名画の隠し絵

美術館にある名画には隠し絵がある。それは巨大な蛇の形をしており、人間を喰う姿が絵になっている。

ブリューゲル 「雪中の狩人」 人食い蛇がセックス・出産を勧める

ブリューゲルの名画に挑戦。この絵の中に何が見えたか。

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ピーテル・ブリューゲル 「雪中の狩人」 1565年 ウィーン美術史美術館

横幅が162cmもある大作である。ほとんど白と黒の画面に家壁の赤・火の黄・犬の茶だけが色付けされてアクセントになっている。寂しい冬景色の中、狩人が犬と共に歩いている。得た獲物は背中に担いだ狐一匹のみ。誰しもがうつむいて家を目指す。火を燃やす農夫たち、スケートで遊ぶ子供たちが見える。我が家で待っているであろう家族を思うと気が重い。遠くの雪景色・空の鳥たちが狩人たちの心を表すかのように寂しく厳しい。

北欧ルネサンスの巨匠ブリューゲルの代表作とも言えるこの作品に素直に感じた疑問点をいくつか挙げてみる。

狩人たちの歩く道はどうなっているのか。崖の上から急斜面を降りて行くのだろうか。

左の三本の木の間をわざわざ縫って歩くのは何故か。

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狩人が背に担いでいるのは狐? パッと見トカゲにも見えるが。狐にしては耳が無い。拡大して明るくしてトレースしてみて初めて分かった。これは狐でもトカゲでも無く小さな人間である。三人ほどの人間がいる。二人は腰の辺りを紐か板かで吊り下げられている。巨人の狩人の獲物は人間であった。狩人の身体自体も数人の人間の身体を組み立てて出来ている。すなわちこの男も人間を常食しているので身体が人間で出来ていると言う事なのだろう。

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Wikipedia等でも「猟銃を持った狩人」云々と解説されるがこれはどうだ。三人の男が肩に担いでいるのは「猟銃」ではなく「槍」である。拡大図を見れば一目瞭然である。16世紀の西洋に鉄砲が無かったはずはない。日本の種子島に銃が入ったのよりも後であるのにこんなおかしな事は無い。誰も気付かないのか。

「槍」と「犬」を使って人間狩りをしていた大昔の巨人族時代(神話の時代)の事を描いた絵ではないか。人間狩りならば「弓矢」なりの飛び道具をも持たず「犬」と「槍」と「ナイフ」くらいで狩りを出来たのだろう。

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最後尾の犬、子犬が母犬の腹の下にもぐり遊んでいる? いや明るくしてよく見るとこの犬も人間数体の身体の組み合わせで出来ている。耳や尻尾は蛇である。

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他の犬も人間の身体で組み立てられている。

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画面最下段中央の草場には何やら尻から生まれ出る赤ん坊のような物が見える。

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画面右下、凍った水路で遊ぶ三人ほどの子供がいるが、その水路の微妙な陰影の中に蛇の顔のような物が見える。三人の子供それぞれに喰い付く大蛇である。

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画面左で火を燃やす農夫たち。火が家に近すぎて家が燃えそうである。またこんなに火の近くにいてよく熱くないものだ。このくらいの大きさの火であれば少なくとも3~5メートルは遠ざからなければとてもいられるものではない。炎の向こうの農婦は身体が透けている。

この火は左上から降りて来た巨大蛇の頭であろう。炎の向こうの農婦は別の蛇に下半身を呑まれているらしい。そして焼いているように見えるのは・・・・人間だろう。火の中に黒い焼け焦げた様な人間の顔が数個見える。右の男が火の中にくべているのも人間だろう。巨大蛇に人間を喰わせている所、空から人間を喰いにやって来た蛇の手伝いをしている所であろう。f:id:curlchigasaki:20190830171057p:plain

屋根に掛かった看板が落ちかかっている。文字は読めないが恐らくキリスト教の聖者が祈りを捧げている図だろう。教会の権威もこの村には無く、その教義もないがしろにされている事を表しているのか。教会など何の価値も無い事を言っているのか。

