名画の隠し絵

美術館にある名画には隠し絵がある。それは巨大な蛇の形をしており、人間を喰う姿が絵になっている。

ウィリアム・ブレイク 「審判の日」 悪魔の支配からの脱却

ウィリアム・ブレイクはイギリスの詩人・画家・銅版画職人として有名。彼の手による預言書「ミルトン」の序詞に曲が付けられてイングランド国歌になっているそうだ。

こんな多才な有名人がこんな銅版画を創っている。ミケランジェロの「最期の審判」を思い起こさせる。

ルドルフ・アッカーマン・ウィリアム・ブレイク 「(墓からの)審判の日」(ロバート・ブレアの詩より)  1813年 メトロポリタン美術館

向かって右側に地獄に落ちる人、左側に天国に登る人が描かれているのは、ミケランジェロと同じ。

墓石の上に腰掛けるのはイエス・キリスト。書記がいたり、歴代の王様が並んでいたりする。左右で本を開いているのは、人々の生前の行いを書き連ねた物を見せているのだろうか。死者の行く所の閻魔大王の役目をここではイエス・キリストがやっている。

イエスは裸ではなく、福々しい身体で着衣、無表情だ。マリアはいない。

イエスの背後に天使が二人、背を向け合って飛んでいる。それが僕にはこんな風に見える。巨大な蛇が背後から襲う様子で、イエスの頭に口を付けているから、この人物は実はイエスでも何でもなく、ただの蛇の餌としての人間かもしれない。

画面向かって右側。地獄に落とされる人々。蛇に巻き付かれたり、鎖に繋がれたりしながら真っ逆さまに落ちて行く(上図左)。地獄の底では戦争の為の鎧兜を付けたまま殺し合い続けたり、獣みたいな化け物に襲われ続けたりする。阿鼻叫喚の恐怖の世界である(上図右)。

向かって左側。火の燃える所から手を差し上げ、上を向く人々。抱き合っている人もいる(上図左)。人々はお互いに助け合って天国に向かう(上図右)。

死者の様子が墓石の下に見られる。真ん中の天使三人は地獄の獄卒としての天使。剣を持って威嚇し、ラッパを吹いて指示に従わせようとする。審判に逆らう事は誰にも出来ない。

イエスの下の墓石が、こんな風に見える。大口を開けて人(三人の天使)を呑み込む悪魔の顔。目を細めたり、絵を遠目で見たりするとこんなに見える。左右の人間たちはこの隠し絵の為には単に陰影を造って協力しているだけだ。

作者は死後の世界、地下にはこんな化けもの(悪魔)が牛耳っていると言っているのか。

また同じ絵がこんな風にも見える。人間の女性が股を大きく広げて女性器を見せている図である。この場合、三人の天使は産まれ出る子供と見ることが出来る。

つまり人間は生まれてから墓場に入るまで、こんな化け物に制御されて最終的には悪魔の口の中に入る。言い方を変えれば、人間がこいつらに喰われる事が目的で生まれて来た。

全体図。

イエス・キリストの下の墓は巨大な蛇型の悪魔。イエスの背後にいるのも、全体的に大きく見て蛇の正面顔に見えるのも、やはり悪魔すなわち「神」の姿。画面最下端の生贄の祭壇上の人間の肉を喰いに来た。

蛇型生命体の支配からの脱却を望みたい。

ここに家族(娘二人と息子)を抱いて上を睨みつける爺さんがいるが、彼の様に望めば夢はかなえられるのだろうか。

 

ドラクロワ 「民衆を導く自由の女神」 人間を狩り集める「神」の手先としての女神

この絵など、見た事が無い人はいないのではないか。フランス国旗を高く掲げて革命軍を導く女神の姿が描かれている。

しかしこの絵にもおかしな点、驚くべき不可思議な点が隠されている。その事に気付く人はいないようだ。

ウジェーヌ・ドラクロワ 「民衆を導く自由の女神」 1830年 ルーブル美術館

暗くして絵をごまかしてあるので、明るくする。

女神は神話上の存在。象徴として描かれているのだろう。実際には胸もあらわにしたこんな女が人々の前に姿を表したのではない。

紳士たちや労働者たちが銃を手にし、剣を持ち、手前に横たわる犠牲者を乗り越えて進む様子が描かれる。子供でさえ拳銃を振りかざして参加している。

背後に火災が起こっているのか、白い煙が立っていて、女神の姿を際立たせる。ドラクロワはこんな劇的、動的な絵を描くのが得意だ。

左手にマスケット銃、右手に国旗を持つフランス国家を代表するマリアンヌの姿。その国歌「ラ・マルセイエーズ」を思い起こさせる。頭にかぶるフリギア帽は自由を表し、むき出しの乳房は国家の母性を表すとされる。

