最近になってからネット上で名画の高画質な物が手に入るようになってきて、それによって新発見がしやすくなっている。以前のように図書館で見る画集では決して見ることのできなかった絵の中の数ミリの陰影の差を自宅にいながら見る事が出来る。
フィンセント・ファン・ゴッホ 「ジャガイモを食べる人々」 1885年 アムステルダム・ゴッホ美術館
ゴッホの作画期間は短いが、彼が牧師から画家に転向し最初に描いた本格的絵画がこれであるとされる。アルル時代の明るい色彩は全く無い。ランプの灯りだけでジャガイモの夕食を食べる貧しい農民家族の姿が描かれている。
暗い画面を明るくしてみた。
家の中が寒いのか、皆厚着である。イモや飲み物から湯気が立っている。
あまりに土臭い色合いで、人物の描写も何かデッサンが狂っているような稚拙な感じがして(特に手前の娘の描写)、好きになれない。
ただ詳細を見て行くと、蛇神の食人が窺える所が随所に発見できた。
画面上半分の家の奥を見ると、壁や天井等に大蛇が這っている。五人の人物の頭上に彼らを喰おうとしている大きな蛇が垂れ下がって来ている。窓やランプ・右上の調理器具(?)に至るまで蛇で出来ている。
ゴッホはこの作品を描いた時既に蛇神と接触し、蛇神の技術を借りて作画していたと思える。
人物を画面左から順に見て行く。
父親だろう。変に体が横に広いと思ったら、背中に大蛇が張り付いていた。骨ばった顔のこの男の体の本来の背中の線は輪郭よりも少し内側にある。帽子も蛇で出来ていて、至る所に蛇がまとわりつている。顔も体も全て蛇で構成されている。
股間から大きな男性器が勃起した状態で描かれているが、それはテーブルクロスか女のスカートのようにも見せて隠している。
帽子に蛇がのたくっている。耳は丸まった蛇、瞼は口を開けた蛇、頬は蛇の横顔、顎も首も全て蛇で無い部分は無い。
全体を雰囲気でぼんやり見ているとそれは見えない。部分部分を蛇が形作っていると信念を持って思えば次第に見えて来る。固定観念を捨てて時間を掛けて見ることが大事である。
母親であろう。蛇が取り付いて肩が盛り上がって見えるが、実際はより細いすっきりした体を持っている。貧乏で服を家の中で重ね着しているのではなく、蛇が体に張り付いて大きく太く見えるのである。肩・首に蛇が回っている。左腕は湯気に見せかけた蛇が咥えてしかも連結している。
後ろの蛇が前の蛇を深く呑み込んで、その頭だけが連結していると言うのは名画の中においてよくある表現で、蛇はこれが出来ることでより自由に変形出来る。獲物を丸呑みして後でじっくり消化すると言う蛇の特性を知らされる。
帽子も白蛇の集まり、髪も蛇の顔等である。右手の指は三本で、人差し指と見えるのは別個体の蛇である。その人差し指の蛇の口から細い白蛇がフォークとして飛び出しており、そのフォークの爪を作る蛇三本のうち一本が左手に喰い付いている。
瞼・頬骨・顎を蛇が形作っているのが見つけやすい。頬の左右の栗色の髪の毛は蛇が口を開けて威嚇している様子を作っている。
娘だと思うが、何か不自然である。頭が異様に大きく、同じく大きな頬と合わせて落花生かひょうたんの様な顔をしている。女の子にしては体の幅が広く、スカートも巨大である。子供が椅子に座っているようにはとても見えない。ランプの光の逆光となっているとはいえ、この子だけ特に黒い。それに首の左端にある白い牙のような物は何だ?
体全体を蛇に巻き付かれていてそれで太く見えるらしい。この子の本来の体の輪郭線がうっすらと見えていたりする。頭に大きな黒い蛇が喰らい付いていてさらにその上に黒い蛇が這っているようである。それで頭が異様に大きくなっているのだ。頬にもその輪郭に沿って白蛇が這い、それで顔が大きく見えている。スカートに見える部分は巨大な蛇の頭である。真ん中に一匹、左右に一匹ずつの計三匹が下からこの子に齧りついている。真ん中の巨大蛇は女の子の下半身を丸呑みしている。背中や左手にも大きな蛇の顔等が見える。右手は無い。首の左側の牙のような白い物は、上の黒蛇の口から下がって来ている白蛇か。
この娘は既に大部分蛇どもに喰われてしまっているのではないか。無い部分を蛇どもが繋がったり重なったりしてそれらしく見せているだけなのではないか。この子には人間らしい動きが全く無く人形のようである。
蛇だけで形作られたと思われる中身の無い、生命感の無い後ろ姿。
祖父だろう。家の中でも厚手のオーバーコートを着こんでいる。
・・・と思ったが、実はデカい蛇が肩に乗っかている。特に左肩の上の蛇は爺さんの頭と同じくらいの大きさの頭をしている。そいつの口から少し小さい蛇が飛び出ていて、茶碗の蛇に口を付けている。また黒っぽい蛇が肩から首にかけて巻き付いて締めている。帽子も蛇だらけ。両手とも指は三本のようである。
左頬から首にかけて黒蛇が巻いて締めていて爺さんは呼吸が出来ないで苦しそうである。目玉が死体のそれのようだ。
祖母と思われる。帽子・肩掛け・帯とどれも大きな蛇である。腰から下は巨大な蛇の頭が前後から挟むようにして咥えている。祖母の両足はぱっくりと開いた巨大蛇に呑まれてしまっている。また同時にこの辺りは太い蛇が足の周りでとぐろを巻くように回っているようにも見える。
婆さんの左腕が少し長すぎるように感じる。セザンヌの「赤いチョッキの少年」の片腕のように長い・・・と言うか、肩から外れて下にずれているのではないか。左肩にかかったショールに見せかけた大蛇がその鋭い牙で肩の所で腕を喰いちぎり、咥えているのかもしれない。
その左手の先の人指し指は、本来のこの女の指ではなく、別個体の蛇だと思うが、足を喰う巨大な蛇に喰い付いてわずかな抵抗を見せているのか。
頭や肩に喰い付かれ、首や腹を絞められ、下半身を飲み込まれてもう意識が無くなっているのではないか。
絵筆のひと塗りの中に蛇の画像の印影が表れている。人間技とは思えない。油絵の具を絵筆に乗せて塗ったとは思えない。たぶん油絵に似せて別な手法を用いているに違いない。
ゴッホにしても他の画家にしても、蛇神への生贄図に上手い下手の差は無い。全く同じテーマで同じ作者が描いたような作品である。大きく見れば巨大な蛇顔に見えてそれが小さな蛇の集まりにも見える。蛇が右の人間を襲っているように見えて左の人間を喰っているようにも見える。見る人によって違って見えたりする。
ゴッホの絵のような一見乱暴な筆の運びの中でも、実は精密な蛇の印影が隠されている。