畑・生き物・美術

畑にある命・美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

フェルメール「取り持ち女」 化け物蛇どもの宴

怖いもの見たさでまたフェルメールの絵を見る。上野でフェルメール展が開かれている事もある。

ヨハネス・フェルメール 「取り持ち女」1656年 ドイツ・ドレスデン アルテ・マイスター絵画館

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初期の作品、物語画で、フェルメール自身が画面左に描かれているという説がある(Wikipedia)という。座る女の背後から赤い服の男が乳房を片手でわしづかみにし、もう一方の手で硬貨を女の手の上に落そうとしている。その左に売春の「取り持ち女」が顔を覗かしている。左端の男は片手に飲み物を持ち、こちらを向いてニヤついている。売春宿の一光景、「取り持ち女」は昔「やり手ばばあ」とか言われていた女の事だろう。娼婦を斡旋する婆さんの事である。人間生活の一場面を切り取って絵画にし、人間の真実を表そうとした・・・・のだろうか。

フェルメールの絵には必ずと言ってよいほど訳の分からない前景が入る。画面の下半分のこの毛布は何だろう? 椅子の背もたれに掛けてある柄入り毛布と黒いマントのような物。ここに秘密が隠されている。

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この画像、三人の顔を拡大した物だが、皆下卑た顔をしている。ゆるんだ口元に下品さがよく表されている。(男の左眼の所は絵が傷んでいるのか、修復がうまくないのかこんなになってしまっている。)

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左端のフェルメールの自画像と言われる男の顔。上図左端はWikioediaから採った画像。真ん中はWikimedia Commonsの画像から採った。右端がその拡大図。どの顔も鼻の下の伸びたいやらしい下品な顔をしている。ダヴィンチもレンブラントも自虐的に下卑た顔の自画像を残しているからその類か。それとも何か秘密を込めた笑いをしているのかもしれない。「お前らは知らないだろうが、本当はこうなんだぞ」と言うように。

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手前の毛布の起伏に、逆さ吊りの人体を発見した。子供か或いは小柄な人間の胴体・足である。たぶん女だろう。

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逆さ吊りの人体と言えば、同じフェルメールの「窓辺で手紙を読む女」にも描かれていた。作品を縦に縮めて右のカーテン部分を見ると、その端に全身裸で逆さに吊り下げられている人間がいた。その横には巨大な恐竜の様な化け物の横顔があり、人間を喰っている事が想像された。今回の逆さづり人間はより生々しく新鮮そうな肉である。

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毛布の右端、画面からはみ出そうなところに肌色をした何かが描かれている。椅子の背では無い。人の足か何かの切断されたものがチラッと見えているのだろう。

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毛布とマントの部分をを時間を掛けてじっくり調べてみた。画質を変えて拡大したり縮小したりして何時間も見ていたら次第に見えて来た。上図イラストの様にバラバラになった人肉が置かれている。

逆さづり人体の左には足がまた逆さにしてある。その後ろにやはり逆さの人体がある。

(顔もかろうじて捉えたがこれは間違いかも知れない。この体は肩までであるかもしれない。)その他足や手があちこちに散らばっている。

マントは巨大な蛇の頭で、その上に少し小さめの蛇が頭を乗せている。その口からまた蛇が飛び出して右の方に蛇行している。

やはりこの絵も巨大な蛇神への生贄の人肉を描いている。人肉を手前に描くというのはお決まりの事なのか。

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壁には巨大な蛇の顔があり、人物の頭を齧っている。

取り持ちの婆さんは背後の壁を伝って降りてきた大蛇に全身を呑み込まれ、顔だけをその大蛇の口の中から覗かせている。右手が見えているがこれは左の男の肩から降りてきた蛇に咥えられているだけで体と繋がっていない。

赤い服の男も同様に顔と手だけである。両腕・胴体は既に無く、蛇に取って代わられて咥えられて宙に浮いている状態である。だから手前の人肉のパーツはこの二人の分しか無い。逆さ吊りの女の体は婆さんの物で、左の逆さの体と片足は男の物だろう。

若い女の方をじっと見ていると、イラストにしたようにこの女下半身が大蛇に見えて来た。同じフェルメールの「マルタとマリアの家のキリスト」のイエスと同じように胸が平板でいやに細い。大蛇の胴体の様である。この胴体が毛布の起伏へと続き、下端に行きまた上にくねる。腹の中に男が呑み込まれているとすれば謎がすっきりと解ける。