僕には巨大蛇に人間が呑まれようとしている図にしか見えない。教会とは巨大蛇に喰われることを最終の教義にしている、人間にとって害悪でしかない物だとの真実を伝えている。信じてはいけないとの作者からのメッセージである。

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画面右上の飛ぶ鳥。尾が長いから「カササギ」だとの解説もあるがどうだろう? 画面の中の他の鳥は全て「カラス」なのに一羽だけ「カササギ」? 黒い羽根の中に白い点がいくつも見えるがこれは人間の眼であり、ここにも人間が隠れているようだ。また絵を大きく見た場合、この違和感のある鳥の形は巨大蛇の眼であったりするのだろう。

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絵の上半分。イラスト化する過程でまたいろいろ見えて来た。遠景の野原や山は人体で一杯である。地面は人間を構成する有機物が変化してできた物である。人間の身体は死んで土に帰る。

人間たちを巨大蛇どもが空から喰いに来ている(青い輪郭)。

中景の雪を被った家の屋根にもまた人間の形が採れる。なにやら後背位でセックスしているでようあり、股から子供を産んでいるようでもある。

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絵の下半分。狩人が歩いている地面はうつ伏せになった大きな人間の身体。その尻から子供が生まれ出ている。あちこちで蛇が人間を襲っている。

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全体図イラスト。巨大蛇が地上の人間たちを喰いまくる。巨大蛇は大きさがまちまちで、しかもその存在が重なっている。「カササギ」はやはりこの蛇の一匹の眼であった。

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左元絵。右はセックス・出産を念頭に置いてみた場合の見え方。これだけの男女交合図が見て取れた。狩人が歩く丘と一つ向こうの丘を合わせて人間の尻になる。この尻の間から子供が数人生まれている。

食人・セックス・出産が同時に絵の中に隠れている。家畜を喰った後は増やさなければいけないので、セックスを奨励する。美術館にある、皆に大事にされている名画と言うのはこう言う隠し絵で人間を誘導していく為のものであるらしい。この絵を見て「感動した!」とか言っている人はこの誘導にまんまと引っかかっている人である。知らず知らずに子作りに励みたくなっている自分に気付かない。

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左元絵。右、大きく見た場合のイラスト。「ご開帳・出産」の図。

これがブリューゲルの絵の真実。世界中で僕以外に気付いた人はいないのだろうか?

 

歌川広重 「王子不動の滝」 人間を喰う「神」

今回は「東海道五十三次」で有名な歌川広重の絵。昔は安藤広重と言われていた。この浮世絵師の作品の中にも「人食い蛇」が良く見える物があった。

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歌川広重 「名所江戸百景 王子不動の瀧」 1856年~58年 静岡市東海道広重美術館

東京武蔵野、石神井川にかつてあった不動の滝が描かれている。両側に岩がそびえ、一筋の滝が力強く真っ直ぐに落ちている。滝壺近くでは五人ほどの男女が茶を喫している。茶釜等の道具は持ってきたのだろうか、茶を差し出している婆さんがここで商売をしているのだろうか。立っている女たちは滝のしぶきが掛かるのか傘を半開きにして持っている。男の一人は裸で滝つぼに入っている。滝の上部にはしめ縄が張られている。

滝の直線性、その青い色、中心から外へのグラデーションが目を引く。

左右の岩の下部の黄色い所は何だろうか。滝に削られてむき出しになった樹の根だろうか。しかし上の樹の幹とは色が違う。この辺が怪しい。

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滝壺右奥の描写拡大図。黒い壁面に白っぽい曲線が何本も走っている。版画だから紙に絵具を擦る時に馬連(竹の皮)で円を描いて擦ったその跡かとも思えるが、どうも規則性(もう少し螺旋形になっても良いと思うのだが)が無い。北斎の「凱風快晴」でも山の頂上等に白い線があってそれは隠し絵の中で意味を持った線であったから、ここでもそうなのだろう。尻か蛇の頭の輪郭かもしれない。滝壺の波を表す線もそれらを合わせて遠目で見ると何か形が出来るようである。

