名画の中の人喰い蛇

美術館にある名画には蛇の隠し絵がある。その蛇は人間を喰っている。

東洋画にも神の姿が見えている。

東洋においても巨大蛇の支配は同様に行われている。東洋画を調べてみても、西洋画と全く同じ隠し絵が見られるのだ。地球上での地域の違い、国の違い、肌の色・言語の違いなどは関係ないと思える。

今回は日本国内にある国宝・重要文化財の絵を中心にそこを述べたい。

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国宝「山越阿弥陀図」 鎌倉時代 13世紀 京都国立博物館 

お釈迦様が人の死に際に西方の空からお迎えになる・・・・はずなのだが、この絵では釈迦を頭に乗せた巨大蛇が人間を喰いにやって来ている。釈迦の姿は西洋画の聖母マリアと同じく半身が大蛇になっており、胴体が後方に流れている。釈迦は蛇神が地上に降りて来る際のガイド役なのか。

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国宝「高野山聖衆来迎図」絹本著色 三福 平安~鎌倉時代  有志八幡講十八箇院蔵

釈迦がたくさんの眷属を引き連れて死者を迎えに来ている・・・・と見せておいて実は巨大な蛇が何匹も人間を喰いに来ている。地上にも大蛇がおり、画面左下の大蛇は損壊した人体を咥えてこちらを見ている。恐ろしい画像だ。

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国宝「辟邪絵 天刑星」 平安時代12世紀 奈良国立博物館 

病魔を喰ってくれる鬼の絵。(新型コロナウィルスももしそれが実在するならば、食い殺してくれれば良いのに・・・・。)善なる存在と見せて絵を人間に拝ませる。一見善良な心で描かれたかに見えるこういうたぐいの絵には、救いようの無い絶望的な主題が含まれている。

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国宝 「釈迦金棺出現図」 11世紀(平安時代) 京都国立博物館 

西洋では「キリストの復活」として描かれる画題が日本ではこんな形で描かれているようだ。画面全体を大きく見れば、釈迦を頭に乗せた巨大な蛇が見えて来るはずである。ミケランジェロの様に画中の人物を寄せ集めて別の隠し絵を作り出している。 f:id:curlchigasaki:20200520154420j:plain

重要文化財 「松下達磨図」一山一寧賛 14世紀 東京国立博物館 

上方から巨大な蛇が画面いっぱいになって降りて来る様子が描かれ、喰われる人間は大抵画面の下端に描かれる。達磨太子を額の上に乗せた巨大蛇(イラストでは青色)が下端の岩にも見える人間を喰っている。

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国宝 「聖徳太子絵伝」 秦致貞(はたのちてい)筆  平安時代1069年 10面ある中の第9面・10面 東京国立博物館  

聖徳太子の物語を絵にしているだけではなく、同時に蛇神の人喰いをも表している。複数の絵を重ねて表し、過去・現在・未来も同時に表しているらしい。

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国宝 「地獄草紙」(紙本着色地獄草紙)平安時代12世紀 東京国立博物館 
八大地獄のうち「雲火霧地獄の図」

地獄の業火の中に性行為をする人間の男女が見える。性行為と同時に子供を出産している。画面左下の人間も出産している。巨大蛇型生命体は人間と比べて寿命が長いのだろう。だから人間の性行為も出産も一瞬の出来事と思えるのに違いない。彼らにとって人間はすぐに繁殖する都合の良い家畜であろう。

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国宝 「楼閣山水図屏風」池大雅  左隻 江戸時代18世紀 東京国立博物館 

憧れの桃源郷を描いた絵では無い。山と積まれた人間たちを、空から来た巨大蛇たちが大勢で喰っている図である。

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国宝 「観楓図屏風」(高雄観楓図) 狩野秀頼楓筆 16世紀 東京国立博物館

高雄の楓の紅葉を見に来た人を巨大蛇が喰っているだけではなく、地面や池の中に隠された人間をも喰っている図である。

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国宝 「紙本墨画秋冬山水画」 雪舟等揚筆  2幅の内「冬景図」 15世紀末~16世紀初(室町時代) 東京国立博物館 

画面いっぱいの巨大蛇(オレンジ)の頭の上に別の巨大蛇(青緑)が重ねて描かれている。雪舟のこの絵の特徴的な中央の縦線の意味は、一つにはこの蛇の輪郭線を表している。(もう一つの意味は、恐らく人体の尻の割れ目を表している。この絵は同時に画面全体で出産の光景も表しているから)

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重要文化財 「夏冬山水図」雪村周継 (2幅のうち冬図) 16世紀室町時代 京都国立博物館 

絵のコントラストを強め、微妙な濃淡の差を追って長い時間を掛けて見つめ続けると次第に見えて来る。露骨な食人画である。

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葛飾北斎 「冨嶽三十六景 凱風快晴」 1831~33年スペンサー美術館(アメリカ)版

版画であっても刷りの微妙な濃淡があり、こんな風に見えた。富士が描かれていると言う思い込みを捨ててただ見える所を素直に描けばイラストのようになった。

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重要文化財 浅井忠 「春畝」 1888年明治21年) 東京国立博物館 

畑の畝には人間が無数に寝かせてあり、また同時に大きく見て繋がる線を繋いで行くとこんな人間たちのイラストが描けた。性行為をしながら、出産しながら巨大蛇に喰われている。

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重要文化財 岸田劉生 「麗子微笑」 1921年(大正10年) 東京国立博物館

人物の肖像画には大抵こんな大蛇が口を開けてその人物を呑み込もうとしている。このように画面全体で見ても、細かく部分的に見ても蛇が人間を咥える図が見える。人間は巨大な蛇型生命体の食糧である事をこれでもかと隠し込んである。

 

隠し込んである事柄は人間にとって辛く受け入れがたいが、こうして目に見える形にしてあると言うのは、ある意味親切ではないか。この世の真実を知るヒントを与えて貰っているようなものだ。これは奴らの弱点でもあるかもしれない。地球上の小さな蛇と同様冷血動物であるとしたら、奴らには感情が無い。愛情も熱い心も無いばかりか怒りも憎しみも無いに違いない。事実は事実として表さずにはいられない。嘘は付けないと言っても良い。人間が奴らと戦うための、また次元上昇するためのヒントがこの辺にあると思う。