名画の隠し絵

美術館にある名画には隠し絵がある。それは巨大な蛇の形をしており、人間を喰う姿が絵になっている。

スーラ 穏やかな日常の中にある恐怖

この世界の真理がこんなにもあからさまに見せられている。大抵の人は死ぬまで人生の意味が分からないと思うが、美術館にある名画の中に隠し絵として真理の一部が示されている。

人生の最終的な目的とか、意義は相変わらず分からないが、人生の形(具体的な現象としての形)はここに示されている。すなわち人間は巨大な爬虫類(蛇の様な、トカゲの様な)の食糧として存在している。

この事を言っても誰も信じてはくれないだろう。こんな事を言う僕の事を頭のおかしい人間と蔑むのも当然だろう。しかし自分の目に見えるこの現実を否定することが出来ない。今まで名画を穴の空くほど、何枚も何枚も見続けて来て、その中の隠し絵を発見し、皆同一の事が表現されていた。人間を口の中に入れるその巨大生物の姿をもう見えないとは言えなくなっている。

 

 

ジョルジュ・スーラ 「グランド・ジャット島の日曜日の午後」1884~1886年 シカゴ美術館
フランス印象派の中で「点描手法」の作品の例として紹介される作品。絵具の原色の発色を生かしたとされる。
確かに日曜の公園のあたたかな日差しと、日陰の対比が描かれている。水に浮かぶヨットや樹々、様々なポーズでくつろぐ人々が描かれている。
この絵を細かく見て行くと、穏やかでも何でもない、恐怖に満ちた表現がされている事に驚く。

画面中央、母親に手を引かれた女の子。拡大して見るとこんな顔をしている。目を両目とも見開き、口を大きく開け、ただ事ではない顔をしている。

右腕に比べて顔の色が真っ赤だ。大蛇が首に巻き付き、締め上げられて苦しそうな表情に見える。日曜の午後に母親に連れられて歩く子がこんな表情をするだろうか。

画面向かって左の奥、日傘を差して横を向くスカートの女性。これも拡大してみるとこんなに醜悪だ。海の方を向いていると思いきや実はこちら(鑑賞者)の方に振り返っている。その顔は火で焼けただれたような、怪物の様な醜悪さである。もしくは傘から大蛇が降りて来て女性に覆いかぶさっているようでもある。

昔の学校図書館にあった美術書では、見つけられなかった。印刷物では色は個々のドットで刷られ、観た者の目の中で合成された別物の作品になっていた。最近になってネットで高画質画像が誰でも見れるようになって初めて見つかる。

全体図で隠し絵を見つけやすいように、縮小してみた。

ここで目を見開いて、または目を細めて全体像を把握するようにして見ていただきたい。人の形、丘の形、物の陰影が互いに繋がって大きな、別の形を作っている。

僕には正面を向いた巨大な爬虫類の顔が見える。

上図右のイラストの様な、カエルかトカゲの正面顔が口を大きく開けて、座っている人たちを口の中に入れている図になっている。右側に直立している黒服の婦人の上半身がそのカエルの目のひとつである。もう一つの目は、目を細めて見ると何となく見えて来る。水際にたたずむ婦人たちがそれを形作っているらしい。

この様に画面いっぱいに表現された爬虫類の口に人間たちが入る。他の名画でも大抵この主題である。つまり人間はこの巨大な爬虫類の口の中に入るのが宿命であると主張している。巨大な爬虫類は恐らく人間をも創造した「神」の姿なのだろう。遠い宇宙からやって来た爬虫類型生命体が、地球に元々いた有機生物を自分たちの食糧とする為に遺伝子操作をし、家畜化し、洗脳し、「神」を崇めさせ、定期的に生贄を捧げると言うシステムを作り上げたのだろう。

画面全体をこんな見方で隠し絵を捉える事も出来る。画面右上から斜めに、巨大爬虫類が降りて来ている。座っている人々を口の中に入れているのは先ほどの見方と同じである。隠し絵は幾通りにも捉えられるように描かれている。いづれも主題は同じ、「神」が生贄を捉え、喰う場面となっている。