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画面下部を見ると、滝壺の左右の黄色い所に人間の身体が見えて来た。岩の部分にも奥の壁にも人の形が採れる。人々が茶会をしている地面にも人型があり、茶釜を乗せた黒いコンロのような物も人間であるらしい。ただ地面の中にある微妙な色の変化に何かの形を捉えることが出来ない。大きな蛇の頭が並んでいるようでもあるし、大抵の絵では画面一番下には生贄の人間たちがゴロゴロ転がっているはずなのだが、どうもはっきり捉えられない。

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画面最上段。左の岩の上の立木は人間であるらしい。上部の大蛇に頭を咥えられて両手両足をだらりと垂れた人間がいる。足の形が変だがそこには上から降りて来た蛇が形を補って木の根元のように見せている。その他人間の形が採れる所が多くあり、それら人間には必ず大蛇の口が喰い付いている。上の方にいる大蛇が人間を吊るし上げて喰っている図である。

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画面真ん中。滝の左右の岩は大きな蛇の頭である。その口先からは半分呑み込んだ人間が下半身を見せている。黄色い部分は人間の下半身であった。木の根っこでは無い。しめ縄も吊るされた人間かもしれない。

滝裏の壁にも人型が見られるがこれは同時に大蛇にも見える。人のようにも見え、蛇にも見えると言うのは、人間は類人猿と蛇型生命体との掛け合わせで生まれた事を言いたいのではないか。

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左が元絵。右が全体のイラスト。あちこちで蛇どもが人間を喰っている。大蛇だけでなく、人間の数倍の大きさの蛇、それよりも大きな巨大な蛇が人間を喰っている。滝の後ろの黒い壁にも巨大な蛇が隠れていた。水色の滝自体も上から降りて来た蛇である。その頭は人々の並びで形作られている。滝壺の男・茶を出す婆さん・茶道具・女たちを繋ぐと見えない蛇の頭の輪郭線が見えて来る。

この滝の青い蛇、人間を創造する為の試験管またはフラスコのようにも思えてきた。

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画面を大きく見るとこんな絵が見え出す。

上図左、男と女の性行為の図。青い滝の流れは長い男性器、または精子の流れを表しているらしい。滝壺は女性器、または子宮を表していると思える。男(青)は股覗きするような形で背後から描かれている。両側の男の足、上方に男の顔がある。女(赤)は足を上に上げて大股を開き男性器または精子を受け入れる体勢である。両手で足を掴み、顔をこちらに向けている。茶釜コンロの辺りが肛門である。

滝の後ろの壁自体は膣を表しているようだ。男性器が入ってきて子宮に精子を注入する。ちょっと抽象的・説明的な表現である。

上図右。出産の図。人間があちこちで出産をしている。滝の後ろの壁も女の背中・尻であり、その下に小さな人間がいる。滝の左の岩の下の黄色い部分は今度は尻から生まれ出る人間の表現となる。

こうしてセックスを奨励し、出産させ、増殖させれば人間をいくら殺して喰っても構わないと言う考えなのか。

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左元絵。右、全てを呑み込む蛇の王者、すなわち人間が「神」と崇める存在の姿。西洋では「天のお父様・父なる神」と呼ばれ、ギリシャ神話のゼウス。日本では「大日如来」とか「天照大御神」とか呼ばれる最高神。こいつは人間に自らの事を「神」と呼ばせているが神では無い。遠くの宇宙からやってきて地球を支配し、人間を餌にしている生命体である。こいつは全知全能ではない。こいつ以上の生命体が宇宙にはいくらでも存在するらしい。人間はこいつの為に飼い慣らされている。知能が発達しないように食べ物の中に有害な薬を混入し、テレビや何かで洗脳し、宗教で素直に生贄になる事を強要している。こいつがいなければ良いのだ。 

北斎 「凱風快晴」 赤富士は人間の血の赤色を表している

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葛飾北斎 「冨嶽三十六景 凱風快晴」 1831~33年

スペンサー美術館(アメリカ)の版を選んだ。

北斎の代表作であり、誰でも見た事がある作品だろう。「凱風」とは「夏に吹く柔らかな南風」の事だそうで、朝日か夕日か分からないが山肌を赤く染めた富士が画面いっぱいに描かれている。裾野に樹海、頂上付近には夏の富士にしては不自然な残雪がある。晴天の空には秋空の象徴であるいわし雲がある。この絵は何だろう? 

