名画の中の人喰い蛇

美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

ダヴィンチ 「モナリザ」 この絵も人間が家畜であると言っている

日本の国宝級絵画を研究してもアクセス数が伸びず張り合いがないので、超有名なこの絵を観る事にする。三度目になる。

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レオナルド・ダ・ヴィンチ 「ジョコンダ夫人」または「モナリザ」 1503~1519年グラン・パレ フランス

以前見た時にはこの人物が蛇の集合体に見えた。口・目・手や衣類に蛇の形が無数に見えたからだ。蛇が寄せ集まって人間の形を作っていると見えた。後ろの蛇が前の蛇を呑み込み連結して集合し写真を撮ったと思えた。

しかし今は違う。確かに蛇に満ちてはいるがそれぞれの蛇の口先に小さな人間が咥えられている事に気付いた。蛇の頭は同時に人間の身体をも表している事に気付いた。この人物は人間を喰ったからその身体に人間の形が浮き出ているのだと思っている。人間が蛇に喰われる事をそこら中に表現しているのである。

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画像を明るく調整して見ると分析しやすくなる。特に下端左右のもやもやっとした部分が怪しい。有名すぎて小さい頃から観て来たせいか、パッと見何の違和感も抱かないが、この人の身体、肩が異常になで肩で肩が少し下にずれている。眉毛が無いのも、服を不思議な形で肩にかけているのも今思えばおかしな所である。窓の外を背景にしているがどうしてこうも荒涼とした風景なのか。窓枠の柱の下端の瘤らしき物は半分透けてないか。右手の指の書き損じた跡は何故消さなかったのか。等々疑問点がいくつも湧いてくる。

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口のあたり。以前は口から小蛇が飛び出しているのが見えたが、今回は咥えられた人間が見えた。口はほんの少し開けられていてその中に赤い人間がいる。口角が上がって微笑んで見えるのは口の両側に人間の一部(多分頭)が飛び出しているからである。牙も見える。蛇と同様に上あごから二本出ているようだ。

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左頬は確かに膨らんでいる。口の中にある物を咀嚼しているのだろう。

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眼の瞼は両目とも口を開いた蛇の顔になっている。その口の中に小さな人間がたくさんいて白目黒目を形作っている。

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右手の黄色い袖口の皺は小さな人間の積み重ねである。上着は大蛇でありその人間を呑み込もうとしている。この腕は既に切断され大蛇に腕だけ咥えられているのかもしれない。

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左手の肘の辺り。はっきりしない表現である。厚塗りの修復用ニスが反射して光っているのか、傷んでいるのかと思ったがどうなんだろう。故意に判別しがたい表現を採っているとは考えられないか。こう言う所に二重三重の隠し絵があったりする。ひとまず見えたのがイラストのような大蛇が小さな人間を呑む隠し絵(緑の大蛇と青い大蛇が重なっている)。その下方には人間が大勢ぶら下がっている。

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上半身の衣の中には大小の蛇が纏わり付いていてその口先にはそれぞれ人間が付いている。

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画面最下端の手先と椅子の部分。全ての部分に人間の形が採れた。大蛇に喰われる人間である。指先も蛇であり、その先にごく小さな人間が咥えられていたりする。喰われる人間の中にはセックスしているらしい格好の者もいる。子供を産んでいるらしい者もいる。

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モナリザ」の全体図イラスト。僕にはこう見える。画面至る所で蛇が人間を襲って喰い付いている。彼女の口には小さな人間が咥えられており、その右腕の所(先ほど大蛇の顔と見た所)に人間が巻き付くように乗っており、左腕にもより大きな人間が尻を見せて乗っている。腹の所にも人間を集めており、手の下にも人間がいる。左手では人間を掴んでいるようである。肩から下りて来た蛇や椅子の手すりも見える蛇は人間たちを喰っている。また彼女自身も背景の巨大蛇によって喰い付かれている。

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大きく見るとこんな風になった。背景の部分は巨大蛇であり、彼女を一呑みにしている。黄土色の地面も巨大蛇である。窓枠の柱の下端の瘤らしき物が目である。婦人の腹から上の部分を残し身体を既に呑み込んでいる。椅子のひじ掛けの柱の木はこの巨大蛇の歯かあるいは下顎の表現かもしれない。

結局この有名な絵も「蛇が人間を喰う」と言う事を至る所で表現したものである。

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こんな画像も同時に隠れている。人間の繁殖行為の図である。赤い女の背後から青い男が覆いかぶさって子供を作っている。同時に子供が生まれ出ている(女だけでなく男からも)。

