名画の隠し絵

美術館にある名画には隠し絵がある。それは巨大な蛇の形をしており、人間を喰う姿が絵になっている。

デューラー 「自画像」 肉体はいずれ滅び他の生命に取り込まれる。

デューラーは筆致が精密すぎて隠し絵を見つけ難いが挑戦してみる。

f:id:curlchigasaki:20200614160248j:plain

アルブレヒト・デューラー 「自画像」 1500年 アルテ・ピナコテーク(ミュンヘン

数多く自画像を描いた画家だが、29歳の時の物である。岸田劉生が尊敬した画家であり、その厳格な、しかも精密な描写には自己の精神に対する厳しさがうかがえる。この作品にもどこもおかしな部分は一見見当たらない。

しかしよく見つめると、右手の指で摘まんだコートの毛皮の襟が怪しい。下端の左手の表現もどうなっているのか分からない。

f:id:curlchigasaki:20200614160315j:plain

順に見て行く。まず口周り。鼻の下の髭は左右とも小さな人間であろう。唇の両端にも小さな人間が咥えられてぶら下がっているのがうっすらと見える。その他頬や顎の辺りには、例の人間を咥える大蛇の姿が見て採れる。人間たちは喰われながらも尻から子供を産んでいる。

Google Arts &Cultureの高画質な画像を見て初めて発見出来る事である。

f:id:curlchigasaki:20200614160337j:plain

鼻の下の拡大図。鼻の穴から何かが出ている。僕にはごく小さな人間が飛び出しているように見える。鼻自体が三匹ほどの蛇であり、それらが咥えているのかもしれない。もしくは鼻自体が三人ほどの人間の尻であり、そこから産まれているのかもしれない。

隠し絵には二重三重に絵が重なっている事が多い。蛇の頭にも人間の尻にも見えるように表現されている。喰われる人間、産まれる人間を同時に表すことが多い。また小さく見ても大きく見ても形を捉えることが出来る。画面の中の小さな白点・黒点は汚れではなく大抵人間か蛇の眼である。

f:id:curlchigasaki:20200614160358j:plain

頭の天辺の髪が乱れている。長い髪の左右が綺麗に整っており、よく手入れされた状態なのにここだけが乱れているのは何故だろう? 

f:id:curlchigasaki:20200614160417j:plain

顔全体の部分図をイラスト化したらこうなった。頭の天辺の乱れはそこに蛇が数匹のたくっているかららしい。左右の髪の毛は真下に流れる蛇の群れであろう。髪の毛の蛇は体内に呑み込んだ人間が透けて見えているようである。

自画像だからデューラー自身が蛇の遺伝子を多く持っている事を示しているのだろうか。それとももっと大局的にこの世界の仕組みを絵の中に盛り込んでいるのか。蛇神が巨人族を地球に創り協力者とし、小さな人間をも創りそれを食糧としている、そんな世界の仕組みを絵にして人間たちに鑑賞させる使命をこの画家は義務付けられているのだろう。

顔だけの部分図にし、画面をこうして明るくしてみると、全体図で見た時よりもより目を見開いて驚いているような表情になった。彼自身も大蛇に喰われる運命にある事を知っているのだろう。恐怖がうかがえる。

f:id:curlchigasaki:20200614160439j:plain

向かって右側の髪の毛の端の部分ははっきりしない。500年の経過による劣化だろうか。修復のニスが厚塗りになっていて光に反射しているのだろうか。

ダ・ヴィンチの「モナリザ」も向かって右側の肘の辺りがこんな風に不明確な状態になっていた。こういう部分にはいろいろな隠し絵が重なっていると思える。

この絵の場合、上のイラストのように、蛇や人間の姿が大きく小さく重なっており判別しがたい。どうやら肩口に背後から回ってきた大蛇がコートの襟や胸元の人間を咥えているらしい。

f:id:curlchigasaki:20200614160457j:plain

右手でコートの香川の襟を摘まんでいる、と言うよりも、襟の部分にいる人間の足を指で掴んでいるのだろう。この人間は肩口に這い上がってきた大蛇に咥えられている。つまりこの絵の人物自身が手に持った人間を大蛇に喰わせていると思われる。

f:id:curlchigasaki:20200614160518j:plain

元絵全体とイラスト全体。何とかここまで見えて来た。この絵は単に自画像を精密に描き込んでいるだけでなく、同時に上から来る大蛇が人間を襲って喰い付く場面を描いてある。