昔から教科書等で目にする事が多かった絵だが、考えて見ると不自然な要素が多々ある事に気付かされる。毎日のように富士山を見るがこんな急角度の山ではないしこんな赤い山肌は見た事が無い。夕日の照り返しにしては空は青い。季節も時間も超越した観念上の富士と思われる。人々に大事にされ続けて来た訳は「私にはこんな風に見える」と自由奔放に描いた作者の心の中の心象風景とも言うべき所に共感を抱かせるからなのだろうか。

僕自身も多くの人がこの絵が名画であると言うのでそう言う物かと何となく思っていた。山肌の赤のグラデーションが綺麗だとか、空の青とのコントラストが際立っているとかの感想を持ち、皆が崇拝する富士山はこんな風に山頂が急傾斜に描くとありがたみが増すと思うだけである。この絵に感動するとかそう言う物はあまりない。

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山肌の部分のコントラストを強調するとこんな絵が見えだした。右のほうに人の眼や頭の形が見えると手足もそのあるべき位置に見えて来る。今までに検証してきた名画の中の人体を考え合わせるとこうであろうと思い目を凝らすとこのイラストのように見えた。微かな陰影をトレースしながら時間を掛けて見続ける、必ず隠し絵があると思って見るとまた次の人体が見えて来る。その人体は同時に大きな蛇の顔であったりもする。

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同じ部分を別の見方で見るとこんな風なイラストになった。人間の出産風景である。上のセックス場面と同時に隠れている。大蛇が人間に喰い付く絵にも見えるから計三種類以上の光景を同時に描いてある。

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山頂には人間のセックス場面を三種類ほどの形で捉えられた。不自然な残雪はこれら人型の輪郭になっている。また赤い山肌の中に紙の皺にも見える白い線があり、この線も人型を形作る線の一つになっている。残雪の白い点は人間の眼になっている。時には残雪の形が男性器だったり、その先からほとばしる精液だったりもする。

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いわし雲の中の細かい切れ目等を繋いで行くとこんな絵が見えて来た。ちょうど新聞上の写真がドットの連続で出来ていて遠目に見るとその物に見えると言う手法を思い起こされる。眼を細めて見るとその形が少しずつ見えて来る。手を動かしてイラスト化して行く過程で描いたり消したりする中でまた形が判明してくる。雲の向こうの青い空にも濃淡があり、それも併せて形が取れる。

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画面最下段、右寄りの部分に横たわった人間の顔や身体が見えた(上図中段イラスト)。大蛇に喰われる人間たちである。同時にそれは人間の尻から生まれる子供たちの図でもある(上図下段イラスト)。

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左下の樹海はこんな風に見えた。

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左が元絵、右が全体のイラスト。人間が至る所でセックスをしている。また同時に出産している。食糧として、家畜としての人間が増産に励む事を奨励する絵である。

この三角構図の単純化された絵の中にこんな隠し絵があったとは我ながら知らなかった。驚いている。

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大きく見ればこんな絵も見て取れる。左は二人の人間が並んで出産している。右では富士をまたいだ人間が複数の赤ん坊を産み落としている。

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参考のためにもう一度元絵。

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空からは巨大な蛇が降りて来て人間を喰おうとしている(上図左)。これは画面上に非常に微妙な陰影の縦線があって、それを辿るとこうなったと言うイラストである。

全てをその身体の中に包み込む巨大な蛇神の王者(上図右)。

「赤富士」の赤は人間の血の赤であった。

 

葛飾北斎 「神奈川沖浪裏」 巧みに隠された人間への繁殖指示

偉大な画家、天才と呼ばれる画家による世界的に有名な絵には謎が多い。レオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロ、そして日本では葛飾北斎。その北斎の作品の中でもよく知られた作品を調べる。どうも隠し絵がいかに巧みに隠されているかが名画中の名画と言われる要素であるらしい。