婆さんの後ろの壁を伝って降りてきた巨大な蛇がマントの形になって頭をこちらに見せている・・・・ようにも見えるが・・・・この辺の表現がよく分からない。

もしかしたらフェルメールとされる男も下半身が大蛇であり、手前に長い胴体を見せているのかもしれない。マントの下端に沿って蛇の体を女の大蛇の胴体に接触させている。この男女の大蛇、絡み合って既に交接しているのではないか? マントの右端から何か突起物が出ているように見えるし、蛇の胴体の腹に男の突起物を当てられて女は恍惚とした表情をしている様にも見えて来た(考えすぎだろうか)。

二人の男女は共に赤色の液体をコップやグラスに入れて持っている。血だろう。

だからこの絵は、単に売春宿の一光景ではなく、真ん中の二人(婆さんと赤い服の男)を餌にして左右の蛇の化け物の男女が食事をし、同時に交接している図である(としか見えない)。

ティティアーノ 「海から上がるヴィーナス」 蛇に創られ蛇を操る者

ティティアーノ・ヴェチェッリオ 「海から上がるヴィーナス」 1520年頃 エジンバラスコットランド国立美術館

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この絵は僕にとって非常に懐かしい絵である。今から四十数年前の高校時代、ケネス・クラーク著「ザ・ヌード」と言う本を買い、その本の外箱にこの絵が印刷されていたからである。単色刷りだったが、女性のヌードの理想の形として僕の脳裏に染み付いた。

今同じ絵の詳細な画像を手に入れて改めて見ると、人間の女性の裸体とはだいぶ違っている事に気が付く。

第一にこの女は美しい顔をしてはいるがあまり若くない。腰のくびれもあまり無く尻も垂れている。左の乳房が右に比べて小さくアンバランスである。それにとにかく腕が太く大きくたくましすぎる。

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画像を加工して両腕を少し小さくしてみた。比較になるように白線で元の形の輪郭を描いた。これでもまだたくましすぎる。もう少し細くても良いのではないか。16世紀ヴェネチア人のティティアーノの好みは強くたくましい女性だったのだろうか。

アングルの「ドーソンヴィル伯爵夫人」で見たように、肩に喰い付いた大蛇が腕を切断し、それを咥えているからその分だけ長くなっているというのが本当かもしれない。太いのは輪郭線上に蛇が張り付いていて太く見えるだけなのかもしれない。確かに右肩は長い髪の毛に隠されているし、左肩にはその両端に薄く蛇の眼らしき物が見える。

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女の顔を右に30度ほど回転させると、両目の位置が左右で違っている事が分かる。左目の方が実際にはありえないほど下に下がっている。傾いた顔の場合こうした方がかえって自然に見える絵画的技法のようだ。人間の眼もいい加減な物である。

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女の体は蛇によって形作られ、蛇に纏われている。両腕だけでなく背中や尻・腹の所まで蛇が這っている。この蛇の部分を除いたら女の本来の体の線が見えて来る。

長い髪の毛を両手でねじって水を切っているが、この髪は蛇の胴体である。海にホタテの貝殻が浮かんでいるが、やたら近い。ボッティチェリのヴィーナスの様に女が乗って来たとは思えない大きさである。髪は海に浮かんだホタテ貝に繋がるように見える。僕には貝殻が蛇の頭で女の髪の毛が胴体であると思える。それが女に掴まれているように見える。「大蛇・小蛇を操る蛇女」と言ったところだろうか。

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女の下腹部を拡大し画質を変えるとこんな物が見えた。上図左黒丸部分を拡大して画質を変えた物が右の図。その図の黒丸部分に見える物を線画にしたのが中央の絵である。見事に勃起した男性器があるべき位置にある。やはりヴィーナスと言うのは両性具有であったのか。作られて間もないころの人間(地球固有の類人猿と宇宙から来た爬虫類人のハイブリット)であり、ミミズ等と同じように雌雄同体あるいはふたなりであったらしい。同質の性が交接して子孫を残すやり方は支障があったのだろう。雄雌に分かれてお互い違う所に惹かれ合った方が増産しやすいのだろう。男女に分けられた。

