名画の中の人喰い蛇

美術館にある名画には蛇の隠し絵がある。その蛇は人間を喰っている。

フェルメール「天秤を持つ女」 人間は神の指図通りに生き、死になさい。

室内にいて、窓から差し込む穏やかな光に照らされた人物を描いたフェルメールの絵は好きなのだが、最近その絵の中に気持ちの悪い蛇が隠れている事を発見し驚いている。またその蛇が人間を口に入れる場面、人間が残酷に解体・保存されている場面をも発見するに至ってその訳を知りたく思っているのだがなかなか決定的な結論を導き出せないでいる。

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ヨハネス・フェルメール 「天秤を持つ女」 1664年 ワシントン国立美術館(アメリカ)

机の上で宝石箱を開け、中の金貨か何かの重さを天秤で計っている様子の女性。画面左上の窓には黄色いカーテン越しに優しい光が差し込む。窓の横に鏡がある。女性の背後には「最後の審判」の絵が飾られている。テーブルの上には紺色の厚手の布が無造作に置いてある。

女性と宝石・天秤と「最後の審判」・女性のお腹が膨らんでいる事・壁の鏡と色々な寓意的シンボルが散りばめられており、様々な解釈がなされて来たようである。

僕の解釈はそれらと全く違う。この女は神に食糧としての人間を与える者であり、人間の繁殖を図る役目を持った者である。

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この女自身も人間を喰って身体に取り込んでいるから肌に人間の形が透けて見えている。口から飛び出る小さな人間の身体がうっすらと見え、のどや肩には血の赤色が付いている。頭の上に少し大きめの人間が乗っている。

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天秤の上には何も乗ってないように見える。それとも小さな人間が乗っているのかもしれない。いずれにしても比較的小さな作品(35.5×39.7cm)なので判別が難しい。

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テーブルの上にある肌色のひものような物はごく小さな人間に見える。

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背後の壁のわずかな陰影の中に神の姿が有るようで無いようで・・・・、目らしきものが所々に見付けられる。

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女の全体像を見る。上半身に二人、下半身に二人、共に性行為をする形で女の身体を組み立てている。上半身の一人の足が女の手である。その一人の尻から子供が生まれ出ている。女の腹が膨らんでいる事と言い、この上下二組の性行為と言い、女は人間の繁殖を促す存在である事を示している(女の腹が出ているのを、当時のスカートの形のせいだと言う人もいるがここでは素直に見た通り妊婦であると見る)。

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画面下端には大抵生贄となる人間たちが多く描かれているはずである。テーブルの上に意味なく置かれているくしゃくしゃの紺の布が怪しい。

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最初分からなかったが、元絵を明るくし、画質を色々変えてみて、じっくり時間を掛けて見続ける事で、さらにトレースして行く過程で次第に見えて来た。この紺の布はやはり多くの人間が積み上げられて出来ている。所々で蛇が人間を咥えている。

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女の背後の絵「最後の審判」もよく見ると巨大な蛇神が人間を襲う阿鼻叫喚の絵である。イエス・キリストその他二三の者(オレンジ色)が神の食事の手伝いをしている様子だ。咥えられて上空で喰われる者、地上(地獄)で喰われる者がいる。

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普通明るい窓のすぐ横に鏡を掛ける事はしないと思うが、この形が画面上で何か意味を持っているのか、寓意的シンボルなのかよく分からない。

壁に大きな蛇の顔があるように見える。壁の鏡の下端から蛇が頭を出しているように見える。また壁全体が白い尻が横向きで描いてあるようにも見える。

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全体図。上空から巨大な蛇神が降りて来ている。天秤を持つ女はこの蛇にごく小さな人間を与えているらしい。テーブルの上の小さな人間たち、紺の布の中の人間たちもこの女が用意した物に違いない。

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テーブルの上の布はそれ自体が大きな蛇の頭にもなっている。女は上空の蛇神(緑)か、地上の大蛇(紺)どちらにも人間を与えているようにも見える。つまり喰われた人間が上空(天国)に行くか地上(地獄)に行くかをこの女が天秤で計って区別しているのか。この女はイエスかマリアと同じ役目の者なのだろう。

この女の頭にも巨大蛇神が喰い付いているから、いずれこの女も喰われる運命にある。

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こんな隠し絵も見えた。絵の中の人物・器物をその物と見ずに、何も考えずに形だけを追って行くと見えて来た。画面左上の壁の陰影を女の尻と見て、その手足・頭を探すと見つかる。さらに背後に覆いかぶさる男を探すとこれも見えて来る。女の尻から子供が生まれ出ている。

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またこんな風にも見えた。まず天秤を持つ女を産み落とす巨大な女の尻。顔らしき所もある。天秤を持つ女はその下半身が男性器になっている。

テーブルの上の布とテーブルの脚がまた別の女の身体になっている。テーブルを形作っているのが天秤を持つ女の腰から突き出た男性器である(巨人族は男女の区別が無いらしい)。布の作る女の尻からまた子供が産まれている。

背景の巨大な尻から生まれた、天秤を持つ女が紺の布の女と性行為をしてまた子供を作っていると言うわけである。この絵には人間の繁殖行為を隠し込んである。

 

人間、生きると言う事は他の命を取り込む事。同時に自身の肉体の死を予見して子孫を残す事。遺伝子を繋げて繁殖させておく事が大事だとこの絵は言っている。そして死とは補助者に従って神に身を捧げる事であると言っている。神の家畜である事を素直に認める事を知らず知らずに強要させる絵である。

この世は地獄である。人生において何をやっても報われないのはこんな神の家畜だからである。ただ、こんな地獄を体験しているからこそ次の世は幸せになれる。幸せとは相対的な物だから、辛い思いをした者こそより大きな幸せを感じることが出来るはずである。