コートの赤い色は人間の血の色かもしれない。岸田劉生の麗子像の肩掛けの赤色を連想させる。恐ろしい絵である。

f:id:curlchigasaki:20200614160538j:plain

画面全体を大きく見るとこうなる。画面全体に大きな巨大蛇(青)がいる。人物の肩の所に目がある。下端の小さな人間たちの集まり(手も二人の人間で出来ている)を喰っている。それよりも少し小さな巨大蛇(赤)が左右二匹降りて来ており、やはり人間を咥えている。

f:id:curlchigasaki:20200614160559j:plain

左手の表現が曖昧なので拡大して調べると、こんなイラストになった。これは左手ではない。人間が折り重なってそのように見えているだけである。右の方では人間同士が重なってセックスをして同時に出産しているらしい。真ん中から少し左寄りには仰向けになった人間の顔があり、両目と口が判別出来、嫌に生々しい。

肉体はいずれ滅び、他の生命に取り込まれる。

ゴーギャン 「未開の物語」 人間をコントロールする悪魔

最近の政府のやり方は全く不可解である。たいして脅威でないウイルスを国民に恐れさせ、その為に人間同士の社会的接触を制限している。経済活動を休止させ、家に籠らせ、仮想現実の世界に閉じ込めようとしている。何が目的なのか。

ゴーギャンの絵の中にこんな不気味なものがあった。

f:id:curlchigasaki:20200611125812j:plain

ポール・ゴーギャン 「未開の物語」 1902年 フォルクヴァンク美術館(ドイツ・エッセン)

暗い森の中、二人の現地人が座っている。恐らくタヒチの人だろう。その背後におかしな男が座っている。ベレー帽を被り、青い画家っぽい服を着ている。54歳の死の前年に描かれた作品である。

現地人二人は無表情だが後ろの男の顔は狂気じみている。吊り上がった目が人間の物とも思われない。絵の題は「未開の物語」、一体何を作者は伝えたいのか。

Wikimedia Commonsによれば、原題は「Contes barbares(野蛮な物語)」で、2人の若いタヒチ女性とおとぎ話の悪魔(おそらく、画家Meyer de Haanの誇張された肖像画)だと言う。純粋な現地人に対して悪魔的な西洋人が背後に迫って来ていると言う事だろうか。

f:id:curlchigasaki:20200611125828j:plain

メイエル・デ・ハーンはゴーギャンの同居人のオランダ人画家だと言う事で、同じポーズの同人の絵も残っている。

拡大してトレースしてみると、この人物は小さな人間を片手で喰っている。その眼鼻には蛇の形が露骨に出ている。蛇の遺伝子をより濃く持った存在なのだろう。「おとぎ話の悪魔」と言うのではなく、本物の「悪魔」の一形態かもしれない。

f:id:curlchigasaki:20200611125842j:plain

足の形に悪魔の形が現れている。獣のような、爪の尖った足である。

f:id:curlchigasaki:20200611125855j:plain

見た事がある足だと思ったら、レオナルド・ダ・ビンチの「受胎告知」の聖母の足先とよく似ている。その人物が「悪魔」である事を示唆するためにこんな足先を露出させているのだ。

f:id:curlchigasaki:20200611125910j:plain

元絵の画素が荒いのでよく見えないが、二人の現地人の口には何かが入っている。二人とも頬が膨らんでいるようにも見える。髪の毛の表現の中に顕著なのだが、蛇が人間を襲う場面が至る所に見つかる。向かって左の黒髪の人物の耳飾りは人間の足が切れて噴き出した血のように見える。