そういえばこの人物、ただ髪の長い男に見えなくもない。

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髪の毛は上にも頭を持っていて人物の顔に噛み付いている。

人物の視線の先は・・・・大きく口を開けた蛇神がいた。空の上から降りてきた巨大な蛇型の神、人間を家畜として、食糧として創り、その後何万年もに渡って時々やって来ては人間を喰っている。その事は大抵の人間には知らせない。自分たちの遺伝子を強く持っている画家たちに絵画技法を伝授し協力して名画と言われるものを描かせ、この秘密を隠し絵にしてほんの少し教えている。人肉食の秘密を絵画を解析する事で気付くような人間が出ない内は自分たちは安泰である。今まで通り秘密裏に人間を調達し、と殺解体して喰うだけである。知らない者は知らないままでいた方が幸せかもしれない。

フェルメール「リュートを調弦する女」 人間を支配している蛇神への生贄人肉を用意する女

 

フェルメール 「リュート調弦する女」 1664年頃 メトロポリタン美術館

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縦51.4cmの比較的小さな作品である。画面に暗い部分と明るい部分の差がはっきりとある。リュート調弦しながら恋人を待ち、窓の外を見ている女と解釈される(Wikipedia)が、どうなのだろう。暗い部分に秘密が隠されていると見た。

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テーブルの手前に椅子が置いてあり、その上に紺色の布のような物がある。それの形が怪しい。

テーブルの脚の所に転がしてあるのはヴァイオリンの先祖の楽器だそうだ。訪問客がこの楽器を右の椅子に座って奏で、一緒に演奏会をする? でも大事な楽器を床に転がすなんて考えられないのではないか。見るとテーブルの上の楽譜の様な紙束が床にも落ちている。がさつな女なのか。

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椅子の布・テーブルの下あたりを拡大し、画質を変えてみると、気味の悪い物が見えて来た。心霊写真の様に人の顔があちこちに浮かんでいる(上図、白丸で囲った所)。実に不気味である。

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画質の調整のレベルを変えると、こんな隠し絵が見えて来た。と殺・解体した人肉が無造作に置かれている。人間の頭部・手・足がバラバラになって配置されている。最初この辺りは大蛇がのたくっていると見えたが、時間を掛けてよく見ると大蛇以外にこんな絵が見えて来た。蛇にも人肉にもどちらでも捉えられるように曖昧に描かれていて捉えがたいが、一度人肉を発見するともうそれにしか見えない。

人間が巨大な蛇に喰われている事を信じない人には見えないのかもしれない。単に絵筆が絵の具で微妙な明暗を作り、たまたまおかしなことを考える人がおかしな具合に見えるのだろうとよく見もしない。フェルメールの絵は素晴らしい、女性の表現が魅力的だと、自分に都合の良い部分だけを見ようとする。先入観だけで絵を捉えようとするからその絵を見ても自分の眼に入って来る情報を受け止められない。大事なのは自分の眼で見た物を素直に把握する事である。

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女は窓の外を見つめ恋人を待つ・・・・とは言ってもこの顔、拡大して見ると

首をすくめて何か恐れを抱いているように見える。口角が上がって微笑んでいるようにも見えるが、口の左端から小さな蛇が出ているようにも見える(小さな作品なので最大限拡大しても明確にはならないのがもどかしい)。口の端から血の様な物を流してそれが顎に溜まっているようにも見える。右の頬の輪郭に張り付いた白い小蛇は口の右端に頭を持ってきている。 f:id:curlchigasaki:20181105194032j:plain

女は首に白い蛇を巻き付けている。両肩共に大蛇が噛み付いていて切断された女の手先を咥えている。

左手の指はどうなっているのか。六本くらい指があるようにも見えるし、三本指の上側に親指に擬した蛇が乗っかっているようにも見える。親指の腹は左横を向いた蛇の頭になっている。右手の親指も小指も偽物で(境界線がはっきり描かれている)、三本指の女なのだろう。人間ではない。

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女の背後には壁にも地図にも大蛇がいて、皆女の頭あたりを目指している。窓からもカーテンや窓の枠木のふりをした大蛇が上から垂れて来ているが、女の視線の先に何かいると思って時間を掛けてじっくりと見てみると、何か半透明な巨大蛇が見えて来た(イラストで緑色で描いた)。窓の枠木・ガラス窓・カーテン・カーテンの影これらにまたがってうっすらと大蛇の頭が見えて来た。これはゴーギャンの「我マリアを拝する」に表れていた半透明の蛇と同様である。それはやはり上方から降りて来ていて、生贄の人肉の方に向かっていた。女が見つめ、怯えるような表情でいるのはこの半透明の巨大蛇の存在の為であるらしい。

