名画の中の人喰い蛇

美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

カラヴァッジョ「聖マタイの召命」 蛇の化身イエスの食人

f:id:curlchigasaki:20181006192536j:plain

カラヴァッジョ「聖マタイの召命」1599~1600年 サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会(ローマ)

イタリア人画家カラヴァッジョが28歳の時描いた絵で、公式の場へのデビュー作であるにも関わらず大評判となったという。

マタイによる福音書の中の「イエスが収税所で働いていたマタイに声をかけ、マタイがイエスの呼びかけにこたえてついていった」(Wikipedia)と言う話を描いている。画面右手奥の、人を指さしているようなのがイエス、テーブルの向こうの髭の男か左端の俯いて金を数えているような格好の若者がマタイらしい。(マタイはどの男か議論されて来て結局若者の方らしいがそれは僕にはどうでもいい。)

画面が暗すぎるので明るくしてみた。

f:id:curlchigasaki:20181006192552j:plain

明度・画質を変えてみるといろいろと見えて来る。壁に見える巨大蛇の正面顔・人物の体に大蛇が巻き付いている事・人物そのものが蛇で形作られているらしい事がである。カラヴァッジョも蛇神に魂を売ってその技術を手に入れたことがこれで分かった。

以下、気付いたことを順に見て行く。(蛇神の絵画による示唆は、分からないことの方が多く、発見したことがあってもそれが何のためなのか理由が分からない。分からないままに提示してゆく。)

f:id:curlchigasaki:20181006192608j:plain

ひげ親父と手前の椅子に座った男、二人とも下半身に何も穿いていない。ひげ親父の股間はチンチン丸出しに見えるし、手前の男は尻の割れ目がはっきり見える。最初白い股引のような物を穿いていると思ったが、ここまで透けて見えることは無いだろう。二人とも素足に靴を履いているようだ。

この絵の半世紀後のオランダのレンブラントが描いた「夜警」を以前調べたが、中央に立つ隊長・副隊長の股間の物が丸出しであるらしいとの疑惑を持った。このカラヴァッジョの影響を受けていたのだろう。画面を暗くしてそこに隠し絵をするのもこちらの方が先であった。 f:id:curlchigasaki:20181006192643j:plain

ひげ親父が指さし、一心不乱に金を数えている様子の若者がマタイと言う事だが、この男の左手は実は右腕の後ろにあり、皆から隠すように袋を握りしめている。右手はテーブルの上の金をかき集めている。その手に接触しているのはひげ親父の右手である。画面が暗いと両手で金を数えているように見えるが違う。手に入れた金は誰にも渡さないぞと金に執着している「聖マタイ」のしぐさである。

f:id:curlchigasaki:20181006192712j:plain

エスは既にここを出て行こうと片足を上げている。足先の形から手前の男に隠れたイエスの姿勢を想像してイラスト化した(上右図)。体を蛇のようにくねらせている。

左肩にかかっているのは大蛇の頭であるから、イエスは蛇の化身であるその姿を手前の男の体で隠しているのかもしれない。

f:id:curlchigasaki:20181006192735j:plain

エスの手前の男の顔面がおかしい。後頭部と顔面が離れすぎている。顔面は下にもずれている。まるで顔面だけ剥いで、そこに置いたような位置にある。体に比して頭部にこれほどの厚みがあるはずがない。

イラスト化しながら細かく見たら、この男の後頭部には大蛇が数匹喰い付いている。そのうちの真っ黒な一匹が男のお面の様に皮だけになった顔面を咥えているのか、もしくは頭部ごと齧り取って咥えているらしい。この男の体も大蛇に巻かれ占領されている。

エスの左手が赤い。両手の袖も赤い。血が付いているのか。口の下側もあやしい。口から血を垂らしているか。

f:id:curlchigasaki:20181006192754j:plain

上図左、画面中央のこの羽根帽子の人物の顔がスポットライトを浴びたように明るい。よく見ると顔や手の丸み、体が華奢な事でこの人物が女ではないかと疑う。老人の肩に肘を乗せるのは少年にしては馴れ馴れしすぎる。怯えたような顔をしている。

部屋の中で男二人が下半身裸でいる・金のやり取りをしている・女がいる・・・・となればここで男たちがしていた事は・・・売春?

エスの眼はこの人物に向いている(上図右。もっと解像度の高い画像が欲しかったがこれが限界)。催眠術師のような異様な眼をしている。両者の目線は一直線に繋がる。

f:id:curlchigasaki:20181006192811j:plain

結局この絵の中心画題はこの部分であろう。イエスが手を伸ばしてマタイを指さしているのではなく、女に対して手招きをしている。女は一瞬たじろいでいるが、イエスは構わず外に出ようと片足を上げている。この女を手込めにしようというのだろうか。

50年ほど後のフェルメールの「マリアとマルタの家」ではこれと似た画題であったのを思い出す。イエスがマリアの方に手を差し出し、「わたしはこれからこの女を喰う。」とでも言っていそうな絵であった。カラヴァッジョのこの絵でも「お前を喰うから一緒に来なさい。」と言っているのではないか。蛇の化身のイエスのその眼で睨まれたら術が掛かってもう逆らえない。イエスの手前の男は既に喰われて人間としての形が顔面から崩れている。手や口を血だらけにして喰ったのはイエス自身であろう。そんな様子をも見せつけられた女にもう逃げ場はない。