名画の中の人喰い蛇

美術館にある名画には蛇の隠し絵がある。その蛇は人間を喰っている。

横山大観 「龍興而到雲」 生贄の母子が見えないか

これなども発見しやすい絵では無いだろうか。

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横山大観 「龍興而到雲」 1937年(昭和12年) 島根県足立美術館

2年ほど前に見た絵だが今回見直しをし、イラストも描き直してみた。その際新しい発見もいくらかあった。

龍が水の中から飛び出し雲に到ると言う絵だが、画面の下三分の一程度の部分に分かり易いと思える部分がある。

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ごつごつとした岩があり川岸の岩場を表していると思われるこの部分、女性が頭を右にして横たわっているように見えないだろうか。

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丸顔の女、口や目らしき所も見える。左目には瞳さえあるようだ。その左側の岩場はこの女の肩であるらしい。

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女の胸の上には、赤ん坊がいる。顔を上に向け、口を大きく開け、右手を上に差し上げている。赤ん坊の頭の後ろに女の手がこの子を押さえ付けるように添えられているらしいのがかろうじて見える。我が子を胸に抱きしめる若い母親が描かれている。

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画面の上の方に行くと、龍の爪先に引っかかった逆さの男が見える。上半身裸で、顔が横を向いている。両腕が無い。これは母子の父親か。

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トレースしながら見える物を片っ端から描いて行くとこんなイラストになった。

下端に赤ん坊を抱いた母親と思える女が横たわっている。両足を上に上げているがその膝から先が無い。全身所々に血と思える点々が付いている。その右側の波しぶきのような物は逆さになった人間にも見える。波頭は手の指・足の指、もしくは胴体が引きちぎられた様子を表しているのかもしれない。

上を見ると先に説明した逆さの男の他にも大小さまざまな大きさの人間が見つかる。龍の顔や身体もその大小の人間の組み合わせで組み立てられているようだ。

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画面全体を占める巨大な蛇の頭が見える。こいつが母の足先、子供の手先の部分に口先を当てている。生贄を喰いに空から降りて来た、神と呼ばれる存在だろう。

神の頭の中に入り込んだ逆さの男その他の人間は、既にこの蛇神に喰われてしまった者たちだろう。

龍は巨大蛇神の目と目の間にある。龍は何体もの人体の組み立てで出来ている。この事から龍は巨大蛇神の頭脳が生み出した架空の存在・人間を騙すための存在であるのだろう。蛇神の存在を人間の目には見えないようにし、「龍神さまへの生贄」と言う形で信じ込ませているのだろう。

西洋画の中の聖母マリア等もこの龍と同じように巨大蛇神の目と目の間、もしくは鼻先に描かれている。彼女たちは蛇神の分身であり、協力者である。日本の伝説の「龍神」もある意味目くらましの協力者と言える。

巨大蛇神の目玉はガラス玉のように光っている。この目で睨まれるとどんな人間もカエルのように委縮し抵抗できないだろう。それにこの大きさ、身体の巨大さに人間は戦う気力も無くされる。こいつに出会ったら終わりだ。

神に生贄にされる人間は全体の一部だと思う。大抵の人間は繁殖用に自由に放牧されている。誰にも知られないように秘密裏に生贄の儀式が今も行われていると思う。これは頭の良いやり方だと思う。自身の姿を現わさせず「龍」・「鬼」・「聖人」・「悪魔」・「神」等別の者を思わせておいた方が人間を制御しやすい。また畏れさせやすい。考えてみれば牛や豚等に「お前は喰う為に飼っている」とかありのままを言う飼い主はいない。せめて名画の中等に真実を隠し込んでおき、人間が無知である事を確認しているのではないか。