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改めて全体を見るとこういう解釈が出来る。

この絵も生贄の祭壇を描いている。画面手前に蛇神への生贄の人肉が積み重ねられている。女の足だけでなく頭もあるから画面には描かれていない別の人間の物だろう。中央の女はそれを用意した巫女の様な存在なのだろう(どこでどうやって調達したのか)。部屋の壁等には蛇神が隙間なく描かれ、その全てが女または下の人肉に集まって来ている。手前の椅子の上の布は大蛇そのものであり、特にテーブルの上から椅子の方に頭を下ろしている大蛇は人間の足のような物を既に呑み込んでいる。

しかし椅子の下あたりの表現は巧妙である。蛇にも見えるし人体にも見えるという微妙な表現である。またその人体も時間をおいて見直すと別の物に見えて来る。人の顔が縦の死に顔に見えたり、横になって叫んでいる顔に見えたりする。

壁の地図もヨーロッパの正確な地図になっているが、同時に巨大な蛇の顔にもなっている。またその顔はより小さな蛇の顔で形成されている。

こんな表現を人間に出来るはずがない。こんな高等技術を持った蛇神たちの支配を断ち切る事が出来るのだろうか。

蛇神たちは冷血動物の仲間だからお互い仲が悪いだろう。仲間を裏切ったりして人間を助ける者もいるかもしれない。また高度な知能を持った生物ほど実際には強くなく、人間を恐怖で支配しようとしているから案外自分は臆病なのかもしれない。それに宇宙にはこいつら以外の知的生物が無数にいるはずだから、彼らが人間に協力してくれるかもしれない。

ティントレット 「マグダラのマリアの懺悔」 生贄とUFO

自らの肉体を蛇神に捧げる絵をまたひとつ。これも残酷な表現を隠し絵にしている。

最近嫌になるほどこの手の表現を発見する。救いが少しでも見つかれば良いのだが・・・・。

ティントレット 「マグダラのマリアの懺悔」1598~1602年 ローマ・カピトリーノ美術館 f:id:curlchigasaki:20181102225603j:plain

マグダラのマリアの画像は、長い髪と香油瓶そして時に悔恨を表す髑髏・聖書を表す本が配置されているのがお約束らしい。また緑色の衣・朱色のマントで表される事が多いそうである。この絵ではキリスト磔刑の像を傍らに置き、上目遣いで祈りのポーズをする女でそれを描いてある。月が見える廃墟の様に見える所で、ゴザの様な粗末な物を膝の上に置き、麦わらで編んだ様な物を身に纏っている。香油瓶は髑髏の横に蓋を開けた形で置いてある。

腕の下のこの麦わらのような物、蛇の鱗にも見えたりする。髑髏と合わせて何か不気味な雰囲気が感じ取れる。懺悔するというよりも悪魔儀式をしている様に見える。

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女は眼がぱっちりとした現代的な美人である(実はこの美しい顔に惹かれて今回この絵を見る事にした)。ただ耳が蛇である。髪も所々蛇に見える部分がある。口の右端からミミズの様な物が飛び出して垂れている。 眼もよく見ると変である。黒目が突出して球体がはっきり出すぎている。しかも蛇の開いた口の中にある。

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手の指が左右とも三本ずつしかない。右手の親指・人差し指の有るべき所には蛇の頭がある。左腕等が特に太くたくましいが、その外側に蛇が張り付いているからである。胸のあたりの表現があいまいだが、そこには赤っぽい大蛇がいて下から喰らい付いていると思う。

麦わらで編んだ様な蛇は腕の下で頭をもたげているが、何か大きな物を呑み込んだ様子である。左手の後ろに人間の足先が見える。

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麦わらの大蛇が飲み込んだのはその起伏から人間の足であることが分かる。上のイラストの様に下肢であり、足先は別になって外に置いてある。ムシロの下の木の枝に見える物は綺麗に切断された人間の足であろう。こちらはたくさんの大蛇に取りつかれて喰われている。さらに女の左手後ろの足先の横には人間の足(上肢)が二本置いてある。切断面をこちらに向けている。すなわち人間の二本の足が六つのパーツに切断されてあちこちに置いてある。ちょうどこの女の下半身の分だから、この女は前回のフェルメールの「居眠りするメイド」同様、下半身が無い。

