名画の隠し絵

美術館にある名画には隠し絵がある。それは巨大な蛇の形をしており、人間を喰う姿が絵になっている。

今までのまとめ

このブログで調べてきた事を振り返ってまとめてみたい。

僕はオカルトマニアでは無い。小さい頃は赤塚不二夫の漫画が好きで真似して絵を描いていた。美術系の大学まで卒業したが、これでは食っていけないと思い流通業界へ。その後24時間営業のコンビニオーナーを20年ほどやった。夜勤・日勤の繰り返しで時間が無駄に過ぎて行くのに閉口し、早めに解約して自然の中に生きようと農業をし始めた。この頃から得意の絵を生かして自分の生の証を残そうとブログを始めた。初めの内は作物の生命的特徴に関心を持ってその辺の部分を追求しようとしていたが、次第に変わってきた。

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自分の人生において不思議な体験の一つが幽体離脱であった(上図左)。いやあれは夢だったのかもしれない。生家を見下ろす空中に自分が浮かんでいた。その後辺りを低空飛行した。

20歳の時UFOを見た。飛行機ではあり得ない動きの白い物体が編隊飛行していた(上中央)。

母の死んだ時、昼寝をしていて金縛りにあった(上右)。両手両足を誰かに掴まれて運ばれそうになった。

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そんな自分がある時絵の中におかしなものを見つけた(上左 ティティアーノ「海から上がるヴィーナス」 など)。美術品の中の名画と言われる物の中に、人物画の背景の何もないはずの所に化け物のような顔を発見した(中央 ムンク「地獄の自画像」 など)。日本の浮世絵の中にも背景や空の中におかしな顔が見られる(右 葛飾北斎「神奈川沖浪裏」 など)。背景の怪物は絵の中の人物に大口を開けて迫り、今にも喰おうとしているかのようである。またその眼が絵を見る人の方を向いて威嚇しているようでもある。カエルを睨み据える蛇の眼である。

デーヴィット・アイクの本を読んで爬虫類人レプティリアン)の存在を知り、ネット上でReptirianIsRealさんのブログ記事を読み、その内容は本当かもしれないと思い始めた。

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左は アングル「ドーソンヴィル伯爵夫人」。名画の中の人物は大抵手が異常に長い。または手の位置が下にずれている。この絵も手の位置を少し上に上げると正常な人間の姿になる(上中央)。これは恐らく手を肩から切断されているからだと思った。肩に張り付いた大蛇が衣服のふりをしながら手を咥えて支えているのでその大蛇の分だけ手が長くなっているのだと思う。

絵の中に残酷な表現がさりげなくされていた事に驚く。右はマネ「休息」。モリゾ婦人がソファーに座っているが、片足がはっきりと描かれておらず、なんとそれがソファーにひじ掛けのごとく置かれていた。切断面をこちらに向けて血を噴き出している。

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名画に描かれた人物は蛇画像の集積で成り立っている。

左はルノワール「可愛いイレーヌ」の眼の部分。瞳や瞼・その周辺の皮膚もすべて蛇が形作っている。

右は岸田劉生「麗子五歳の像」。名画の登場人物の手の指は何故か三本である。三本指の外側に別個体の蛇が張り付いて五本指っぽく見せている。

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左 スーラ「グランド・ジャット島の日曜日の午後」。子供は格好の餌食らしい。大抵手足が切断されていたりする。この絵ではこの子の手足は一本ずつしか無い。この子の顔を拡大してみると、恐怖で打ち震えているような表情である(中央)。

右 ラファエロ「ひわの聖母」。幼児イエスと洗礼者ヨハネの足元に彼らの足が転がっている。二人とも足が切断されてそれが周りの蛇に喰われる事をこんな風に表現してある。

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宗教画は最も露骨である。京博「山越阿弥陀図」は超える山自体が人間の山積みであった(左)。この生贄の人間たちは空から来る蛇の化け物である「阿弥陀」に喰われるのである。この絵では阿弥陀の背後の雲は彼の胴体を示し、画面全体に渡って巨大な蛇の頭の表現があり、それが山積みの人間の所に口を付けている。

聖母マリアはどの絵画を見ても下半身が大蛇の姿で表されている(右 ダ・ヴィンチ「東方三博士の礼拝」)。日本でも西洋でも同様に下半身が大蛇という表現がされているから、元は同じであろう。仏教もキリスト教も全く同じ物らしい。

