名画の隠し絵

美術館にある名画には隠し絵がある。それは巨大な蛇の形をしており、人間を喰う姿が絵になっている。

ティントレット 「キリストの洗礼」 暗く凄惨な人間の運命

生きると言うのは何故こんなに苦しいのだろう。人生の晩年を迎えて身体がどこかしら不調で痛かったりする。身体を使う農業などは次第に縮小させていかなければならない。もう引退しても良い歳になっているが、少ない年金だけでは暮らせない。田舎に安い中古住宅を買って食糧をある程度自給しながら細々と生活して行くしかない。

この世の暮らしが苦しいのは、この世界の支配者が家畜並みの労働を人間に強いているからかもしれない。僕も若い頃よく働いたので、今は年金だけで悠々自適に暮らせると思っていたがそうでもない。悪徳政治家のせいでもあるが、政治家の上に彼らに指図するより強い存在がいるらしい。

奴らはとんでもなく頭が良く、人間たちを洗脳し、自分たちの存在を徹底的に隠し通している。普通に生きている人間には、「まさかそんな事あるはずが無い。」と思わせるほど秘密を守っている。「人間が奴らの食糧として生まれ存在している。」など、誰も思い付かないだろう。

ただ、奴らはこの世界の所々に秘密の一端を垣間見せる。名画の中に隠し絵としてそれが見えるようになっているのだ。完全に隠すのではなく、真実を見せるヒントとして人間の目の前に置いているのだ。それは「人間にはこの隠し絵がバレる事は無い。」と高をくくっているのか、それとも人間に気付かせる事を願っているのか、どちらだろうか。

 

キリスト教の聖書にある「イエス・キリストの洗礼」の逸話、イエスの存在からして作り話に違いないが、何の意図があって創作された話なのか。

ティントレット 「キリストの洗礼」 1585年 カピトリーニ美術館(イタリア・ローマ)

同じ画題でダヴィンチがヴェロッキョ工房で制作に協力した絵があるが、それと比べると絵が暗い。ほとんど茶色一色で描かれたような絵だ。「洗礼」は人がキリスト教に入信する際の大事な儀式のはずだが、こんな陰鬱な絵で良いのか。

背後の空中に幼児の生首(ケルビム)が飛んでいるし、洗礼者ヨハネも逆光になって暗い。手前の青年がイエスか。ヨハネの持つ十字架の棒で背中を突き刺されていないか。

二人の背後に巨大な爬虫類の顔がある。口を大きく開けてヨハネを咥えているのか、あるいは鼻の上にヨハネを乗せているのか。そうしてイエスと見られる青年その他を喰おうとしている図ではないか。小川の中の水草に見える物は巨大生物が喰った後の骨(あばら骨)だろう。イエスは下半身をまた別の爬虫類(地を這い頭をもたげて青年に喰い付く大蛇)に半分呑まれている。

明るくして丹念に陰影を追って行くと、イエスを呑み込む大蛇が見えて来る。白い歯は見えるし、目も見える。イエスの腰は血の様な濃い赤色に染まっている。

ヨハネが右手に握っているのは何だろう。それは男性器であり、イエスに精液を掛けている様にも見える。そう見るとイエスの耳が子宮内の卵子に見えて来る。

これは授精の瞬間を意味しているのではないか。

人間をいくら喰っても繁殖させれば問題ない。人間はいくらでも増える・・・・とでも思っているのだろうか。

レオナルドダヴィンチ(ヴェロッキオとの合作) 「キリストの洗礼」(部分) 1472~1475年 フィレンツェウフィツィ美術館

ダヴィンチの描くイエスも男性器をこちらに向けている。しかもこの絵の画題も「キリストの洗礼」である。ダヴィンチの場合、このチンコひとつで繁殖を想像させている。

全体図。イエスはチンコ丸出しで、ヨハネは身体がバラバラで手足が大蛇に咥えられて支えられているようだ。小川の中は餌となった人間の身体のパーツがたくさん転がっている。左の、服を持った少年二人も既に手・足・下半身を喰われて失っている。血の色の小川の中に彼らの手・足・下半身も転がっている。

画面全体に大きく巨大爬虫類の頭がある。絵の中の全ての人物をその身体の中に摂り込む。

背景にUFOらしき円盤がいくつも飛んでいたり、駐機したりしている。巨大爬虫類はこのUFOに乗って地上に降りて来るらしい。

ティントレットのこの絵も真意は全く同じ。巨大な爬虫類が空から降りて来て人間家畜を喰う場面を描いてある。小川の中の人間の骨・しゃれこうべが見えたとするなら、この絵の凄惨さに気付くであろう。

人間は本当に奴らの食い物として創られ存在しているのだろうか。ウソだと思いたい。絵の中に見えて来る隠し絵が信じられないのだが、それにしか見えないのが困る。