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自らの肉体を捧げる神様は女の背後に描かれている。上空から降りて来ている巨大な蛇たちである。例によって前の蛇を後ろの蛇が咥える形である。またそれらの蛇を細かく見るとより小さな蛇たちが描かれていてそれで大きな蛇を表現してある。全て女の体に喰い付いているか前の蛇に喰い付いている。人間は食物連鎖の頂点ではなく、その上に立つのがこの巨大な蛇神どもである。

画面右上の月は、巨大蛇の白目であり白蛇であるとみてこんなイラストになった。

その下、女の背中後方にあるのは、石造りの廃墟の壁の様であり、やはり巨大な蛇の顔の様でもあり、またその金属的な輝きからUFOであるかもしれない。爬虫類人の乗り物である。

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画面全体を別の視点で見ると、この女、下半身が大蛇になってトグロを巻いているようにも見える。マグダラのマリア聖母マリアは同一人物である事が、下半身を大蛇で表される事で推測される。

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ターナー 「水葬」1842年 ロンドン・テイトギャラリー

女の後ろのUFOらしき物、どこかで見たと思ったらこの絵の物とよく似ている。

 

まだまだ知らないことがいっぱいあり、有名絵画の中にはもっと秘密が隠されているようである。

 

人間も家畜をと殺し解体して喰っている。巨大蛇どもが人間家畜を同様にして喰うのももしかして自然な事なのかもしれない。人間は真実を知らされず、自分たちが地球の支配者であると生まれた時から教育される。家畜を殺して解体する事を自らはしないから実感を持って把握してない。牛・豚・鶏でも恐怖の感情はあるのだろうが、自分たちがそれを食べなければ生きられないからそこには目を瞑っている。同じ論理が蛇型爬虫類人にも言えるだろう。奴らは人間と言う家畜を生で食べ、血を好んで飲むから残酷に見える。恐怖におののく人間はアドレナリンが出てそれが調味料となっておいしくなると言って怖がらせる。奴らのやっている事は自然の摂理に従っているだけなのではないか。自らの存在を人間に知られないように(絵画等でヒントは出すが)しているのも、おかしな事では無いと思える。

実際には行方不明・誘拐・生殖用人間等によって生贄はされているらしく、眼にする事が無い。昔話や過去の野蛮な風習として「生贄」が語られる。オカルトとして、非科学的な事として否定的に語られる。その方が人間が眠ったような意識で生殖に専念でき、食糧増産できるからである。奴らがそういう風にコントロールしているのだ。

フェルメール「居眠りするメイド」 これは悪夢だ!

蛇神への生贄供物としての人肉を絵の前面に配置した物をまた見つけた。

実はこの絵のトレースその他をして調査した後、夜に悪い夢を見た。宇宙人が人間を襲撃しに来たので逃げ回ると言う物で、極彩色の夢だった。宇宙人は機械の様な様々な形をしていて、自分の周りの人間たちを次々に捕まえ、切り刻んでいた。何だったのか。

 

ヨハネス・フェルメール 「居眠りをするメイド」1656~1657年 ニューヨーク・メトロポリタン美術館

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メイドがテーブルを前にして居眠りをしている。テーブルの上には果物その他の食べ物があり、ワイングラスらしき物もある。開けっ放しの扉の向こうに隣の部屋が見えている。肩にタオルをかけたままだから、仕事の途中にさぼっているのだろうか。オレンジ色の温かい日差しが右上から差しているようである。メイドは椅子に座り右手で頭を支え、左手先をテーブルの上に置いて眼を閉じている。

疑問点がいくらかある。女の髪型、額の形や大きさが変である。テーブルの上の皿の手前にある布を被せた物は何だ? 水差しの口にある黒い物は蓋? テーブルの上に床置きのペルシャ絨毯のような毛布がグシャッと置いてあるのはなぜ? 毛布の右端背後ににほつれみたいな物があるがこれは何? 右の椅子の背もたれに下から這い上がるように置いてあるのは羊皮の敷物? 女の頭の後ろの壁に掛かった絵に人の顔みたいなのが見えるがこの絵で何か示唆しているのか? 