人間は他の動物・植物同様食物連鎖の中にあり、その頂点に立つ者ではない。その事実を名画は教えてくれる。ショッキングな事実ではあってもこうして突きつけられれば逃れる事は出来ない。人間を食糧とする生物がいても不思議ではない。人間を家畜のように繁殖させ、喰っている。

日本では現在年間二千人くらいの失踪者がいると言う。届け出のあった行方不明者が発見されないままの数がこのくらいらしい。世界では何万人になるか分からない。大抵の人は家畜として労働し繁殖活動をし、何も知らないまま死んで行くのだろう。ごくわずかの人が蛇神の犠牲となって今も喰われていると考えられるのではないか。

 

 

「辟邪絵 天刑星」 病気を退治すると言う事

インフルエンザが流行っているらしい。僕はこの「インフルエンザ」と言う言葉に何かうさん臭さを感じる。昔からある「風邪」の一種をいかにも重篤な病気のように言って医者や薬屋を儲けさせるために創られた言葉ではないか。「風邪」の原因や治療法は今でもよく分かっておらず、それが分かればノーベル賞ものだと言われる。分からないのを良い事に新型のウィルスが誕生したとか言って次々に新しい治療法・新薬で患者から金を巻き上げているとしか思えない。「風邪」に限らず病気を治療するのは患者自身が持っている免疫機能であろう。医者と製薬会社はマスコミをも動かして人を騙しているに違いない。普段から土に触れ、適度に不衛生な環境に身を置いている僕などは免疫機能が常に活発に働いており病院に行く事はめったにない。

今回は厄病神を退治してくれる善なる鬼の絵を観た。

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「辟邪絵 天刑星」 平安時代12世紀 奈良国立博物館 国宝

元は絵巻物であった物を五福の掛け軸にした物の一つである。邪気を退治する善神が5種類描かれているが、ここに揚げたのは厄病をもたらす牛頭天王に刑罰を与える鬼神だと言う。巨大な体の鬼神が座って邪鬼を踏みつけている。四本ある手で邪鬼の髪の毛を掴み、足を掴み、タライに入れた水で攻め、身体を喰い千切っている。口には下から猪のような牙が生えている。まるで地獄の獄卒が人間に責め苦を与えているような恐ろし気な光景であるが、病気を退治してくれているという説明を聞けばむしろ頼もし気である。この絵の描かれた頃はこういう絵を人々に見せながら加持祈祷をし、病気平癒を願ったのだろうか。

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善神とはいえ、顔部分の画像を明るくし、コントラストを付けて拡大して良く見れば、人間の形が至る所で捉えられた。初めはよく見えなかったが、トレースしながらそれっぽい所を辿って行くと人間の形になる。同時に蛇の頭も見えて来る。唇も牙も人間の身体が形作っている(イラストは僕が創作した物では無い。拡大した微妙な陰影を忠実に辿って描いた物だ)。こいつは人間を喰う巨人である。そして蛇が人間を喰う事をも表している。

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画面の一番下には小さな人間が無数に存在する。厄病神も善神もその身体は小さな人間で形作られている。人間は所々で蛇に喰われている。

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天刑星の上半身も同様で、人間とそれを喰う蛇で出来上がっている。

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左が元絵、右が全体のイラスト。邪気を喰う善神の図と言うよりも他の絵と同様な人間を喰う鬼の図である。こういう絵を見せて当時の祈祷師は患者から金をむしり取っていたに違いない。怖がらせて金を奪い取る・・・・現代の医者・製薬会社・保険会社・坊主のやり方と同じである。

そのくせ真実も盛り込んであるのが面白い。食人の真実を隠し絵で描き込んである。

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別の見方をすればこうである(上右イラスト)。少し大きく見れば天刑星の身体は数体の人間の身体で出来上がっている。上半身には二人の人間が交差している。両肩がそれぞれの尻である。二人は片手片足を伸ばすようにしているので天刑星の手が四本あるように見えているだけだ。足はそれを手とする人間が隠れている。胡坐をかいて突っ伏している。髪の毛の中にも一人見つけた。善なる鬼神の存在が嘘である事を暗示している。

これらの存在にも四方八方から蛇神が口を付け、喰おうとしている。

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上図右イラストは画面全体を覆う巨大蛇神のイラストである。間違いなくこう見える。天刑星の足を二本残して身体を呑み込んでしまっている。邪気たちも蛇たちに呑まれようとしている。右上の蛇は口を大きく開けた正面顔を見せているし、右下あたりにも口を大きく開けた蛇の横顔が見える。

