引っ越しの準備をしているのでなかなか更新できない。
それに読者の反応が薄いのでやる気が出ない事もある。
今住んでいる借家はいづれ家賃が払えなくなるので、中古の築古物件を探して購入する事にした。築65年のボロけた二階建てが見つかったので、契約を進めている。床がぶかぶかしたりするのでDIYでリフォームしながら住むつもりだ。畑付きなので自給用に野菜も作る。人口も少なく買い物も不便な町だが車を持っているし、バイクも買うつもりなので何とか生活できるだろう。

ポール・セザンヌ 「リンゴとオレンジのある静物」 1895~1900年 オルセー美術館
セザンヌは、性表現が隠し絵で露骨なくらい頻繁に見つかるが、人間を「食い物」として捉える表現も見られる。
この絵などは静物画と言うジャンルの先駆けの様な作品だと思う。ただテーブルクロスが何故かくしゃくしゃで、ソファーの背もたれやら肘掛けやらの描き方も独特だ。はっきり言って何が描いてあるのかよく分からない。この作品も美術館で大事に保管されているのだから世間の評価は高いのだろう。
絵を、穴の空くくらい時間を掛けて見続けると、僕には全く別の物が見えて来る。

ソファーの背もたれ部分に人間が隠れている。肘掛けは切断された足か。
人間は別の人間の上に覆いかぶさり、性交している事を表している。左上、右上共にそんな表現が見られる。赤や黄色の果物は人間たちの股から産まれた子供を表している。

リンゴだかスモモだかモモだかよく分からない。しかしよく見ると目鼻の付いた人間の頭部ではないのか。

「水浴する人々」 1890年頃 グラン・パレ (パリ)
人々の向こうに巨大な爬虫類の顔が見える。男たちは白いタオルを持っているが、それは別の人間であり、背後の巨大爬虫類に食べさせる生贄である。
左下隅にある土塊は生贄の山積みになったものである。その他にも地面に人間の頭部がゴロゴロ転がっている。

地面に転がっている人間の頭。

「大水浴図」 1894~1905年頃 ロンドン・ナショナル・ギャラリー
こちらの絵でも巨大な爬虫類の顔が見えている。生贄を捧げるべき存在、すなわち「神」の姿である。

黄色っぽい女たちが、白っぽい人間を持ち上げ、「神」に捧げている。上図の右側の女は随分太っているように見えるが実はそうではなく、生贄の白い人間が重なってそう見えているだけである。
「神」に別の人間の肉を捧げると言うのがこの黄色い女たちの役目であるらしい。
現代社会においても同様の役目を果たす人がいるようだ。それは「英雄」「偉人」「政治家」「聖人」「聖職者」等色々な呼ばれ方をしている。全て「神」の食糧調達の為である。

「赤いチョッキの少年」 1888年~89年 ビュールレ・コレクション(スイス・チューリッヒ)
少年の右手が異様に長いのに気付くと思うが、これに対して美術評論家は色々と説明する。絵全体のバランスを取るため、だとか言うがとんでもない。この腕は単に肩から切り落とされていているせいである。背後にいる巨大な爬虫類の口に収めるために人間の身体はバラバラに切断される。爬虫類(恐らく蛇)なんだから丸呑みして腹で消化も出来ると思うのだが、人間を食い物であると観る人に認識させる為にわざと手足をバラすのではないか。

少年の手の下にも別の人間の身体のパーツが並んでいる。

「テーブルに向かう若いイタリア女性」 1895~1900年頃 ジェイ・ポール・ゲッティ美術館(ロサンジェルス・アメリカ)
この絵でも、巨大な爬虫類が背後に描かれ、手前の人間はバラバラになった肉塊である。肉塊をそれらしく組み立てて生きた人間のように見せている。

イタリア女の下半身はテーブルの上にある。別の大きさの人間の肉もそこにある。

「サント・ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」 1904~1906年頃 ブリジストン美術館
手前に生贄となった人間が積み重なっている。背後に巨大な爬虫類の顔が迫って、生贄を口の中に入れようとしている。

手前に仰向けになった女がいる。それに覆いかぶさる男。二人は身体を重ねて子作りしているらしい。女の股の辺りから赤ん坊が出る。産婆が採り上げ空高く持ち上げているように見える。こんな生まれたばかりの人間も彼らの食糧に・・・・。そんな隠し絵に見える。