名画の中の人喰い蛇

美術館にある名画には蛇の隠し絵がある。その蛇は人間を喰っている。

プッサン 「バッカスの養育」 人間の宿命

自分は死んだら何処へ行くのか、何処から来たのか、そもそも命とは何か、と言う事を知りたくてこのブログをやっている。昔勉強した美術、その中の有名絵画の中に答えがあると目を付けている。

名画の中に蛇の形や人間の姿が隠し絵になっている。人間たちは蛇に喰われている、食われながら繁殖行為をしている事が次第に見えて来た。

その隠し絵が地球の支配構造を表しているらしいことが分かってきた。すなわち地球を支配しているのは巨大な蛇型生命体であり、人間は彼らによって創られた家畜(食糧)であると名画の中に繰り返し表現されている。

示唆的な柔らかい表現であったり、ひどく残酷な表現であったりするが、そんな名画の作者の中で、レオナルド・ダ・ビンチとニコラ・プッサンの二人に含蓄が多く含まれているように思える。この二人の絵には他の作者の絵のようには容易に解明できない隠し絵がある。一つの形に複数の含みが込められていると思える。

今回はニコラ・プッサン。

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ニコラ・プッサン 「バッカスの養育」 1628年 ダルウィッチ絵画館(ロンドン)

Google Arts&Cultureでたまたま見つけた絵だが、この絵には前回調べたプッサンの「アルカディアの牧人」同様に、人間と言う存在の意義が多く隠れているのではないか。

森の中で幼ないバッカスが周りの大人たちによってワインを飲まされているらしい。ローマ神話のワインの神はこうして育てられたと言う絵なのだろう。画面向かって右の男がバッカスの身体を支え、左の男(半獣神パン)が手に葡萄と皿を持ち、飲ませている。背後の男はそれを見ている。右には翼を持ったエンゼルとヤギ(エンゼルはバッカスにワインで無くヤギの乳を飲ませよと指図しているらしい)、左に相撲をとって遊ぶ子供たちがいる。

この絵で不思議なのは、所々不明確な表現・不鮮明な表現・不可解な表現が見られることである。左の獣神の葡萄を持つ左手は高々と上げられ、不自然に曲線的なのは何故か。右の男の背中が盛り上がりすぎている、幼児バッカスの両手先が不鮮明、ヤギの顔も角もどこかおかしい、左の子供たちは赤く染まっている・・・・。これらのおかしな所に作者の隠された示唆があると見て解明して行きたい。

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大人二人と右のエンゼルの顔は何故か悲痛だ。こんなに厳しい表情を与える必要があるのだろうか。幼児バッカスの手はどうなっているのか。皿の形も皿っぽくなくてどこかおかしい。バッカスの頭の上で葡萄を絞って今更酒になるはずが無いのに、この男は何をしているのか。ただ幼児の呑んでいるのがワインである事を説明するためにこういうポーズをしているだけなのか。

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幼児は手先に何かを巻き付けている。グローブを付けているようだ。

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幼児バッカスをイラスト化した(上右)。元の部分図をトレーシングする事でより良く見る事になる。時間を掛けて、手を動かしてよく見るとこんなイラストになった。

幼児バッカスは小さい人間の形で組み立てられている。これは人間を常食している神々に共通の表現である。所々に人間に喰い付く蛇の姿があり、これも蛇が人間を喰うと言う事の説明である。幼児の手先に人間がおりそれを口に当てている。皿自体も人間の身体で出来ている。要するにこの幼児もワインを飲んでいるのではなく今小さな人間を喰っている。

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左の半獣神パンも人間で組み立てられている。顔から頬に掛けて一人の人間がおり、彼の目は人間の尻の割れ目である。左手に持った葡萄は一粒一粒が小さな人間であるかもしれない。右足が大蛇の頭になっており、幼児の足に噛みついている。

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右の男は上半身と下半身が別の人間で組み立てられている。彼の両腕はこの人間の足である。尻の間から出て来ているのが男の頭であり、男が生まれ出る瞬間を表現している。