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上図右イラストは人間の繁殖を促す図である。画面下端に男(水色)が仰向けに寝ている。画面右上にこの男の巨大な一物が直立している。右手で掴んで押さえているようだ。巨大な一物の先から精液が噴き出ている。二手に分かれた精液は流れて天刑星の腹の辺りに溜まっている。女(赤)も仰向けになって大きな尻をこちらに向けている。天刑星の髪の毛は女の陰毛であるらしい。天刑星の首が産まれ出て来る辺りが女性器である。他にも生まれ出たばかりの子供(黄色)が二人見える。尻の下に匍匐前進の形でいる左右二体がそれである。男性器と女性器は結合していないが男性器からあふれ出た精液の溜まった辺り(子宮内部が透けて見えているのかもしれない)に出来かけの人間のような形が見える(色あせが激しくはっきりとは見えないが、精子のような胎児のような形に見える)。

性の別の無い人間から男女に分かれた生殖に移って、より病気に強い人間が出来た。単一の遺伝子のコピーを続けるよりも、男女の遺伝子を混ぜ合わせる事で免疫機能が向上した。男女の遺伝子の混ぜ合わせで人間の繁殖が安定的になった。人間の子孫は繁栄し、言わば永遠の生命の継続の仕組みがこの時出来たのだろう。病気を退治はこんな自然の生殖から生まれた免疫機能で出来ている。医者や薬屋では無い。

絵の中に発見した巨大蛇神が人間を喰うと言う恐ろしい事柄から、絵の中にその先の自然の根本摂理のような物をも見られる気がする。

 

一山一寧 「達磨図」 禅の悟りとは?

正月だから日本人の心に根付いている画題を選んでいる。今回は「ダルマ」。禅宗の開祖と言われるインド人仏教僧と言う事である。

僕は若い頃丹沢の大山で木彫りの達磨像を買い、未だに手元に飾っている。自然の木の根の造作を衣に見立ててその上に顔を彫った物である。目的のために口を引き締め「我慢」・「辛抱」する精神性が気に入っており、常に手元に置いてきた。

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一山一寧賛 「松下達磨図」 14世紀 東京国立博物館 重要文化財

一山一寧(いっさんいちねい)は、鎌倉時代元寇の少し後に来日した中国僧である。書家であり、この絵の賛を書いたが絵の作者かどうか分からない。しかしそれはどうでも良い。この絵の隠された意味を十分に知っていると思われる。一山一寧は初め伊豆の修善寺に幽閉され、のち鎌倉の建長寺円覚寺の住職を務めたと言うから地域的に僕には親しみやすい。昔建長寺の座禅教室に言った事もある。

中国の少林寺で岩壁に対面して座禅を組み9年に渡ったと伝わるが、この絵は岩に面してはおらず松の木の下で座禅をしている。険しい山上の岩棚なのか背後には霧のような物が流れている。ただひたすら座禅を組み、瞑想する事でこの人は「悟り」を得る事が出来たのだろうか。

呼吸を整え、「気」を充実させる事で冷静に物事を見れるのは僕も知っている。このブログでも僕はへそ下丹田に「気」を集め、絵を何十分も見続ける事を自然に心掛けている。それも「禅」の心なのだろうか。

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顔の拡大図。眼を大きく見開き、髭を蓄えているというのは「達磨図」の定型だが、この顔の表情からは「恐怖」または「苦痛」を感じる。まるで背中を短刀で刺された時のような表情をしている。詳細に見ながらトレースして行くと上図右のようになった。顔全体に大蛇が人間を喰う図が散りばめられている。開いた口の中の赤っぽいのは小さな人間だろう。

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頭や肩に被さった衣はもう少し大きな人間である。西洋画にもあったように予備の餌としての人間を身に纏っているのだろう。胸の中にも背景の霧の中にも大蛇が人間を喰う図がある。

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腹の辺りには小さな人間をまとめて持っているのか。これらを時々口にほうり込んで喰っているのだろう。衣は全て人間だが、特に大きいのは両足を包んでいる部分である。人間が背中を向けて横倒しになっている。

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画面下端の岩棚の部分は、例によって蛇神への生贄の人間が山積みになっている。

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最上部の松の木辺りにも大蛇の姿とそれに喰われる人間の絵がたくさん見える。こういう水墨画の背景の微妙な陰影は老朽化の為のシミや劣化では無く、初めから付けられていたのであろう。全ての陰影に意味が有る。