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千手観音像は全体的に見ると一目瞭然、悪魔の蛇の顔である(左 東博「千手観音像」)。細かい所も蛇で形作られているが、その無数の広げられた手をまとめて遠目に見れば恐ろし気な化け物の顔が鑑賞者を見つめている。

右 京都三十三間堂「千手観音像」の内の一体。彫刻ではあるがこれも広げた手の中の空間に大蛇の眼が見える。全体的に見れば鎌首を持ち上げた蛇そのものである。

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生贄の人間が描き込まれている。左は横山大観「龍興而到雲」。画面下方に横たわった女がいる。赤ん坊も、大人の男もいる。上にいる龍に襲われている。龍というのは大小の蛇の寄り集まりで表現されている。

右はモネ「睡蓮」(シカゴ美術館)。睡蓮の池は生贄の池である。人間たちが抵抗する事もなく水の中の大蛇どもに呑まれようとしている。池の鯉が餌に群がっているかのようだ。

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左 フェルメール真珠の耳飾りの少女」は絵を縦方向に縮めると、ターバン部分に人の姿が浮かび上がる。一人だけでなく数人いるようだ。ターバンの頭に乗った部分は黄色い蛇・青い蛇が見て取れる。口を開けて人間の方に向いている。頭から喰っているようである。

右 モネ「朝食」。画面の左下隅に手足の無いこけしのような物が転がっている。手足をもがれ大蛇に呑まれる人間の形を暗示しているのだろう。

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左 フェルメール真珠の首飾りの女」には足や胴体が無く、そのらがテーブルの上に置かれた布の中にある。その人間の身体という貢物を喰いに来ている巨大な蛇が表現されている。人間に自らを「神」と呼ばせている次元を超えた存在である。絵の中には全体的にうっすらと半透明に表現される。絵の中の人であろうと物であろうとかまわずにその眼や頭の形が存在する。この絵では壁の鏡と女の手の陰の黒い部分が蛇神の眼である。女と布の中の人体パーツを喰っている。

右はダ・ヴィンチ「サルバトール・ムンディ(世界の救世主)」。イエスの手に持つ物は地球であり、その周りに巨大な蛇が張り付いている。こいつらが地球を支配している蛇型生命体である。時々地上に降りて来て生贄の人間家畜を喰っている。地球はやつらの食糧を生産する牧場である。

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名画の中には性的な表現を露骨に見せる物がある。左はティティアーノ「バッカスアリアドネ」。アリアドネの背中に大きな青い男性器が乗っている。日本の祭りのご神体とされる男根とも共通するだろう、人間は喰った分だけ増産されなければいけない。セックスを秘密裏に誘導している。

UFOが描かれる物がある。右はフィリッポ・リッピ「聖母子と洗礼者ヨハネ」。この中にUFOが四機ほど描き込まれている。マリアを騙るこの半身蛇の化け物はUFOに乗ってて来るようである。

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名画の中に見られる巨大蛇神だが、こいつが現在も地球の人間を支配している事が分かる。左 テレビの大相撲中継。この画像は修正されて電波に乗って来る。背景の中に巨大な蛇の正面顔が見える。土俵上の人間を口の中に入れている。

右 Windows10起動画面。写真と見える画像も蛇の集合で作られ加工された物である。その他ポスター・看板・パンフレット等も蛇神が関わったと見られる物が多く発見出来た。やつらは何千・何万年も生きているか、または時空を超えた生物である。

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左 ゴーギャン「ファイヤー・ダンス」。大蛇に喰われながらも抱き合い、肩を寄せ合う男女。私たちは圧倒的な大きさ・力を持つやつらに抵抗できないのだろうか。いやこの絵に表現された物は人間の「愛」だけがやつらと戦う武器なのだと教えているのかもしれない。熱い血の通わない爬虫類のやつらはそれが理解できない。

右 手塚治虫新宝島」。作者最初の出世作漫画だが、この本の表紙の裏表を広げると人物の背後に巨大な化け物が大口を開けているのが分かる。人間を喰おうとしているようである。作者が巨大な蛇族の手を借りている事がこの絵で分かる。ただ手塚治虫の作品には悪魔的な邪悪な心が全く感じ取れない。手塚漫画で金儲けしようとしている広告会社の作ったポスターには寄せ絵で蛇の顔が浮かび上がったりするが、オリジナルの漫画にはそれが全く無い。これと似た様な感じをロダンの彫刻に受ける。ダヴィンチやミケランジェロもそうかもしれない。同じ蛇神一族でも造反者がいるのではないか。彼らが惨めな家畜人間たちを助けるために示唆をしている事柄があるのではないか。