f:id:curlchigasaki:20200611125926j:plain

二人の身体は別の人間の身体数体で組み立てられたものである。肩や膝小僧はその人間の尻であり、そこから子供が産まれている。二人とも見えている片手で人間を押さえ付けている。この二人も人間を食糧にする巨人族である。

f:id:curlchigasaki:20200611125939j:plain

画面最下段でも大蛇と人間の攻防が繰り広げられている。というか一方的に人間が喰われている。

f:id:curlchigasaki:20200611125955j:plain

元絵全体と全体のイラスト。何処もかしこも人間は蛇どもに襲われ喰われている。喰われながらも人間たちはセックスをし、子供を産んでいる。これは寿命の長い蛇族から見れば人間が産まれ、繁殖するのが一瞬の事と見えるからだろう。

隠し絵の中の人間は大抵後ろ向きで尻を見せている。男女の区別がほとんど無い。これは人間が家畜の肉を食べる時オスメスを気にしないのと同様である。

後ろ向きの人間の頭に目がある、または呑まれた蛇の腹の中の人間が透けて見える。これは独特の表現で、その生物が食べた物の成分を元の形にして見せているのだと思う。人間の身体も他の生命体に喰われて分解しその生命体の身体になり、いずれまた別の生命を形作る元となる事を表している。言ってみれば人間の肉体は死んだらそこら中に分解して存在し、無数の生命の元となるのだろう。肉体は魂の入れ物、仮の乗り物と言う事だろう。

f:id:curlchigasaki:20200611130012j:plain

黒髪の現地人の背後に横たわる人物(イラストで青)が見えた。画家の立て膝の足は上体の服とは色が若干違う。二人の現地人の顔の合間に目と頭のような物が見える。画家は単に座っているのではなく、横たわる人物を喰っているのではないか。巨人族同士の共食いである。

手前の現地人の足の下にも人物が横たわっている。女が足の下に敷いてしっかりと押さえている。

f:id:curlchigasaki:20200611130037j:plain

女の足元の人体は、画面全体に表された巨大蛇(青い輪郭)によって喰われている。尻から数人の子供を産んでいる。

右上の訳の分からない森の表現、白い花が咲き乱れているようにも見えるが、巨大な蛇(緑)が大口を開けて三人に襲い掛かっているようにも見える。

結局最後にすべてを呑み込んでしまうのがこんな巨大な蛇なのだ。「悪魔」は巨大な蛇型生命体の遺伝子を多く受け継ぐ者だが、彼も結局巨大な蛇神に呑まれる運命にある。食物連鎖の頂点にあるのは我々蛇型生命体なのだと、今まで見て来た全ての絵画にその主張が見られる。彼らは巨人族や人間とは存在する次元が少し違うから、直接姿を見せる事は無い。自分たちの遺伝子と地球上の生物の遺伝子を組み合わせた「悪魔」たちを創り、食事の補助をさせている。

f:id:curlchigasaki:20200611130055j:plain

こんな風にも見えた。人間の繁殖を促す為の隠し絵である。人間たちはゴーギャンの有名な絵を美術館で鑑賞するたびに脳内にこの隠し絵を取り込んでいる。

 

自分たちを「神」と、人間に思わせている蛇型生命体は、今も地球を支配している。蛇の遺伝子を強く持つ「悪魔」たちを使って日夜人間をコントロールしている。「コロナ禍」対策の為のマスクや給付金の支給の裏で、自分たちの仲間の「悪魔」企業=電通パソナ等に金が行くように画策している。

やりたい放題だが、それがあまりに露骨で分かり易い。末期的症状のように思える。もうすぐ奴らの支配は終わるのではないか。

 

ゴーギャン 「食事」 とてつもない恐怖で人間を支配する要人を作る

絵画作品の一つ一つをじっくり詳細に見て行く事を再び始める。トレースと言う手作業を地道に繰り返すことでより正確な真実追及が出来ると思う。

f:id:curlchigasaki:20200603201851j:plain

ポール・ゴーギャン 「食事」 1891年 パリ・オルセー美術館

Google Arts &Cultureによると、この絵はゴーギャンタヒチ島についてすぐに描いたそうだ。タヒチの習慣では食事の仕方はこの絵の様にテーブルに食物を置いてするのではないらしい。セザンヌ静物画のように食物をひたすら大きく描いている。

