名画の中の人喰い蛇

美術館にある名画には蛇の隠し絵がある。その蛇は人間を喰っている。

マネ 「草上の昼食」 自分たちが神への捧げもの(昼食)

パソコンの壁紙が一定時間で過去のピクチャー画像を繰り返すように設定してある。何年か前に調べた絵を改めて見てみるとまた新たな発見がある。

この絵など、あらためて見るとより大きく捉えられた。絵を画題に囚われずに全体的に巨視的に見る事はなかなか難しい。

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エドゥアール・マネ 「草上の昼食」 1862~63年 オルセー美術館(パリ)

森の中で紳士二人が裸の婦人を伴って食事をしているなど普通考えられない光景なのだが、あえて描かれている。奥ではもう一人の婦人が薄着で水浴をしている。売春婦随伴での昼食会なのだろうか。

手前にパンや酒瓶・バスケットに入った果物などが散乱しているのは、何を意味しているのか。フェルメールの「窓辺で手紙を読む女」では、手前のテーブルの上にある果物の乗った皿やテーブルクロスがくしゃくしゃに乱れていた。恐らく手紙にはお腹の赤ちゃんの父親の戦死が書かれているのを、手前の乱れた器物で象徴したのだろうと思う。マネのこの絵の場合はどうか。男女の乱れた関係を散乱した食物で象徴しているのだろうか。

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そしてこの散乱した昼食の中に、僕は人間の手足を発見してしまった。所々布を被っていて、それぞれ折り重なっており、判別しにくくなっているが何とか人間の身体のパーツである事が分かる。この部分図の奥の方に見える麦わら帽子のような物は、確かに人間の膝小僧と上肢・下肢であろう。右の方、裸の女の尻の手前に転がっているのは、切断された足首である。その他手らしい部分、頭蓋骨らしい部分もあるようだ。

この人間の身体のパーツの山積は、絵の中の登場人物四人の物だろう。絵には見えてない部分、例えば裸の女の左手・左足等は既に切断されて手前に山になって積まれているらしい。もしくは四人の少し先の未来の姿なのかもしれない。

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今回新たに見えて来たのはこの画面いっぱいに描き表わされた巨大蛇の頭である。画面左下隅にある人間の手足を口に当てて喰おうとしている。

四人の人物がこの蛇神の為に生贄となるべく自分たちをそこに置いたのであろうか。彼らは生贄の石の祭壇の上にいる。「昼食」と言うのは彼ら人間の食事ではなく、神の為の捧げもの、つまり彼ら自身の肉が蛇神の昼食なのである。

 

この有名な絵に対し、こんな解釈をするのは全世界で僕一人かもしれない。しかし自分の目に見える事を信じたい。同じように見える人が一人でも増える事を願っている。事実は事実として、見えるものは見えるものとして正直に発言したい。