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全体図とイラスト。蛇に喰われる人間の絵に間違いない。

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画面を大きく見れば上右のイラストのようになった。上から降りて来た(緑の輪郭の)巨大蛇、口に人間を咥えている。右上からくる(赤の輪郭の)巨大蛇は達磨自体に噛み付いている(だから苦痛の表情をしていたのだ)。そして画面いっぱいに(青い輪郭の)巨大蛇がいて、画面下端の生贄を喰っている。こいつには並びの悪い歯と牙が有るようである。

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人間を殺して喰った後は増産させなければならない。画面の至る所でセックスをしている人間の図がある。こう言う隠し絵を見せて潜在意識の中に繁殖を心掛けさせなければならない。達磨の腹には直立した男性器があるようにも見える。背景の中の男女は立ったままの後背位であるが、男の向こうの女の身体が透けて見えている。

この隠し絵、男女ともに目から涙を流しているように見える。作者は、蛇神に家畜として繁殖させられる人間たちに哀れを感じてこんな表現を採るのだろうか。・・・・・「♪~人生って悲しい物ですね」、こんな歌を歌っている人もいた。

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また別の見方をするとこんな風に見えた。女が仰向けに転がって女性器をこちらに向けて足を上げている。両手でその足を押さえている(右手の形がよく分からなかったが)。男が仰向けに寝て大きな男性器を直立させてこちらに見せている。達磨の上半身が陰茎で胡坐を組んだ両足が睾丸である。陰茎は半分女性器の中に入っているらしいが透けて見えている。

禅の悟りとは何だろう。蛇型生命体に支配されており、人間は奴らの家畜であり素直に餌になる事を認めるのが「悟り」なのだろうか。人間は繁殖して数を増やす以外生き延びる方法が無いと言う事を知るのが「悟り」なのだろうか。

いや多分真の「悟り」は奴らの描く絵の中のメッセージとは違って、人間を悲惨な目に会わせている奴らをも一つの生命体として尊重し、共により高い次元に向かう事だろう。有機生命体は有機物を体内に取り込むことでしか生きて行けない。だからどうしても他の命(動物・植物・微生物等)を奪わなければ己を維持できない。奴らが人間の肉を常食とするのも許して初めて「悟り」が得られるのではないか。

僕にはその境地には当分たどり着けそうにない。

 

雪村 「山水図(冬)」 蛇神の食人とその人間の繁殖

この絵が前回の朱端の絵と非常によく似ている。同じ16世紀日本の水墨画で、作者は雪村(せっそん)と言う名である。 雪舟と似た名だが、雪舟より生まれが80年ほど後だ。師弟関係は無く、雪舟を尊敬しこの名を付けたらしい。

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雪村周継 「夏冬山水図」(2幅のうち冬図) 16世紀室町時代 京都国立博物館 重要文化財

似ているのは構図である。画面左下に松を抱いた岩山、右に河か何かがあり、小舟が浮いている。上の方は河の対岸は無いが遥かに霞む雲か霧があり、観る者の空想を掻き立てる。空の中に月や星のような丸い光もある。

この絵にの中の隠し絵が朱端とそっくりである。調べた結果巨大蛇が人間を喰う図、人間の繁殖を促す男女性交図がよく似ていた。

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細かく見て行く。まず画面右下の水に浮かぶ小舟とそれをこぐ人の辺り。拡大し、画面を明るくしてトレースすると、大蛇が人間を咥える絵があちこちに見えて来る(小舟をこぐ人・波を表す線・建物と樹の枝等、即物的に判断し固定観念で見ているとなかなか見えない。別の絵が隠されていると思って多角的に見て初めて見えて来る)。

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画面左下は大抵の絵でもそうであるように人間の山積みがある。小さい人間・大きい人間が積み重なっている。それらを上から大蛇が咥えこむ。

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画面中ほどの岸辺の小道。同様に上から来た大蛇に人間たちが襲われている。小道の地面は大蛇の頭であると同時に大きな人間の身体にもなっているからややこしい(一つの画像が二つにも三つにも見えるようになっている。どうやって描いたのか分からないが、手描きでは無く多分コンピュータソフトを使ったのだろうと思う)。

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上部の空間にはボヤーっとしていてつかみどころが無いが、僕には右のイラストのように見えた。上から降りて来た巨大蛇が人間を口に入れているらしい事が次第に見えて来た。二人の人間が重なって性交しているらしい部分もある。