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テーブルの上に切断された人体を発見した。切断面をこちらに見せた腕らしい。血が噴き出している。その人肉の横にナイフとフォークの様なものが置いてあるのでこれで切ったのだろうか。

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毛布の表現が何か不自然である。しかもその下に何かを隠しているかのような起伏があり、大蛇が隠れているように見える。

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毛布の後ろ、下にある別の無地の毛布の端がほつれている様でもあるし、人体の部品のひとつから血が噴き出しているようにも見える。

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メイドは完全に大蛇どもに喰われている。頭に被さって咥えている黒いのが目に付くが、背後の壁の上方から降りて来て女の左手を咥えているのがいる。降りてくる途中で白蛇が横切っているので分かりにくいが、長い大蛇が繋がっている。そいつと並んで上から降りて来て女の右手を咥えている大蛇がいる。この左右どちらかの大蛇が女の腹をぐるりと2~3周巻いて締めている。

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女が手を置いたテーブルは、拡大してよく観ると小さな蛇だらけである。血の色をした小蛇たちがこちらに顔を向けて威嚇している。あるいはお互いに喰い合っている。白っぽい物が3個ほど並べられていて、指輪のようにも見える。左方のそれはワイングラスの中に入っているのか。

真っ赤な血に染まったテーブルに置かれたそれは骨片か・・・・。上図左端の物と左か3番目の物はひょっとして「目玉」かもしれない。眼を閉じた女の眼は実は取り出されてここにあるのかもしれない。それを赤い蛇どもが争って喰っている。

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女の背後の絵、僕にはこう見える。人間の頭部があり(仮面の様に見えるが後ろ半分を大蛇が咥えているからである)、その左に胴体(イラストの様に背中を上にして右腕を手前に見せている)がある。頭部は切断されているので胴体と繋がってはいない。上から巨大な蛇が降りて来てこの人体を喰っている。それは2匹以上いるようだ。左下の石ころのような物も蛇の頭で、この人間の腕を喰っている。

絵の中の絵でよりはっきりと蛇による人肉食を描いている。

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画面全体をもう一度見てトレースするとまた新たな発見があった。

毛布の下に隠れているのは大蛇ではなく、このメイドの下半身である(上図右イラストの様に)。この女は下半身が切断されていてそれが台の上に置かれている。女の手も皿の横に置かれている。女は頭と胴体しかないが、背後の壁を伝って降りてきた赤い大蛇に体を巻かれ、両手先を咥えられて、吊るされるような形でそこに存在している。同じフェルメールの「マルタとマリアの家」のマルタと同様に大蛇に吊り上げられている。目玉も取り出されている。

この毛布の右後ろの端のほつれのような部分は、絵を小さくして遠目にしてみて初めて気が付いた。大蛇の顔である。絨毯の模様と輪郭線に惑わされて分かりにくいが、大蛇の顔がこちらを向いていて、口を開けて何かを喰っている(上図イラストの様に)。こいつは開いたドアの向こうから這って来ているらしい。

他にも天井から何匹もの大蛇が降りて来ている。

絵の上三分の一を占めて黒い影があるが、これはこの中で最も大きな蛇の口先であり、女の下半身が横たわっているあたりを狙っている。半透明だから他の大蛇とは次元の違う蛇神かもしれない。

 

たまたま人気のあるフェルメールの作品を調べ、Google Arts& Cultureでこの絵を見つけたが、これほど残酷な表現の絵とは思わなかった。また悪夢を見そうである。

マネ「草上の昼食」 蛇神への生贄にされる人間たち

巨大な蛇神による人肉食が全ての有名絵画の隠された主題ではないかと思っている。その証拠のひとつをここに掲げる。

エデゥアール・マネ 「草上の昼食(水浴)」1863年 パリ・オルセー美術館

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裸の女が、神話でなく現実の世界で男と森の中で昼食をとっている絵で、発表当時世間からの非難が噴出して、サロンにも落選したと言ういわくつきの作品である。素っ裸の女と一緒に黒服の紳士が二人くつろいでいる。後方には川で水浴するもう一人の女がいて、画面手前には昼食のパンや果物が入ったバスケットが転がっている。裸の女の衣類もある。空のガラス瓶も転がっているから酒も飲んだのだろうか。