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背後の人物の顔。髪も長いし女っぽい顔立ちだがどうだろう? 女神なのか。

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隠れて見えない部分を想像してみた。足を組んで座っているようである。ちょうど股間の辺りに前の男の葡萄を握る手がある。この手の形、背後の人物の股間の男性器を握っているのではないか。

神話時代の神々は男女の区別が無く、生殖機能を持った単一性の生命体であったのではないか。今まで他の名画を見て来てもそんな気がしている。聖書のイヴが創られるまで、またはパンドラ(?)が出来るまで男女の別は無かったのではないか。

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エンゼルは口に何か入れている。

ヤギの角が透けているように見える。これは明らかに蛇だろう。

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エンゼルとヤギの所の部分図。ここがよく分からない。

一応見えたとおりにイラスト化してみたが、どうも判然としない。ヤギの身体と地面に人間の姿が見える。食糧としての人間がこんな形で積み重ねられているのか。

また大きく絵を見た場合の隠し絵をも含めてあってその為に分かり難くなっているのか。一つの形に複数の隠し絵が込められていて分かり難いのはレオナルド・ダ・ビンチの絵と似ている。

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左の相撲をとる子供たち。向こうの子供の顔がやたらでかい。額の所にあるのは切り傷か。手前の子供の顔は死人の様だ。脇腹に付いた斜めの線は刃物で切られた跡か。二人が赤いのは夕日を浴びているからではなく、身体を切られて血だらけになっているのを表しているのではないか。

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二人をイラスト化してみたらこんなになった。下半分が前屈した一人の人間であり、その上に別の人間が逆立ちして重なっている。腕は足である。手前の子供の頭は逆立ちした人間の尻から生まれ出ており、向こう側の子供の顔は単に蛇が数匹取り付いている姿が描いてあるだけである。つまりこの遊んでいる二人の子供に見えるのは、殺された人間(巨人族の子供だろうが)が積み重ねられて置いてあるのであろう。

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イラストを集めて全体図にした。空から降りて来た巨大な蛇どもが巨人族たちが用意した小さな人間たちを喰っている。巨人たち自身も巨大蛇に喰われている。

人間たちは地面に多くおり、咥えられて空中に浮かんでいる者もいる。

幼児バッカスの股下から別の巨人が生まれ出ているように見える。

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蛇の姿をした神の中の神が画面いっぱいに描かれている。三人の大人たちの補助により、幼児たちが神の口の中に呑み込まれる。大神は地面に積み重ねられた人間たちもその他の物も全て呑み込む。

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また別の見方が出来るようにも描かれている。人間の繁殖行為の図である。女(赤)がうつ伏せになり、その背後から男(青)が覆いかぶさっている。エンゼルの伸ばされた手が男性器であり、幼児バッカスが女から生まれたばかりの赤ん坊である。

絵を観る人間家畜たちに繁殖を促す為の隠し絵となっている。

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真ん中の人物四人に、生命の循環のような物が描かれているように思える。

後ろに座った人物の性器を左の獣神が握って精液を出し、皿に注いでバッカスに飲ませる。飲んだバッカスは股下から別の子供を産み落とす・・・・とこんな風に見える。人間の生命のリレーを表しているのではないか。

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さらに大きく見るとこんなイラストになった。人間の女が後ろ向きで赤ん坊を産んでいる図である。バッカスの股下の布はこの女の足先、左の二人の子供は女の手先である。女の右手はエンゼルを掴んでいるから(イラストでは描かなかったが)産んだのは二人の赤ん坊かもしれない。

 

人間は喰われる生き物だから、増産せよとこの絵は言っている。プッサンは蛇神の立場から家畜人間を増やす事を願って絵を描いているのか、それとも人間たちに対して、数を増やして対抗するしか人間のこの不幸な宿命から逃れ出る方法はないと教唆しているのか。

真実を明らかにするのはなかなか一朝一夕には出来ない。