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全体図のイラスト化。

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画面全体を大きく見るとこんな風に見えた。人間の繁殖を促す性交図である。浮世絵の春画並みに露骨なエロ画像が隠されていた。この性交図の下方部分が中国の朱端の絵とそっくりだ。左隅に男(青)がいて、大股を広げてこちらに見せ、男性器を女の性器に突っ込んでいる。右手は女の腰を抑え、左手は男性器の根元を掴んでいる。女(赤)も尻をこちらに向け、左足を大きく上に上げて男の身体の上に置いている(対面横臥位は珍しいと思う)。上半身の腕や頭の位置が不鮮明でよく分からないが多分こうであろう。男女の結合部分から子供が数人生まれ出ている。

その上にも男女の交合図がある。セックスしながら子供を出産している。イラストでは三人が同じ格好で後背位の形をとっているが、二組なのかもしれない。

彼らは交接・出産しながら上から来た巨大蛇に喰われている。

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こういう風にも見える。ここでは四匹の巨大蛇を捉えてイラスト化した。皆人間を喰っている(空に浮かぶ白い丸は巨大蛇の眼或いは人間の眼である)。詳細に見ても大きく見ても蛇が人間を喰う場面が見える。その事が動かしがたい真実であると言うかのようにしつこく訴えている。

朱端は中国・明時代の人。雪村は佐竹家の出で関東や東北を根拠地にした室町時代の人(Wikipediaによると)。朱端の作品が対明貿易で鎌倉辺りまでやって来て。雪村が鎌倉の禅寺でそれを見、中国に憧れて模倣したのではないか。・・・・と思えるほどこの二作品は似ている。或いは両国の二人に似た絵を描かせた大本の指示者が同じ蛇型生命体である可能性は無いだろうか。

 

朱端 「寒江独釣図」 日本人の崇めるもの

年始、大抵の日本人は神社に初詣でに行くようだ。しかしその行為が、地球の支配者に対しての服従を示している事に気付かない。神社の正面にあるしめ縄は大蛇の絡み合った姿であり、その下で一年の祈願をするのは蛇神に我が成長を見せ、良い餌になった事を告げているような物である。他に家の玄関にも藁で編んだ蛇の飾りを掛けたり、蛇が鎌首をもたげているような形の門松をも置く人もいる。いい加減気が付かなければいけない。人は生まれた時から蛇型生命体への服従を教え込まれているのだ。

日本の古い絵を調べようとして「e国宝」を見ているとこんな絵が目に入った。正月そのものとは直接関係ないが、日本人の心のよりどころ、憧憬のような物がこの絵にはある。

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朱端 「寒江独釣図」 16世紀 明時代 東京国立博物館 重要文化財

雄大な中国の河、岸辺の岩の近くで一人小舟に乗って釣りをしている人がいる。岩の上には風の為に傾いた老松がある。岩も松も雪をかぶり、自然の厳しさを伝えている。遠景には川の向こう岸が見えるが遥か遠くである。こんな悠久の自然の中の釣り風景に観る人は引き込まれる。僕自身もこんな絵を傍らに置いて開かず眺め、雄大な古い中国の景色の中に思いをはせるのを老後の楽しみとしていた。漢詩水墨画の世界は日本人の心のよりどころの一つではないか。

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小舟の上で蓑を被り、寒さに耐えながら釣り糸を垂れる。背後には潜り込む為の寝床もこしらえてあるようだ。

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男の異様に白い脚の辺りが小さな人間の形をしていた。他の所を見て行くと蓑も寝床も、あちこちに人間の形が見て採れる。岸辺の小岩のような物の中にも人間が隠れている。草は大蛇の形であり、人間を襲って喰っているように見える。河の中の微妙な明暗の中に何やら蛇の頭や人間の後背位での性行為が見え出してきた。

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画面左下隅。大きく見れば大蛇の頭である。上から下に向かって大蛇が降りて来て小さな人間を口にしている。既に取り込まれた人間も透けて見えている。

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全体の下半分。松の木の中に人間の形が多く見える。こういう多くの人間の集まった所の上には大抵それを食う大蛇の頭が有るはずだが、ここでも多分そうだろう(トレースしながら探り探りしているので途中では分からないことがある)。

左下の飛び出した岩は、先ほど大蛇の頭だと言ったが、同時に大きめの人間にも見える。人間が背中を見せてうつむいている。その背後に直立した男性器を尻に当てているもう一人の人間が見える。

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全体図上半分。木は小さな人間、遠景の向こう岸も横たわった人間の身体であろう。この人間たちを口に当てる巨大蛇が上から降りて来ているのがうっすらと見え出した(画像処理ソフトで画面を明るく調整して、絵を見つめ、5分くらいすると次第に見えて来る。腹を落ち着かせて多角的に見るように頭を使って、目を細めたり首を少し横にしたりして初めて見えて来る)。

