名画の中の人喰い蛇

美術館にある名画には蛇の隠し絵がある。その蛇は人間を喰っている。

ティントレット 「磔刑」 背後に神の姿が見えている。

信じられないような、信じたくないような隠し絵が、美術館に置かれた絵画芸術作品の中に存在する。僕がこの事をいくら主張してもなかなか分かってもらえないようだ。人は現実に自分の肉眼で見た事しか信じないし、そもそもなぜこんな隠し絵がこれ見よがしに置かれているのか理由が分からない。理解の外だから考えられない。考える気にもならない。たとえそれが真実であってもとりあえず知らなくても良い事だと思ってしまう。

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ティントレット 「磔刑」 1550年 ソウマヤ美術館(メキシコシティ)

イエス・キリストのはりつけ刑の様子を描いた絵だが、イエスの背後にその姿がはっきりと見えている。丘の上に生えた樹々、重く垂れこめた空の雲の表現に見せて置いて実は神の姿そのものを見せている。イエスの父、天から降りて来た創造主の姿である。

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元絵の画質を変えて並べてみた。明るくしたり、コントラストを強めたりしてみる。するとイエスの腰から下の背後に、大きな化け物のような蛇が見えないだろうか。地を這って来て後ろから迫っている。

イエスの足元、兵士たちが小さく描かれているが、この巨大な蛇の口の中に呑まれようとしている。彼ら以外の樹々の中の隠し絵の人間たちがおり、それらも同じく呑まれようとしている。

こんなにはっきりと蛇神が見える絵は多くはない。

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イラスト化するとこうなる。白っぽい巨大蛇がイエスの背後に来て人間の形をした物を口に入れている。背後の空にまでかかっているのでどれほど大きいのか。兵士たちの身長から推測すると、頭の厚みだけでも8メートルくらいはあるようだ。その胴体となるは何百メートルあるのか想像もつかない。

向こう側の景色が透けて見えるので、この生命体は半透明であり、存在する次元が我々人間とは違うのかもしれない。普段は見えないが食事の時にだけこの次元に姿を見せるのかもしれない。しかし有機物を摂取する有機生命体である事は間違いないだろう。すなわち彼らも生命を維持するためには有機物を摂取し続けなければならない。

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地球牧場の羊(人間)たちを指導・教育する役目を与えられたイエスは、人々の罪を一身に背負って身代わりとしてはりつけの刑にされる。何とも恩着せがましい。この男のどこに人々は惹きつけられるのだろうか。

 

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イエスの腰に巻いた布から上に男性器が飛び出している。画面の画質を変える事でより良く見える。勃起しているようだ。こんなチンチン丸出しの男に何を教わると言うのか。

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ダヴィンチの「キリストの洗礼」(部分図 ヴェロッキョ工房作 1470~75年 ウフィツィ美術館)のイエスも全く同じ描き方で丸出しのチンチンが描かれている。こちらには腰布に映る影までが見え、チンチンが真っ直ぐこちらを向いているのが分かる。

ダヴィンチもティントレットも、イエスがまがい物・架空の存在である事をこういう形で表しているのだろう。

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名画の隠し絵は、巨大蛇が人間を喰う図と共に、人間男女の交合図にもなっている。

この絵の場合、イラストでは頭が向かって左側になっているように描いたが、向かって右側になっているようにも描ける。どちらも交合と同時に出産している図になっている。寿命の長い生命体にとって、短い命の人間のセックスと出産などはほぼ同時だとの認識なのだろう。

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画面全体に最大の大きさの蛇型生命体が隠れている。イエスの全身を包み込み、頭の上に乗せているから、巨大蛇の頭脳からの意思伝達が成されているのだろう。

神の中の神・イエスをも創り出した神は、画面下端の人間たちを口に入れる。

これが本当の神の姿であり、人間とはこんな蛇型の神によって創られた、喰われるために存在する家畜なのだと絵の中の隠し絵は言っている。信じられない話である。また信じたくない話である。信じない方が、何も知らない方が幸せだろう。今日も能天気に繁殖の事を考えていたい。