名画の中の人喰い蛇

美術館にある名画には蛇の隠し絵がある。その蛇は人間を喰っている。

ゴーギャン 「食事」 とてつもない恐怖で人間を支配する要人を作る

絵画作品の一つ一つをじっくり詳細に見て行く事を再び始める。トレースと言う手作業を地道に繰り返すことでより正確な真実追及が出来ると思う。

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ポール・ゴーギャン 「食事」 1891年 パリ・オルセー美術館

Google Arts &Cultureによると、この絵はゴーギャンタヒチ島についてすぐに描いたそうだ。タヒチの習慣では食事の仕方はこの絵の様にテーブルに食物を置いてするのではないらしい。セザンヌ静物画のように食物をひたすら大きく描いている。

やたら大きなバナナとその影、大きなボウル、ヒョウタンの容器、ナイフ等意味ありげに置かれている。一人の少女と二人の少年はテーブルの上の食べ物には全く興味が無さそうである。右手奥で座る女は何だろう。この絵は何を表した物なのだろうか。

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向かって左の少年の首に赤い筋が付いている。目に光が無い。この少年は首を切られて死んでいるのではないか。

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テーブルの上のナイフの先はこの少年の方に向いている。刃に赤い血のような物が付いている。横にある喰いかけのグアバの実が、切られて首だけになった猿に見える。

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バナナの影が不自然だと思って凝視するとこんな絵が見えて来た。小さな人間が後背位で性交している図である(イラストでは青と緑)。

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また同じ影がこんな風にも見えた。首の無い人間の身体が尻をこちらに向けている(イラストで青)。片足だけ尻の下から出していてそれがバナナの軸(茎)に見えている。赤・黄・緑のバナナはこの身体の足首に噛みつく蛇の頭、もしくは尻から生まれる子供を表しているのではないか。この身体は上の少年の身体なのであろう。

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真ん中の少女の顔にはどこか恐怖の色が見える。隣の子が首を切られ、次は自分かも知れないと恐れているのか。果物を喰うどころではない。

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手前のオレンジは小さな人間が丸まった物である。大きなボウルに入っているのも小さな人間で、だからこの少女は巨人族と言う事になる。人間を常食としているらしい。ただしこの絵のテーマは巨人族の食人ではなく別の所にある。

やたら大きなボウルは顔を突っ込めば少女を溺死させられるくらいの大きさである。

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向かって右の少年は首に人間を巻き付かせている。人間は食い物として確保してあるのだが、自分も喰われるのではないかと心配である。不安が顔に出ている。

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テーブルの上には小さな人間が鉢や水入れに擬して置かれているが少年はこれらに興味がない。

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右奥の女は大蛇が形作っている。大蛇が呑み込んだ人間が透けて見えている。女の背後にも蛇が人間を喰っている姿があちこちで見られる。

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全体図。

三人の少年少女の内一人は既に首を切られて恐らく死んでいる。他の二人は自分に訪れる死の恐怖に打ちひしがれる。二人を言いなりにするために一人を見せしめにして殺して見せた場面と思える。恐怖心を起こさせればその人間を制御できる。この二人の子供は後にタヒチの政治家辺りになったのかもしれない。

 

デービット・アイクだったかと思う。悪魔(蛇神の手下)が人間をコントロールする手段としてこんな場面を作り出すらしい。子供たちを食卓に並ばせ、そのうちの一人を塩酸か硫酸の液の中に顔を突っ込ませ、皮膚が解けて骨が見えるほどにして他の子たちを恐怖に震え上がらせる。そんな儀式をしてその子たちを世界の要人として送り出すのである。政治家・資産家・俳優・マンガ作家・画家等として世界を牽引させるらしい。蛇神の指図通りの事柄を強制的にさせられている。

日本の総理大臣もそんな恐怖に踊らされている一人であるに違いない。恐らくとてつもない恐怖を与えられ、指示に従わざるを得ないのだ。

新型コロナウィルスとか言う目に見えない物を使って国民を恐怖に陥れ、出来るだけ個々に自宅に籠り仮想現実を相手に(ゲームとかネット会議とか)させて、集合させない。ソーシャルディスタンスとか、マスク着用とか言って人間同士を疑心暗鬼にさせ協調させない。デモや反乱はウィルスの拡散防止のためにさせないからやりたい放題になっている。まさに末期的症状になっている。映画の「マトリックス」のような、ゲームの「どうぶつの森」のような世界になって来た。人間の肉体を家畜のように家と言う牧舎に閉じ込めてその思考だけを架空の世界に遊ばせる。そんな世界に近づいてきた。人間の肉体は食糧としていつでもすぐに提供される状態にするのが目的なのだろう。