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画面全体をイラスト化すると上図右になる。喰われている人間・巨大蛇の後頭部・正面顔がだんだん見えて来た。

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色付けしてはっきりさせた。左側の岩場は上から垂れて来る大蛇ども。その口先には小さな人間がいる。河の中等には巨大蛇の後頭部・正面顔・横顔。やはり人間を咥えている。他にも小さく蛇が隠れているようだが大きく見るとこうなる。

中国明の時代の水墨画でも西洋の油絵・フレスコ画でも描かれている事は全く同じである。すなわち支配者は巨大な蛇であり、人間はその食料で地球は家畜牧場である事を言っている。

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その家畜の繁殖を促す為にこういう隠し絵が施されている。小さい性交図もあるが大きく画面いっぱいに描かれているのはこんな絵である。男(青)が後ろ向きに少し前かがみになっている。男性器を真横に突き出している。女(赤・岩山そのものが女)は尻だけしか見えて無い。尻を男の方に突き出して男性器を受け入れている。男の左手は男性器を掴み、女の両手は女性器を広げている。後背位でセックスしている図である。

面白いのはセックスしている最中にもう子供が生まれ出ている事で、異時同図法というのか、そういう表現が採られている。また男の尻からも子供が生まれているのは、たぶん男女の別が無い時期の繁殖行為を表している為だろう。

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こんな風にも見えた。僕がスケベでその事ばかり考えているから見えるのかもしれないが、横臥した後背位である。岩山が今度は男(青い輪郭)の方で、岩山の上のほうが顔に見える。切れ長の目と鼻が見える。下の突き出た岩は男性器で、それを手で支えている。河が女(赤い輪郭)で尻をこちらに向けて横臥している。女性器に男性器を受け入れているが、ここでも同時に出産している。

(位置的に差し込んでいるのは女性器の所では無く、肛門のように見える。人間の姿をした生命体を初め創った時にはニワトリのように性器と肛門が共用だった?)

牧場の家畜を喰って減ってしまったら、その分繁殖させて増やさなければならない。家畜たちにはこういう絵を見せて増産をマインドコントロールしなければならない。この絵は国立博物館が湿度・温度を一定にし、大事に保管している。日本人の汗水たらして働いて溜めた金を税金として取り上げてそれを持って保管している。頭の良いやり方だ。自分たちに示された指示媒体を自分たちの労働の代価で保管させている。蛇たちは労働することなく見ているだけである。いやそれどころか自分たちを「神」と呼ばせて毎年初めに崇めさせている。

 

ティツィアーノ 「聖家族と羊飼い」 マリアの人喰い イエスも喰われる

クリスマスを挟んで調べていたのがこの絵。Google Arts &Culture で見つけた幼児イエス・母マリア・父ヨセフの聖家族に拝礼する羊飼いの少年の絵である。

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ティツィアーノ 「聖家族と羊飼い」 1510年頃 ロンドン・ナショナルギャラリー

左側にロバと牛、右側上の方に小さく羊飼いへの受胎告知が描いてあるそうだ。少年が膝まづき、マリアはイエスを見せるように持ち上げている。聖書の中のこの登場人物たち、どういう存在なのだろうか。聖書物語は偽物の作り話なのだろうか。それともまがい物ながら真実の一部を隠しているのだろうか。

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マリア・イエスの顔、ヨセフの顔。この目つきの悪さはどうだ。全く下等動物を見下すような冷たい眼をしている。

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少年は神の子を畏れると言うよりは、まるで意識が遠のいているような表情である。よく見ると手に持つ杖が喉を刺している。ほんの少し杖が肌に食い込んでいる。また少年の口の端から血が出ているように見える。

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少年の身体は手足が逆になっている。異様に太い腕、異様に小さな下半身はその為である。尻の所から頭が出ていて、腕を地面に突き尻を上に上げている。その尻の上に少年の頭が乗っている形である。このように手足を逆に描くのは絵の人物が本物では無く、創作された物である事を示していると思える。ヨセフの左手はこの少年の逆さになった左足かもしれない。少年の身体の下には小さな人間たちが押さえ付けられている。