フランス国歌は日本などと違い、戦闘的だ。

自由の女神の顔。こうして拡大して見ると、目を剥いて民衆を見下しているのが分かる。口の中にも何か赤い物を含んでいて、その赤い血は顎の下まで流れている。

259センチ×325センチの作品で、ルーブル美術館で観る人は女神をこれほど拡大して見る事は無いだろうから気付けない。しかも背後の明るい白とのコントラストの為、この目や口は見えないだろう。

女神の目の先には、おびえたような紳士とたじろぐ労働者。革命に向かって進む人の表情とは思えない。

二人の間に鋭い目つきをした男がいる。バグパイプを咥えているらしい。必要な人物なのか。絵の主題に関して何か意味を持たせているのか。

女神の全身をイラスト化してみた。腰から下に、人間の形がいくつか見て取れる。この地位sな人間たちは、女神が「神」に捧げる生贄だと思う。右の少年の足にも同じような小さな人間がくっ付いている。

この女神たちは「神」の為に人間を集めて食糧として捧げる作業をしているらしい。

全体図。

女神の背後に巨大な「神」の姿がある。地面に転がっている人間や、女神が腰に付けた人間を口に入れているようだ。

女神自身はその上半身を巨大な「神」の頭の上に置き、共に人間を食している。

「神」の姿はこんな風にも見えた。右から来る爬虫類神と左から来る爬虫類神。また違った「神」の姿を見る人もいるだろう。いろんな見方が出来るようになっている。

革命の混乱期、戦争中などは人間を狩り集めるのにちょうどよい時期だろう。

 

ゴヤ 「裸のマハ」 神に喰われる以外の選択肢は無いのか。

ここにも背景の暗い絵がある。人物を際立たせる為これはこれで良いと思うが、どうもおかしな点がいくつもある。

フランシスコ・デ・ゴヤ 「裸のマハ」 1797~1800年頃 プラド美術館マドリード

「マハ」とは「小粋なマドリード娘」と言った意味で、名前ではないそうだ(Wikipedia)。誰を描いたのかははっきりしていない。それよりも問題だったのは、陰毛の描かれた裸の女だった事で、当時世間の目に触れることなく100年間美術館の倉庫で眠っていたそうだ。この絵のカムフラージュとしてなのか「着衣のマハ」も描かれている。

ジョルジョーネやツィティアーノのヴィーナス像とは左右が逆になっている。

左が「裸のマハ」、右が「着衣のマハ」。同じポーズだが、婦人の表情その他が微妙に違っている。

画像の明るさを増してみると色々と気付くことが多い。

このベッド、頭の所で直角に折れ曲がっているが、ひじ掛け付きのソファーにも似ている。変な形だ。

枕かクッションかがやたら大きく、婦人の上体が起き上がっている。

シーツがまたくしゃくしゃだ。ジョルジョーネにしてもツィティアーノにしても、何故シーツがピンと張られた状態で無いのか。

「若い男と戯れ、時には自由奔放な生活を楽しんだ」と言う「マハ(小粋な娘)」の顔。目つきが鋭く、口角が少し上がって、観る者の心を見透かすような、不敵な表情に見える。

口角が上がっていると思ったが、口の両端には赤い色が付いているのでそう見えるようだ。そして口から何かが飛び出している。

口の真ん中に見えるイカのゲソのような物は、よくよく見ると透けて見える小さな人間の横になった姿ではないか。その左手がゲソに見える。顔もあるし両目もあるし尻も見えると思う。

顎が赤い(コントラストを強めたのでより赤く見える)。生肉を喰っているので血が付いているのではないか。

首の下も変に赤い。こちらは顎よりも暗い赤である。

「着衣のマハ」でも婦人の口全体が真っ赤だ。やはり口から何かが飛び出している。半透明の、小さな人間のパーツのような物が見える。

顎や首下も赤い。

「裸のマハ」。乳房が、仰向けになっても平たくならずにおわん型を保っている。若くて張りのある体だ。

若い顔立ちと張りのある乳房に見惚れて気付きにくいが、じっと見続けると身体のバランスがおかしい事に気付く。

この首、位置が右上にずれてないか。両手も肩の付け根から位置が上にずれてないか。後ろのクッションに押されて、手も首ももう少し左下に位置するのが正しいとは思わないか。特に左肩の肉が不自然に盛り上がっているのがおかしい。首の後ろが筋肉盛り盛りのプロレスラーのようだ。

両肩の腕の付け根、首の付け根にはっきりと切断線が見える。色も変わっている。

左、「裸のマハ」の腰には締め付けたような跡がある。「着衣のマハ」が乳下に巻いている布とは位置が違う。当時の婦人はコルセットとかをきつく締めており、その跡がこんなパンツのゴム紐跡の様になっているのだろうか。