やたら大きなバナナとその影、大きなボウル、ヒョウタンの容器、ナイフ等意味ありげに置かれている。一人の少女と二人の少年はテーブルの上の食べ物には全く興味が無さそうである。右手奥で座る女は何だろう。この絵は何を表した物なのだろうか。

f:id:curlchigasaki:20200603201913j:plain

向かって左の少年の首に赤い筋が付いている。目に光が無い。この少年は首を切られて死んでいるのではないか。

f:id:curlchigasaki:20200603201940j:plain

テーブルの上のナイフの先はこの少年の方に向いている。刃に赤い血のような物が付いている。横にある喰いかけのグアバの実が、切られて首だけになった猿に見える。

f:id:curlchigasaki:20200603202001j:plain

バナナの影が不自然だと思って凝視するとこんな絵が見えて来た。小さな人間が後背位で性交している図である(イラストでは青と緑)。

f:id:curlchigasaki:20200603202020j:plain

また同じ影がこんな風にも見えた。首の無い人間の身体が尻をこちらに向けている(イラストで青)。片足だけ尻の下から出していてそれがバナナの軸(茎)に見えている。赤・黄・緑のバナナはこの身体の足首に噛みつく蛇の頭、もしくは尻から生まれる子供を表しているのではないか。この身体は上の少年の身体なのであろう。

f:id:curlchigasaki:20200603202042j:plain

真ん中の少女の顔にはどこか恐怖の色が見える。隣の子が首を切られ、次は自分かも知れないと恐れているのか。果物を喰うどころではない。

f:id:curlchigasaki:20200603202104j:plain

手前のオレンジは小さな人間が丸まった物である。大きなボウルに入っているのも小さな人間で、だからこの少女は巨人族と言う事になる。人間を常食としているらしい。ただしこの絵のテーマは巨人族の食人ではなく別の所にある。

やたら大きなボウルは顔を突っ込めば少女を溺死させられるくらいの大きさである。

f:id:curlchigasaki:20200603202126j:plain

向かって右の少年は首に人間を巻き付かせている。人間は食い物として確保してあるのだが、自分も喰われるのではないかと心配である。不安が顔に出ている。

f:id:curlchigasaki:20200603202149j:plain

テーブルの上には小さな人間が鉢や水入れに擬して置かれているが少年はこれらに興味がない。

f:id:curlchigasaki:20200603202211j:plain

右奥の女は大蛇が形作っている。大蛇が呑み込んだ人間が透けて見えている。女の背後にも蛇が人間を喰っている姿があちこちで見られる。

f:id:curlchigasaki:20200603202233j:plain

全体図。

三人の少年少女の内一人は既に首を切られて恐らく死んでいる。他の二人は自分に訪れる死の恐怖に打ちひしがれる。二人を言いなりにするために一人を見せしめにして殺して見せた場面と思える。恐怖心を起こさせればその人間を制御できる。この二人の子供は後にタヒチの政治家辺りになったのかもしれない。

 

デービット・アイクだったかと思う。悪魔(蛇神の手下)が人間をコントロールする手段としてこんな場面を作り出すらしい。子供たちを食卓に並ばせ、そのうちの一人を塩酸か硫酸の液の中に顔を突っ込ませ、皮膚が解けて骨が見えるほどにして他の子たちを恐怖に震え上がらせる。そんな儀式をしてその子たちを世界の要人として送り出すのである。政治家・資産家・俳優・マンガ作家・画家等として世界を牽引させるらしい。蛇神の指図通りの事柄を強制的にさせられている。