少年の男性器はズボンの外に露出しているようだ。

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今まで見て来た幼児イエスは、マリアと共に描かれる場合、マリアの餌である事が多かった。この絵でもイエスは頭から蛇に喰い付かれている。マリアの口には小さな人間がいるが、この幼児も喰ってしまうのだろう。イエスの身体は頭・上半身・右足・左足がどうもバラバラである。後頭部が少し大きすぎる・胴が少し長い・右足先と左足先の大きさが変、である事からしてこの幼児の身体は既に切断された物を繋げてあると思う。

下に敷く白い布の中に人間の形が見て採れる。腕や腹に小さいそれが、足の下には大きめの人間(暗黄色)が隠されていた。マリアが押さえ付けているのはこの幼児だけでは無いらしい。

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これが聖母マリア。どの絵画を見てもマリアは大蛇の化身に描かれているが、ここでもそうだ。首から下が大蛇で、左右の足は無く、手は小さめの蛇がそれらしく形作っている。この大蛇は人間をたくさん喰ってきたので喰った人間が透けて見えるように描かれている。人間を構成する物質を取り込んだのでその物質で大蛇の身体が出来ている事を示しているのだろう。下に流れる赤い衣の中にも喰われている途中の人間たちがたくさんいる。

聖母マリアとは蛇神が地球にやって来て最初に創った半分蛇・半分人間の生き物なのだろうか。地球上に元からいた猿人に自分たち蛇型生命体の遺伝子を入れた、人間のプロトタイプのような物なのだろうか。その後の遺伝子組み換えでより地球に存続しやすい物に変わって来、現在の小さな人間がいる。とにかくマリアが人間の母体である事に間違いはなさそうである。

蛇型宇宙生命体はそのままでは地球上に存在しにくい。だから食糧庫である地球で家畜人間を集める為の牧場管理人のような存在がマリアの後にいっぱい創られたのではないか。

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エスの養父ヨセフ。身体のデッサンがおかしい。頭がでかすぎる。これが胴体とうまく繋がっておらず頭だけ空中に浮いているような感じである。右足が見えているが、変にすね毛が少ない。髭もじゃのくせに脛が毛むくじゃらでないのはおかしい。

見ると体の中に大きめの人間が隠れていた。上半身には尻を上に上げた前屈した人間がいる。下半身には数体の人間が隠れていた。男の口には小さな人間が咥えられているからやはり人間を喰う種族だと言っているのだろうが、身体が上下あべこべである事から架空の存在である事が分かる。

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絵の全体図。明るくした。

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全体のイラスト。画面下の方に生贄の小さな人間たちがたくさんいる。少年とヨセフの杖がその人間の一部に突き立てられている。聖母マリアが地上の人間たちを喰いに来ている図である事が分かる。イエスも少年もヨセフでさえもマリアの食糧となっているのかもしれない。爬虫類の遺伝子を強く持った冷血なマリアは共食いなどもするらしい。

背景の左のロバと牛は喰われる人間である。その上の崖には後背位でセックスする大きな人間が隠されていると同時に上から降りて来る大蛇たちである。右奥の羊飼いの受胎告知場面も蛇に人間が喰われる図である。ここでも人間はセックスしながら喰われている。

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蛇たちが人間を襲って喰っている。少年にもヨセフにも蛇が巻き付いている。マリアを中心にした大蛇どもが空から降りて来て食事をする。画面中央でイエスの置かれた所、木で編んだ籠のような飼い葉おけのような物は小さな人間が無数に並んでいるからひょっとしてマリアの胴体の一部かもしれない。マリアの胴体は一端後ろに行き、右へ向かってとぐろを巻くように曲がり、左上に上がっているようにも見える。ちょうどダヴィンチの「東方三博士の礼拝」のマリアのようになっているかもしれない。

空の雲がUFOっぽい。ダヴィンチの「岩窟の聖母」や「受胎告知」でもUFOが描かれていた。「岩窟の聖母」のUFOからは大蛇がにょろにょろと這い出て来て地上に向かっていたが、この絵でも同様であるようだ。UFOから出て来た大蛇がマリアの背後に集まっている。いやマリア自体がUFOに乗って来て地上に降りったのだろう(大蛇がどうやってUFOに乗るのか、どう運転するのか。UFOの中でとぐろを巻いて乗っているのか)。

右上の木がUFOの駐機場っぽい。「受胎告知」の中にもこんなどら焼きの串刺しのような木があった。

蛇神自体は空を飛べないのかもしれない。僕が昔見たUFOの中に大蛇がとぐろを巻いて乗っていたと思うとおぞましい。

この絵も大きく見るとまだ発見できる事があるかもしれない。大開脚図や大セックス図、巨大蛇神の図も見えるのかもしれないがはっきりしない。この絵も含めて今まで見て来た絵をもう一度見直す機会が有れば調べてみたい。