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葛飾北斎 「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」 1826~33年

浮世絵なので各地にその刷り作品があるが、Wikipedia Commonsから最も高画質の物を選んだ。この写真は「but diferent colors」とあるので色が違っているらしいがそれは気にならない。富士山の上の空の雲の濃淡が最もよく出ている。

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この作品は以前一度調べたがその時は富士山の上に巨大な龍のような顔が見えただけだった。そのあたりを今見直すとこんな風に見える(上図右イラスト)。女が後ろ向きの脱糞スタイルで出産している図である。龍(巨大な蛇)の顔も同時に見えている。

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以前、波の方からは意味のある画像が読み取れなかったが、今回はそれが多少見える。波頭の先端は全て人間であろう。

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左上の波頭の中にこんな隠し絵を見つけた。四つん這いの女(赤)の背後から性交する男(青)を横から描いている。女の尻が高く上がり男は腰ごと持ち上げられている。男は左手に子供(薄黄緑)を捕まえ押さえ付けているように見えたのでそのままイラスト化した。

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左下の波の山にも男女の交合図が隠れている。上の絵と同様に後背位である。さらにこの二人の真ん中に一回り小さな男女が交接しているように見える。正常位でセックスしている男女が重ねて描かれていると思うのだがどうだろうか(この辺はちょっと自信が無い)。バックからしている男(青)の尻から子供(黄色)が生まれている。女(赤)の女性器の辺りに船の舳先が当たっている。全てセックスと出産を示した隠し絵である。

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全体のイラスト図はこうなる。西洋画と比べて人体の形が変形しており分かり難いがやはりテーマは同じ、人間の繁殖である。出来るだけ多くの人にこの絵を見てもらう為に普通一見しただけではそれと分からないように隠し込んでおく。人間が感動するような絵の中にその意図する事を込めておく。その辺の技術の高い画家が偉大とか天才とか言われる存在なのだろう。ゴッホが称賛したと言う浮世絵の中には、人間を感動させる魅力の中にこう言った隠し絵が一般には分からないように隠されている。

日本の芸術作品の中には空間をもその意味を持たせている物がある。三十三間堂の千手観音像の背中の多くの手の間の空間に大蛇の顔が浮き上がる。この北斎の絵の中の波には三色ほどの色の中に目に見えない線がいくつも辿れる。眼を凝らすと単一色の中に線が見えて来る。余白を生かす日本人は西洋人とは違うところがある(日本支配の蛇神と西洋支配の蛇神の違いだが)。

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見方を変えると出産風景が大きく描かれているのが見えて来る。上図右のイラストでは女(赤)が横座りして尻をこちらに向け、四人ほどの子供を産んでいる様子である。

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上図右、こちらでは女(薄赤)が大開脚して足を上に上げ、女性器をこちらに見せて出産している。上に位置する子供の腕の下にさらに小さな子供が見えたのでそのままイラスト化した(生まれたての赤ん坊がなぜ小さな人間を抱いているのか、あるいは喰っているのか、まだ解読できない謎がたくさん残っている)。

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四次元空間にいると思われる蛇神。画面内の船に乗る人々も隠された波頭の中の人も全てをその身体の中に取り込む。人の形には必ず蛇神の口先が接触している。

露骨な性交・出産風景が隠れているものの、残酷な食人風景はこの絵には見付けられなかった。しかし人間を喰いものにする生物がいて、人間に繁殖を指示している事は同じである。

現在では繁殖の指示はテレビ・映画・歌謡曲の中に多く盛り込まれているようである。

 

フラゴナール 「読書する娘」 蛇神の示す生命の真理

この絵は僕にとって非常に懐かしい絵である。椅子に座って静かに読書をする若い娘、その雰囲気と共にふくよかな乳房に憧れたものである。高校時代が思い出される。

しかし高画質の画像がネットを通して手に入るようになった現在、物事を皮相だけにこだわらずにより深く疑いを持って見るようになったので、若い頃の感想とは大分違って見える。この絵も他の名画と同様に食糧としての人間の繁殖のために作り出された物であった。