拡大して見ると、その締め付け跡、端の方でうっ血して青くなっている。内出血だろうか。

婦人の身体だけを取り出して見てみる。やはり腕、顔が上にずれていると思うし、腹の所で左右に無理に引っ張られて伸ばされた感じがする。

暗い画面の中で、婦人の若々しく張りのある乳房や顔、陰毛に目を奪われて気付きにくいが、こうして明るくしてみると、形のおかしさに気付いてもらえるかもしれない。

全体図。

背後の壁の微妙な陰影の中に、巨大な「神」の顔が隠されている。婦人はこの「神」への生贄供物なのだ。婦人の身体はバラバラにされている。もしくはこれからバラバラにされる予定だ。

婦人とは別に、婦人がその身体で下に押さえ付けている人間たちがいる。婦人が「神」の指示の下、狩り集めた人間たちで、クッションやベッドに似せてそこに寝ている。シーツに似せた人間は下半身だけだったり、首が無かったりしている。「神」の食事はもう始まっているらしい。

人間は結局「神」に喰われるしか選択肢が無いのか。

 

ラトゥール 「悔い改めるマグダラのマリア」 実は人間を切って食事中のマリア

美術館にある絵画は何故暗いのだろう。印象派・抽象画以外の古い絵画は、画面が暗く細かい所が良く見えない物が多い。この暗い部分に秘密にしたい真理が隠されている為にごまかしているのだろうと思う。日本の仏教彫刻のように、秘仏としてめったに開帳しない事で、有難さが増す・・・・と言うような事があるらしい。絵画の保護の為に過剰にニスを厚塗りしている訳でも無いだろう。

レンブラントにしてもこのラトゥールにしても、やたら画面が暗い。

ジョルジョ・ド・ラ・トゥール 「悔い改めるマグダラのマリア」 1635年頃 ロンドン・ナショナル・ギャラリー

今の時代、ネット上に高画質でその絵が手に入る。今回は Wikipediaで3714×4373ピクセルの物が手に入った。高画質すぎて僕の安い中国製パソコンでは時々作業途中でフリーズしてしまうほどだ。他のソフトを閉じてメモリーを食わないようにしてやっと作業できる。

画面を出来る限り明るくしてみる。

「悔恨のマグダラのマリア」と言うよくある画題で、マグダラのマリアである事を示すアトリビュートとして、長い髪、ドクロがある。マリアは暗い部屋の中でドクロの後ろにろうそくを立て、鏡に映るドクロを眺めているらしい。マリアの顔、手、胸元が、明るく見え、手前の身体が逆光で限りなく暗い。

画面の下3分の2以上が暗いのは、マリアの心の中の悔恨を表しているのか。

マリアは右手で頬杖を突いている。手の平が強く顔に押し付けられているので顎が後退して見える。顎の下が膨らんでいるのは手の圧迫によるものか、それとも口の中に何かを含んでいる為か。

この口、唇は上下に別にあるから、口の隙間の表現か。真っ赤じゃないか。口紅を塗った表現ではない。口の中に真っ赤な物を挟んでいる。何かを喰っているのか。

口の横の頬にろうそくによる影が見えるが、ろうそくは実際もっと下にあるので、影はもう少し上に向かって流れていなければおかしい(光源から放射状に影が出来るはず)。この頬から顎にかけての濃い色は、口から出た血なのではないか。口の周りを血だらけにして生肉を喰っているのではないか。

マリアは前方を見つめている。視線の先にあるのは鏡・・・・と言うよりはその額縁の上縁にいるゴキブリ(に見える虫)ではないのか。その右下には白い蛾も止まっている。それらをぼんやりと見ている。

机の上に置いてあるドクロ。逆光の暗い部分を精一杯明るくして見続けると、こんな形が見えて来た。小さい人間が四つん這いになっている姿。その両足は途中で切られている。右足の切断面がスライスされたチャーシューのようだ。

後ろのろうそく、本当のろうそくか。ナイフに見える。ナイフの柄の部分がドクロの目の位置にある。

マリアは小さい人間の肉をナイフで切って食しているのではないか。

この部分は鏡のようではあるが、ドクロの目がおかしい。凹んでいるはずの所が逆に出っ張って光っている。

右側に置いてある道具は、芋の皮を剥くためのピーラーか。手前にぶら下がった芋の皮のような物が剥いた皮か。

これは鏡ではなく、何かの実体が置いてある棚だろう。

右下に人間の顔が見える。横顔が下を向いている。その口の所にある白い物は人間の手ではないか。その他大きさはまちまちだが、人間の身体が積み重ねられているようだ。目の所も、鼻の所も小さい人間が形作っている。