 

 

レンブラント 「酒場のレンブラントとサスキア」 セックスの奨励

クリスマスも近いので、キリスト生誕の絵でも無いかと探しているうちにこんな絵が目に入った。目的を外れるが僕はいつもこうだ。自由気ままに題材を変える。

この絵は比較的有名な絵だと思う。

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レンブラント・ファン・レイン 「酒場のレンブラントとサスキア(放蕩息子)」 1635年頃 エルミタージュ美術館 131cm×161cm

妻の財産を浪費しているとの世間の非難に抵抗し、自分を自虐的にこんな絵にして表現したらしい。レンブラント自身が女(妻サスキア)を膝の上に座らせ、酒を飲んでいる図である。酔っぱらいの締まりのない彼の顔と女の引き締まった綺麗な顔とが好対照になっている。レンブラントの絵らしくコントラストが強くて、暗い部分に何が描いてあるのか分からない。

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明るくしてみるとこうなる。これでも彼はソファーに座っているのかどうか、体勢がどうもはっきりしない。奥のテーブルにはナイフと皿、孔雀の首の置物(?)が有ってこの辺も謎めいている。

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これもレンブラントの数多くの自画像の一つと見られる。締まりのない顔だが、口の周りに小さな人間の形が見て採れる。髪の毛にも人型が有るが蛇の形も見える。顎の下あたりに口からこぼれた酒か血が溜まっている。

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右手に掲げたグラスの中には小さな人間がたくさん詰まっている。

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彼の身体は小さな人間で組み立てられている。また彼自身は女の尻に男性器を突き立てている。

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女の方も小さな人間で出来上がっていて、所々にいる蛇に人間が喰われている。女の口から顎にかけて赤っぽい人間が連なっていて、血が流れているようにも見える。

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女の身体は不自然である。恐ろしくなで肩で、振り向く首の回転がちょっと異常である。この肩の形でこの首の向きは無理があると思える。ホラー映画(「オーメン」だったかうろ覚えである)に首が後ろ向きに回転すると言うのがあったがそれを思い出す。それにこの尻、でかすぎるだろう。昔の提灯ブルマのようだ。

明るくした画像を見続けた結果、右のイラストのような隠し絵を発見した。尻の所、背の所に二人の人間がうずくまっていた。

女の背後のテーブルにナイフと皿が有るが、そこに人間の顔と手が切られて置いてある(イラストで赤くした)。やはりこの二人は小さな人間を切り刻んだりして喰っている巨人であろう。

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全体図。右のイラストは今まで見えた物を合わせ、その上に見えた物を重ねた物である。何が何やら分からないが、とにかく自分の眼に見えた物を片っ端から拾い上げて描き込んだらこんなになった。

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色付けした。あちこちで男女が性交している。レンブラントとサスキア二人の背後で性交している大きな男女も見えた(薄赤の女と緑青の男)。いわゆる「後背位」と言う体位である。右のカーテンの男(青色)はレンブラントの帽子の羽の女(水色)の尻に男性器を突き立てている。サスキアの後ろの壁の男女も「後背位」で性交しているが男性器がうっすらと見える。その他にも性交している男女の図があちこちにあり、この絵はセックスの隠し絵にあふれていると言える。

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上左のイラストのように見る事も出来る。普通に見て見えるレンブラントとサスキアとは別に性交している男女がいる。女は尻を男の膝に乗せ、尻を少し傾けて男性器を迎え入れている。

これとほとんど同じ体位の性交図が、画面全体に隠れている。上図右イラストがそれである。男(青)の顔はカーテンの上部に、男性器はベルト部分である。

レンブラントと言う画家はセックスに対して特別に思い入れが深いようである。

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蛇の隠し絵ももちろんある。上方から降りて来た巨大蛇に男女二人とも頭を咥えられている。女は下から上がってくる蛇に呑まれているし(女の方は蛇の口先だから変ななで肩になっていたのだ)、男は左手をも蛇に噛まれている(男の左手首にレースのフリルがあり、右手首にはそれが無いのは、そのフリルが蛇の歯だからだろう。男は左手首から赤い血を流している)。そして二人をも丸ごと呑み込む超巨大蛇(青色)も見える。

しかしこの絵は何と言ってもセックスの奨励の要素が強い。レンブラントはその重厚な絵のタッチで人々の眼を幻惑し、そのくせこう言う隠し絵で人間の繁殖を促すと言う指令を蛇神から受けているのだろうか。