名画の中の人喰い蛇

美術館にある名画には蛇の隠し絵がある。その蛇は人間を喰っている。

ゴーギャン 「海辺のブルターニュの少女たち」 生贄の祭壇上の少女

65年も生きていると身体もあちこちガタが来るようだ。前立腺肥大による尿閉で病院に行ってきた。農閑期だったので不幸中の幸い。ただ病気になると気が弱くなり、「死」との距離が少し縮まったように思う。父は今の僕の年の頃、兄は70台で死んだことを思うと自分もあと十年後には別の世界にいるのかもしれない。この世でやり残した事・悔恨・反省が無数にあるので、転生があるとすればまた同じ事に向かわせられるのだろうな。

ゴーギャンのこの絵、どうだろう。何か不思議な雰囲気の絵だ。

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ポール・ゴーギャン 「海辺のブルターニュの少女たち」 1889年 国立西洋美術館

タヒチの少女ではない。フランス西部、イギリスに向かって突き出た半島にいるブルターニュ人の少女である。何故か裸足であり、二人並んでこちらを見つめている。海の青・草原の黄緑・土の赤等色彩が散らばっていて楽しげで、田舎の素朴な少女の様子がうかがえる。しかし少女たちの様子が少しおかしい。

二人とも足が異様に大きい。向かって左の少女の目つきが悪い。その腹が異様に丸く膨れている。まるで妊娠しているようだ。右の少女も困ったような微妙な表情をしている。二人とも鑑賞者の方を見ているが何かを訴えているようだ。背景の丘の描き方が不明確でどれが何でどうなっているのか分からない。右下のサインのある所に描かれているのは草か?

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向かって左の少女はこちらを睨みつけている。赤い唇が曲がっている。頬が変に赤い。

右の少女は困ったような顔をしているが、拡大するとやはり何か不満がありそうな表情に見える。恐怖・怯えをも感じる。赤い唇を突き出している。顎や左目下が赤っぽい。

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少女の足とも思われない黒っぽい色であり、しかもデカい。指の描き方もどこか変だ。ゴーギャンはこんなにデッサン力が無かったか。

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二人は手を握り合っている? かと思ったら何か違う。向かって右の少女の手が見えているとすれば親指・人差し指・中指? この描き方は無いだろう。

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ここの所をイラスト化しながらよく見たらこんなになった。左の少女の握っているのは右の少女の手ではなく、小さな人間である。恐らくこれを喰っているのだろう。その他至る所で蛇が人間を喰う場面を隠し込んである。

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少女二人の服をよく見るとこんなイラストになった。大きな蛇が人間を咥える姿が至る所にある。左の少女の黄色いエプロンの中には大口を開けた大蛇の顔らしき物が見えて来た。二人の手は大蛇に咥えられており、身体と繋がってはいないようだ。二人の首も胴体と繋がらず、首だけがそこに置かれているらしい。

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画面右下の草花らしき物の所に、ドクロがいくつか見える。この場所は少女が乗っている石の生贄台の脇だから、肉を喰われた生贄の人間の残骸を表しているのだろう。ミレーの「晩鐘」では中央下のバスケットの中にこんなのが入っていた。前回のモネの「ジベルニーの森の中で」でも画面下の草むらの中にこんなドクロや骨が転がっていた。

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全体図。やはりこの二人は生贄の祭壇上にいる。そして太古の時代の巨人族の少女であり、小さな人間を喰っている。

少女たちは頭を蛇に巻き付かれ逃げられないようだ。

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頭だけでなく身体全体も大蛇に絡み取られている。いや、と言うよりも身体を大蛇に取って代わられている。少女たちは首・手先・足先だけが残っているがその他はすべて大蛇に呑まれてしまっているようだ。左の少女のエプロンの中にいる大蛇が彼女の足を咥えて振り上げている。こちらに向けているので遠近法で大きく見えるのだろう。切断されているので血の気が無く茶色いのだろう。彼女たちの身体は足の下に横たわっている。

背後の胴体を見せる赤い大蛇・黄緑の大蛇が少女たちの身体を呑み込んで取って代わる様子がうまく捉えられない。海側の黄緑の大蛇が左の少女のエプロンに繋がり、赤い胴体を見せる大蛇が右の少女のスカートの形に繋がる様子がうまく解説できない。またこれら大蛇や少女たち全てを呑み込む蛇神の中の蛇神がうまく捉えられない。

 

どんな死に方をするとしても肉体はいづれ自然に返さなければならない。身体を焼いて骨壺に入れて墓に収納しても、長い年月が経てばそれも土に還る。人間がこんな生命体の家畜であるとしても「死」がそれから解放してくれる・・・・とあきらめるしか無いのか。いや肉体が滅んでも魂だけは奴らに渡さないと強く思っているだけで良いのかもしれない。