストの洗礼の画題の時にはなぜかUFOっぽい形が良く見つかる。