日本の総理大臣もそんな恐怖に踊らされている一人であるに違いない。恐らくとてつもない恐怖を与えられ、指示に従わざるを得ないのだ。

新型コロナウィルスとか言う目に見えない物を使って国民を恐怖に陥れ、出来るだけ個々に自宅に籠り仮想現実を相手に(ゲームとかネット会議とか)させて、集合させない。ソーシャルディスタンスとか、マスク着用とか言って人間同士を疑心暗鬼にさせ協調させない。デモや反乱はウィルスの拡散防止のためにさせないからやりたい放題になっている。まさに末期的症状になっている。映画の「マトリックス」のような、ゲームの「どうぶつの森」のような世界になって来た。人間の肉体を家畜のように家と言う牧舎に閉じ込めてその思考だけを架空の世界に遊ばせる。そんな世界に近づいてきた。人間の肉体は食糧としていつでもすぐに提供される状態にするのが目的なのだろう。

 

歴史以前から そして今でも 人間は狩りの獲物にすぎない。

太古の昔、学校で教わる人類の歴史以前、人間の存在は思っているよりも悲惨だったのではないか。四大文明とか言われるよりも前、何万年も何十万年もの長い間の人間がどんなだったかが絵の中に描かれている。

f:id:curlchigasaki:20200527192608j:plain

ピーテル・パウルルーベンス 「カリュドーンの猪」 1611~12年頃 ザ・ジェイポールゲッティ美術館(ロサンジェルス

ギリシャ神話の神々が大猪を狩る話が題材になっている。

f:id:curlchigasaki:20200527192633j:plain

しかし実際に絵を細かく見ると、狩られているのは猪ではなく人間である事が見えて来る。大猪は人間が積み重なって出来ている。それを巨人たちが槍や弓で捕まえ、獲物は肩に乗せたりしている。彼らは狩った人間を神に捧げる。人間は小さく弱く、ただ狩られるだけの存在である。

f:id:curlchigasaki:20200527192654j:plain

ピーテル・ブリューゲル 「雪中の狩人」 1565年 ウィーン美術史美術館

f:id:curlchigasaki:20200527192716j:plain

三人の狩人の一人に注目した。槍を使って背中に担いでいるのは狐とかではなく人間である。槍やナイフ・ロープ等を使って、犬の協力をも得て狩りをしている。

f:id:curlchigasaki:20200527192749j:plain

ポール・ゴーギャン 「イア・オラナ・マリア(我マリアを拝する)」1891年 メトロポリン美術館

右手の女が肩車している少年は獲物である。腰にも赤い色をした人間がおり、女はそれをしっかり手で掴んでいる。真ん中の女たちも腰や手に小さな人間を持っている。手前の地面には神への捧げものが置かれており、そこに獲物を持ってきた所であろう。供物置き場の人間は既に手・足だけ、または骸骨になってしまっている。上方から巨大な半透明の蛇が降りて来ている。

f:id:curlchigasaki:20200527135833j:plain

ピーテル・パウルルーベンス「ヴィーナスの戦車」1630年 スウェーデン国立博物館

谷底かどこか河床と言うのか、そう言う所にキューピッドたちが大勢集められている。

岩の上に立つヴィーナス像が彼らを見下ろしている。ヴィーナスの補助者・ニンフと思える女が二人おかしなポーズをして右側にいる。勝手気ままな幼児たちの世話に大忙しなのか。

f:id:curlchigasaki:20200527192856j:plain

幼児たちは皆好きな事をやり放題である。キスをしたり、弓を射たり、物を食べたり皆バラバラな動きをしている。

神の遺伝子を直接受け継いだヴィーナスが、人間の子供を一堂に集めて神に捧げる図だと最初思えた。

f:id:curlchigasaki:20200527192923j:plain

ところがキューピッド自身が手に小さな人間(イラストで黄色)を持っている事に気付いた。真ん中あたりで物を食べている子の手にあるのは小さな人間であるらしい。画面最下端中央の青い布と白い布は、生贄の祭壇上の食べかけの人間の身体であろう。ヴィーナス像は彫刻ではなく、生きていてやはり小さな人間を左手に持っている。ニンフたちも人間を捕まえ押さえている。神に捧げる人間をヴィーナス・ニンフ・キューピッド全ての巨人たちが集めている場面であろう。

f:id:curlchigasaki:20200527193000j:plain

ヴィーナスの右手にある物は何だろう? 人間の手の骨にも見えなくはないが、僕には何らかの装置に見える。蛇神の乗ったUFOを呼ぶための通信機のような物ではないか。

f:id:curlchigasaki:20200527193043j:plain

ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ 「ヴィーナスとヴァルカン」 1765年 フィラデルフィア美術館