この絵は随分有名だから昔から知っていた。西欧の金持ちは金で雇った女を連れてこんな風に遊んでいたかと思っていた。有名な絵だから価値があるんだろうなぐらいに思っていた。最近になってネット上で「Google Arts & Culture」等の詳細な画像を手に入れて精査してみると、この絵がとんでもなく残酷な絵である事が分かった。  

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画面左手前のパン・バスケット・衣類等のある部分。バスケットは横倒し、パンは地面に落ちており、衣類もまとまりがなく散乱しているような感じで、どうも理解しがたかった。男と商売女の不道徳な関係をこれで表しているのか。

この散乱した物の中に肌色の物体がある。バスケットの左後ろである。これが人の足に見えた。足とするとその膝小僧の周りに黒い帯が丸く囲っている。

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他にも衣類の起伏を辿って何かが隠れているとみて、イラスト化してみたらこんな風になった。人間の手や足が切断されて転がっている。

絵の手前に蛇神への供物としての人肉を配置するという表現は今までよく見てきた。フェルメールの「牛乳を注ぐ女」・ゴーギャンの「我マリアを拝する」・ルノワールの「二人の姉妹」・横山大観の「龍興而到雲」等である。よく見ると人肉らしきものの周りには衣類や地面に擬して大蛇の絵が隠されていて、その口が付けられている。

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手前の地面にも何か肌色に近い色の何かが散らばっている。人肉か、骨か。うっすらと地面に描かれた大蛇が口の中にそれを入れている。

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画面右の男の左手下に、バナナの皮のような形の物が落ちている。大蛇の口がこれを囲むように集まっているからおそらくこれも人体の一部(手先か)なのだろう。

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裸の女の足がおかしい。尻の手前にもう一本足があるように見える。これは何か。

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僕には切断された人間の足首に見えた。切断面をこちらに向けている。この切断面、横倒しのガラス瓶の丸い蓋では無い(瓶の口は左を向いている)。地面に隠れた大蛇がその断面の下半分を口の中に入れて隠している。足首の上に青い蛇が這いずり回っている。足の指先も別の蛇が呑んで隠している。

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後方の女、背中から下をデカい蛇の大きな口に呑み込まれている。そのデカい蛇はより小さな蛇の集まりにも見る事が出来る。背中に張り付いた蛇は女の本来の輪郭を外側に広げて膨らんだように見せている。わずかに見える二本の足はおそらく大蛇の擬態した物だろう。ある種のイカやタコの様に皮膚表面の色や質感を変化させることが出来るのかもしれない。この両足と左手の手先以外の部分は無くなっている。女の外側全てに(川面部分に)大蛇が隠れていて女に喰い付いている。

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全体をイラスト化してみるとこうなる。空から巨大な蛇がたくさん降りて来ている。四人の男女が蛇たちの中心にいるが、既に彼らの手足は大蛇に千切られ満足な身体ではなくなっている。

奥の女は両足・左腕・胴体が無い。

手前真ん中の男は両足・両手を失っている(そこに大蛇がその部分であるかのように擬態して存在している)。女の後ろで地面に付いた右手は異常に長いので、おそらく見えている手先部分しか無い。裸の女の右足下に出ている二つの足先はこの男の物か。

右の男の左足がこれまた異常に長い。右足先も描かれて無い。これらも千切られているのだろう。

左の裸の女の左足・左手が無い。

画面左手前に供物の様に人体の部品が重ねて置いてある。四人の物だろう。そこには小さな蛇が上に這い、より大きな蛇が喰い、さらに上方から来た巨大な蛇が喰い付いている。

力の弱い者を強い者が喰い、それをさらに強い者が喰うのが自然の摂理。そんな食物連鎖の頂点にいるのが人間だと教えられてきたが、そうではないらしい。人間には知らされていない隠れた存在がその上にいた。人間を食糧にする蛇型爬虫類人たちである。彼らは人間より知恵があり、その存在を人間に知らせずに極秘裏に喰っている。人間には地球を支配するのは人間であると教え、いい気にさせている。そして有名絵画にこんな隠し絵を仕込んで、真実の一部を開示している。「人間は食糧にすぎない、俺たちの家畜なのだという真実をこんな絵に表して教えているじゃないか。愚かな人間はこんな事も気付かないのか。」とあざ笑っている。

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蛇神によって作画技術を得た画家は嘘は描かない。必ず真実を描き込んでいる。