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ジャン・オノレ・フラゴナール 「読書する娘」 1775年頃 ワシントン・ナショナル・ギャラリー

静かに読書する少女を写生的した絵に見えるが、不可思議な部分がいくつもある。左腕の肘の辺りの洋服はどうしてこんなにシワクチャなのか。背もたれのクッションの陰の色はどうしてこんなに赤いのか。右手小指が蛇のような曲線を持つのは何故か。

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顔の拡大図を見ると膨らんだ頬が赤らみ、唇が異様に赤い。眼はこうして拡大して見るとさほど魅力的ではない。黒目部分が大きすぎ若い娘の眼にしては暗い。

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赤い下唇はまるで口から這い出る小さな人間の頭のようである。その両手もうっすらと見える。鼻の下が赤いのはどう考えても異常である。鼻自体が小さな人間の尻であり、そこから頭から生まれ出る人間が描かれているかもしれない。

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画面の下3分の1には小さな人間の塊が描かれている。大小まちまちの人間がいる。所々に蛇がいて人間に喰い付いている。

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画面の上3分の2にも人間の形が見て取れる。この娘の髪や顔や首、手指も人間の形の組み立てで出来ている。細かい所から見て来て、この辺りになると次第により大きな隠し絵が見え出して来る。背景の壁の明暗も怪しい。

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左が元絵。右が全体のイラスト。小さな人間が集まってその塊でより大きな別の人間の身体が見え出した。

これは自然の真理かもしれない。一つの生命体は小さな生命体の集合で出来ている。人間も一つ一つの細胞内の生命体ミトコンドリア等が集まって出来ているのだし、腸内細菌自体が実は人間を操っているのであり、人間に指令を出している本体なのかもしれない。さらにそれらの生命体の中にもさらに小さな無数の生命体が存在し・・・・と無限に極小世界に繋がるのか。

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いろんな見方が出来るように描かれている。その一つが上図左のイラスト。僕にはこんな風にも見えた。娘の乳と左肩は合わせて人の尻である(黄色)。彼女の両手はこの人の足となる。この人の頭は右下にあり、ちょうどでんぐり返しのようなポーズをして両手を胸の前で組んでいる。その右には、立ったまま女を抱き上げて性交しているらしい男女がいる。読書する娘の髪には大きな尻をこちらに向けた女(青緑)を背後から交接している男(緑)がいる。この後ろの壁に四つん這いになった女(赤)がおり、この女の背後から男(青)が性交している。

セックスしているそれぞれの尻から子供が生まれ出ている。男女ともにである。

またこんな絵にも見えた(上図右)。大股開きのご開帳図である(赤)。女性器から真っ赤な頭の赤ん坊(イラストでは黄色)が生まれ出ている。また何故か男性器も描き込まれている。生まれる赤ん坊の頭が睾丸になる。やはり巨人たちは両性具有である事を知らせたいのか。

背景の壁には尻をこちらに向けて立つ女(青緑)がおり、読書する巨人の娘自身をも自分たちが産んだのだと(つまり創造したのだと)言いたいらしい。

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左が元絵。右が蛇神イラスト。小さな蛇神まで拾って描いたので見にくくなってしまった。この地球上で食物連鎖の頂点に立つのはこの巨大な蛇型生命体。こいつらが太古の時代に地球に来て地上の生き物と自分たちの遺伝子を掛け合わせて、食糧として人間を創った。地球上に繁殖させて時々喰いに空から降りて来る。

現代においてAIとかの機械生命体が新たに誕生しようとしているが、有機生命体である人間はどうなってしまうのだろう。いつかは滅ぶのだろうがその先の事が知りたい。すなわち人間は死後どこへ行くのか。宇宙の中で唯一の生命の源のような物に吸収されるのだろうか。蛇神の描かせた名画の中にその答えはあるのだろうか。このブログでの研究もまだまだ先は長そうである。