神話の巨人たちは人間を狩り、山積みにしてその上でくつろいでいるのか。ヴィーナスとヴァルカン、一見身体が逆方向に向いているように見えるがよく見ると同一方向に向いており、ヴァルカンがヴィーナスの背後から性交しているらしい。

f:id:curlchigasaki:20200527193134j:plain

ヨハネス・フェルメール 「真珠の耳飾りの少女」(部分) 1665年頃 マウリッツハイス美術館(オランダ・ハーグ)

何度も紹介しているが、この少女のターバン、後ろに垂れた部分の中に小さな人間の姿が見える。頭を蛇の口が直接咥えているようである。巨人の少女が蛇神の為に用意した人間だろうか。

f:id:curlchigasaki:20200527193157j:plain

ヨハネス・フェルメール 「窓辺で手紙を読む女」 1659年頃 ドレスデン・アルテ・マイスター絵画館

窓ガラスに映った女の顔が化け物っぽく、テーブルの上の厚手の布の中に大蛇がのたくっている等気味の悪い絵だが、画面右のカーテンに注目してもらいたい。

f:id:curlchigasaki:20200527193223j:plain

カーテンの皺があまりにも不自然なので画面を縦に縮めてみたら見えて来た。右端に逆さに吊り下げられた裸の人間がいる。その隣も少し大きな人間の足であろう。頭部は切断されて下に転がっているようだ。恐竜のような大きな蛇が下から頭をもたげてこれらを喰おうとしている。まるで畜肉の貯蔵施設の様である。牛でなく人肉が並べて吊り下げられている。

以前You Tubeでこれに似た映像を見た事がある。その人肉貯蔵施設は地下深くにあると言う。「Mid Night Meet Trein」と言う映画でもこれに似た場面があった。電車内で人間が襲われ、血抜きの為に逆さに吊り下げられるのだ。その人肉は地下で待っている怪物の餌になる。

近代では大っぴらに野外で人間を狩る事が出来ないから、地下に食糧をため込んであるらしい。繁殖用の人間飼育施設の話もどこかで聞いたことがある。行方不明者・失踪者等はこんな人肉処理工場に行かされるのかもしれない。

f:id:curlchigasaki:20200527193307j:plain

エドガー・ドガ 「Breakfast After The Bath(風呂の後の朝食)」1895~1898年 スイス バイエラー財団 

バスタブから上がる女。メイドがティーカップを持って控えている。この絵の右側の黄色いカーテンに注目。

f:id:curlchigasaki:20200527193331j:plain

絵をゆがめて縦を縮めると、矢印の部分に裸の女が見えないだろうか。色から判断して薬品処理された人肉が吊り下げられているように見える。

 

歴史以前の人間は単に狩りの獲物であるに過ぎなかったらしい。逃げ回るだけのみじめな存在であったらしい。それが現代に近くなるにつれて秘密裏にそれが行われるようになった。大部分の人は全くそれに気付かない。しかし行われている事は変わらないと思う。

 