人間の首を切り、顔の皮を剥ぎ、身体を解体して積み重ねてある。

これが鏡に映ったドクロとろうそくだと見るならば、その鑑賞者の観察眼はどうかしている。ぼんやりしていると騙されるから注意。

手前の暗い部分は明るくしても良く見えないが、長い時間見続けると次第に見えて来る。僕にはこんな風に見える。

マリアの下半身、スカートのような部分には、人間が積み重ねられている。虐殺現場を掘り起こしたような光景だ。これは「神」への貢物。

全体図。画面下端の生贄の人間を喰いに、上方から「神」が降りて来ている。マリア自身は「神」の頭の上に乗っている。

「神」の姿はこうも見ることが出来る。

この絵は「神」が人間を喰う事、また「神」の遺伝子を強く持ったマリアも人間を切り刻んで喰う事を表している。

「神」の正体はこんなもの。騙されてはいけない。

 

アンドレア・デル・サルト 「聖家族」 家族で食す幼児の柔らかい肉

キリスト教をもたらしたのは、宇宙から来た征服者だったようだ。彼らは地球土着の生命体を改良して自分たちの食糧とした。この事がだんだんはっきりしてきた。

アンドレア・デル・サルト 「聖家族」(弟子のヴァザーリによる複製)  16世紀 ダルウィッチ・ピクチャー・ギャラリー(ロンドン)

聖母子と洗礼者ヨハネ、マリアの母アンと父ヨセフが一団となって描かれている。ヨハネのアトリビュート物である毛皮の服や十字架も見える。弟子による模写だと言うが、何の違和感もない。隠し絵がはっきりと見えている。

聖母マリアの顔。教会の薄暗い所で遠くから見たら分からないだろうが、今こうして画像をパソコンに取り込んで明るく処理してみると、慈愛に満ちた聖母の顔が冷酷な女の顔である事が分かる。

唇が異様に赤く、しかも口から何かが垂れているのがかろうじて見える。透明なよだれのようなものだ。幼児イエスを見て口からよだれを垂らしている?

婆さんと爺さんの顔。まるで安達ケ原のババアの様に旅人を殺して喰っているような顔をしている。とてもかわいい孫を見る者の顔ではない。

洗礼者ヨハネを婆さんが抱いているが、ヨハネの腹の辺りに手を置いて何かを持っている。これは何だ。拡大して見るが、それでもよく分からない。幼児の足が見えないがそれかもしれない。血だらけになっている足?

ヨハネの背中に何か白い物がある。幼児の左手先が見えて無いからそれかもしれない。婆さんの右手も見えないから、ヨハネの左手(手指を握って拳にしている)を、婆さんの血塗られた右手で押さえているのかもしれない。

この幼児、背中が、腹が、血だらけで正に解体途中の家畜のようだ。

こちらの幼児イエスは、ヨハネの方に目を向けている・・・・と言うよりも、苦しさの為に目を剝いているのだろう。口中には血だまりが出来ており、右頬の方に吹きだした唾液か何かが見えている。

首に付いているのは絞められた跡か。または切断された首を元の位置に乗せたので皮がダブっているのか。

この幼児の周りは血の赤色が飛び散り、沁み込んでいる。

地面にある石ころは、過去に死んだ幼児たちの骨か。

イエスの身体。右腕、右足、左足が本来あるべき位置から少しずつずれており、切られている事が分かる。切断面からの血が生々しい。脇の下はマリアが血の付いた手で掴んだらしく汚れている。幼児の腰布は切断面を隠す為のもの。

右足も途中から無くなっている。足先はどこにあるのだろうか。絵の中のどこかに転がっているはずだ。

幼児の上半身。家畜のと殺死体のようだ。マリアはこの肉を見て口からよだれを垂らしていた。

二人の幼児を捕まえて解体し、三人で喰おうとしている図。既に解体処理は進んでいて、もう喰う寸前になっている。生の幼児肉は柔らかく、彼らが好んで喰うものらしい。

全体図。「神」の姿が見える。地上のすべての有機物を摂り込む。

マリア・アン・ヨセフは「神」の遺伝子を直接受け継いだ、「神」の為に使われる者。人間を捕まえ、生贄として捧げる。

婆さんの後ろ、丘の上に、見た事も無い変わった建物がある。別世界の、他の星の建物だろうか。

背景を良く見ると、UFOが何機も見える。飛んでいるのもあれば、駐機して丘に見えるものもある。名画の中のマリア像にはUFOが付き物だが、ここでもそれが見える。

彼らが地球外から来た生命体である事を示唆しているのだろう。