マネのこの絵の人物たちの表情、どこか恐怖の色を感じる。自分より圧倒的に強い大蛇どもに喰われている、抵抗しても無駄なのだ、死への恐れが表情の中に描かれていると思う。蛇の眼に威嚇され催眠状態であるのかもしれない。痛みに耐える苦痛の表現が無いのが不思議である。

「高野山阿弥陀聖衆来迎図」 死に際のお迎えは人喰い蛇

「聖母昇天図」と「阿弥陀来迎図」がよく似ている事を発見した。

国宝「高野山聖衆来迎図」絹本著色 三福 平安~鎌倉時代  有志八幡講十八箇院蔵

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古い時代の作品で劣化しており、高解像度の画像も手に入らない。分かるところだけ見て行く。

阿弥陀様のお迎えが来る。極楽浄土に行くのだ。」こんな言葉をよく聞く。西の山からお釈迦様が眷属を引き連れて来迎し、この世から死後の世界へと旅立つという話は知識として知ってはいたが、そんな死の瞬間よりもその後の自分の行く世界に興味があった。地獄・極楽・生まれ変わりの思想を常に何となく考えていたと思う。死の間際にお花畑が見えたと昔近所の人から聞いた事もあるが、自分の場合は極楽やお花畑に行ける等のそんな良い事はあるだろうかと確信が持てない。ただ何となく、歳を取ったら宗教の教えを学び、「南無阿弥陀仏」の念仏を唱える生活をするのかもしれないと思ってはいた。

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この「阿弥陀来迎図」は阿弥陀様のお迎えがどんな物かを教えてくれる。画質を変えてみると、正にルーベンスの「聖母被昇天図」と同じく巨大な蛇の正面顔がいくつも並んでいる。眷属たちや雲の細かい描写を「寄せ絵」で繋ぎ合わせて化け物のような蛇の正面顔を作りこちらを向けて見る者を威嚇している。この絵をありがたがって見ている人間には見えない隠し絵になっている。

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阿弥陀自身はルーベンスの聖母同様下半身が大蛇となり、その胴体が後方の空に向かって伸びていると捉える事が出来る(阿弥陀の腰のふくらみが左右対称でなく、向かって右側が外に出ているのは、そこから大蛇の胴体が始まっているのを示している)。阿弥陀は聖母、眷属は天使、キリスト教でも仏教でもその大本は同じなのだろう。蛇神のサブリミナル効果を持ったメッセージが込められているようである。すなわち太古の昔から地球の人間を支配しているしているのは自分たちである事・人間を食糧にしている事・そして自分たちに逆らうなと言う威嚇の眼を見ている人間に向ける事が絵に込められていると思う。

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阿弥陀の左右の雲様の部分、聖衆と言われる眷属たちも喰われる存在として描かれている。天使と同様、巨大な蛇顔の口の所に人物の頭があり、それを表している。

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阿弥陀の向かって左後ろ、光背の横にいる人物たちはまさに大小の蛇に喰われ、阿鼻叫喚の様相を呈している。楽器を演奏している四人の他に、僕にはあと五人ほどの人間の顔が見える。大きな蛇に喰い付かれ、小さな蛇に巻き付かれて苦痛の悲鳴を上げているように見える。

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両外側の絵もやはり人物たちはことごとく大蛇に喰われている。上から横から後ろから噛み付かれている。大きく見ると人物が乗った雲自体が巨大な化け物のような蛇の顔になる。

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向かって左のガマガエルのような蛇顔の下(三福の一番左の下)に樹の生えた岩山か何かの表現があり、これも大蛇の顔になっている。大きなのが二匹、その顔の表面に小さなのがたくさんいてニョロニョロと這っている。大きな奴の口が咥えているのは・・・・人間の足・手・・・・。

木の根では無い。喰われてバラバラになった人間の手足である。画像が不鮮明ではっきりとは判別できないが、顔を斜めにした大蛇が足を横ぐわえしている。その下に手先が見える。その下には別のひとの足。この足は左の腰と繋がっているようである。その他人の腕と思える部分、人に顔に見える部分がある。

これは国宝の「阿弥陀来迎図」なのだ。人間の死に際に迎えに来るのは巨大な人喰い蛇であるらしい。阿弥陀の「陀」は「蛇」から来ているのだろう。