「受胎告知」 人間の創造には地球外生命体が関与している。

「受胎告知」と言う画題の絵には、人類創造の謎が秘められている。

まだすべてを解明する事は出来ないが、分かった事だけでも伝えておきたい。

f:id:curlchigasaki:20200524200857j:plain

エル・グレコ 「受胎告知」 1590年頃~1603年 大原美術館

この絵の聖母マリアの赤い衣は横向きの男性器であり、背後のグレーの部分に大きな女性の尻と女性器が隠れている。女性器から人間の子供が生まれ出ている。

ここまでは他の絵にも見られる「人間の繁殖を促す」絵であるが、気になるのは天使ガブリエルが乗っている雲である(イラストでは黄色)。つばの広い帽子のような、アダムスキー型のUFOのような形をした雲で、その下にガラス瓶のような容器が置いてある。雲から何かが降り注がれている様であり、同時にマリアの服の男性器の先から流れ出た精液のような物と合わさっている。この画面右下の部分が人間を創る過程を説明しているのではないか。

f:id:curlchigasaki:20200524200919j:plain

部分拡大図。布の入った裁縫道具入れの上を精液っぽい、白っぽい物が流れている。遺伝子のらせん構造を思わせる形で描かれている。雲から降り注がれた金粉のような物が花瓶に集まっている。

地球上の類人猿と宇宙由来のUFOを操る別の生命体の遺伝子がこのガラス瓶の中で混ぜ合わされ、今の人間が生み出されたと言っているのではないか。

f:id:curlchigasaki:20200524201012j:plain

エル・グレコ 「受胎告知」 1596年 ビルバオ美術館(スペイン)

同じ作者の別の絵。セックスシンボルで満ちており、多くの雌たちが卵をたくさん産み落としている。聖母マリアは女性器の中から上体だけ出て来た所である。天使ガブリエルの乗る雲は大きな男性器であり、その先から精液を噴出させている。裁縫道具や布のある部分はその精液と、上から降り注ぐ卵子とが混ぜ合わさる所が描かれていると思える。その白い布の陰影の中に出来かけの人間の形が見える。

f:id:curlchigasaki:20200524201034j:plain

部分拡大図。裁縫道具の後ろの植物のような物は何だろうか。ろうそくを立てる飾り物? 百合の花? 生命の樹? 何か分からないが、上の作のガラス瓶の相当するものだろう。すなわち遺伝子が混ぜ合わせられている現場の表現であろう。

f:id:curlchigasaki:20200524201053j:plain

レオナルド・ダ・ヴィンチ 「受胎告知」 1475~1485年 ウフィツィ美術館

遠景にUFOが描かれている。白い雲に見える物が一機、木の形になって着陸している物が複数機見える。今回この絵で注目したのは、マリアの右手の下の書見台の部分である。

f:id:curlchigasaki:20200524201118j:plain

その拡大図。なんら不自然な所は見当たらないが、細かくトレースして行くと次第に見えて来た。普通では無い。

f:id:curlchigasaki:20200524201137j:plain

丸まった本が男性器に見える(イラストでは水色)。その先から精液が流れ出ている。マリアの手首下に小さな人間(青)がいる。本を置いてある木の部分と半透明の布で女性器の形を作っている。男性器から出る精液がこの女性器に沿って流れ、中で創られた人間がその下に集まって壺の形を作っている。いや創られた人間は書見台の右側、マリアのひじ下あたりの垂れ下がった布の所かもしれない。いずれにしろここが人間の創造される場所であろう。「受胎告知」と言うのは、マリアが救世主イエスを身ごもる事を天使に告げられると言うよりも、地球にやって来た宇宙生命体が人間を創造した瞬間を描いてあるらしい。

f:id:curlchigasaki:20200524201211j:plain

ムリーリョ 「受胎告知」 1665~66年 セビリア美術館(スペイン)

この絵も性的表現に満ちている。男女の性器がもろに描かれている。マリアは女性器から半身を出し、そこから生まれ出ている。右上にUFOが浮かんでおり、それは同時に男性器となって先から精液(黄色)を流し落としている(または男性器と言うのは僕の見間違いで、雌の尻から卵子がたくさんこぼれ落ちていると言う表現かも知れない)。天使ガブリエルの乗る雲は男性器であり、精子卵子が合わさって画面下中央の裁縫セットの形をした物が出来上がっている。これは出来たばかりの小さな人間が形作っている。

f:id:curlchigasaki:20200524201241j:plain

ロレンツォ・ロット 「受胎告知」 1528年 レカナーティ市立美術館(イタリア)

この絵でもマリアは女性器から出て来る様子が描かれている。画面右上に円盤型UFOが浮かんで(或いは着陸して)おり、その一機から大きな蛇が飛び出している。その蛇の咥えた神の形の爺さんの指さす方向に何やら怪しげな物がある。グレーの壁に隠された雌(イラストでは水色)の尻から落ちる物に爺さんは何かを当てているようである。その下にガラス製の何かが台に置いてある。

f:id:curlchigasaki:20200524201307j:plain

砂時計に布が被さっている。人間を創る装置であるらしい。砂時計の上にいる類人猿の雌の尻から落ちる卵子に、途中蛇(青)の遺伝子が咥えられて、下の人間が出来つつある。

f:id:curlchigasaki:20200524201337j:plain

国宝 「釈迦金棺出現図」 11世紀(平安時代) 京都国立博物館

日本の仏画にも似た表現があった。中央が釈迦すなわちイエスキリスト、右側にその母摩耶夫人すなわちマリアが描かれている。どちらも大蛇の胴体に繋がっている蛇神の化身である。イエスとマリアは親子であり、夫婦でもあるらしい。よく分からないが人間を生み出すのはこの二人のようだ。画面中央下に四角で囲んだ表現があるのに注目した。

f:id:curlchigasaki:20200524201401j:plain

拡大図。釈迦に向かって何かドーム型の物を捧げる男(橙色の服の男の右奥、焦げ茶色の服の男)。手前にその真似をする猿が描かれている。男の捧げる物が僕にはこう見えた。

f:id:curlchigasaki:20200524201425j:plain

拡大図。スノードームのような形の容器で、中に小さな人間が何組かいる。人間を創り出す容器を差し出しているのではないか。

f:id:curlchigasaki:20200524201452j:plain

重要文化財 尾形光琳 「太公望図」 江戸時代 京都国立博物館

絵の中の太公望は大きな男性器に乗っており、その先から精液を出し川に注いでいる。背後の岩山・霧は雌の尻であり、卵子を川に入れている。河の中で人間が創り出されている。SF映画で見たクローン培養装置に似ている。

f:id:curlchigasaki:20200524201611j:plain

白衣観音像(びゃくえかんのんぞう)」絹本著色掛け軸  14世紀 中国か朝鮮  奈良国立博物館 重要文化財

東洋で言う「観音」は聖母マリアと同一であろう。このマリアも餌としての人間を身の周りに多く引き付けてある。足元、膝の上、頭の上にも食糧を確保してある。この絵の向かって右上に「受胎告知」画にも見えるおかしな容器が置いてある。ここでは笹の生けられた鉢のように描かれているが、これが人間創造装置ではないか(イラストで四角く囲った部分)。

f:id:curlchigasaki:20200524201636j:plain

そこの拡大図。雌の尻に女性器(赤)がある。そこから下の鉢に繋がる物がある。一方さらに上からこの鉢に注がれる物(水色)がある。

f:id:curlchigasaki:20200524201706j:plain

もう一度全体図を見ると、鉢の上には巨大な蛇がおり、その眼辺りから流れ出る物が鉢に注がれているようである。

f:id:curlchigasaki:20200524201732j:plain

ミケランジェロ・ブオナローティ 「サウルの改宗」 1542~1545年 ヴァチカン・パオリナ礼拝堂

この絵では巨大蛇の眼から出る光線が地上の人間の頭の中に向かって放射されている。白衣観音の鉢に注がれているのは蛇神の精子だと思うがここでは蛇神の知能が注ぎ込まれている。遺伝子を分け与えられると言う意味では同じことかも知れない。

 

まだまだ分からない事・読み取れない事が多い。いずれにしても人間の創造には宇宙から来た蛇型生命体が関与し、その遺伝子を人間に分け与えている事は分かった。 人間は地球上に元々いた猿から自然に、突然変異して人間になったのではなく、地球外生命体の手によって遺伝子を組み替えられたようである。