名画の中の人喰い蛇

美術館にある名画には蛇の隠し絵がある。その蛇は人間を喰っている。

ロダン「考える人」は「喰われる人」

オーギュスト・ロダン 1840~1917年 僕の青春時代の憧れの人の一人だった。高校時代「ロダンの言葉集」と言う文庫本を常時持って歩いた時もあった。上野の西洋美術館でも感激を持って観賞したものだった。彼の創る人物の高い精神性のある真剣な表情・美しい筋肉美が僕を魅了してやまなかった。ただその作品の理解力は足りなかった。ただ表面的な美しさに見とれていただけだった。

ロダン考える人1
ロダン考える人1 posted by (C)カール茅ヶ崎

代表作「地獄の門」の上段で地獄を覗きこむ男を抜き出して独立させた作品「考える人」はブロンズの鋳造作品だから世界中に設置されている(本物が日本だけでも5体ほどあるそうだ)。ネットで全世界の写真を拾って検討してみた。

結論としては、この像は単に地獄を見詰めて思案しているポーズの像では無く、恐竜や蛇等の爬虫類に喰われる人間の像である。

一見岩に見える台座に恐竜がいる。口を大きく開けて人間を飲み込もうとしている(上の5枚の写真)。トカゲの大きいのが脚に噛み付いている。ロダンの彫刻はこの他にも台座が恐竜になっているのが多いようだ。人間はコイツらに食べられる者である事をこの作者もここで示唆している。

ロダン考える人2
ロダン考える人2 posted by (C)カール茅ヶ崎

台座だけではなく、この人の身体にも爬虫類があちこちに張り付いている。

まず頭。おかしな髪型だと思っていたが、これは髪の毛ではない。蛇が人の頭に大口を開けて噛み付いている。蛇の両目が見える(上図上段4枚)。ギザギザの歯も見える。上図下段の5枚左から順番に、人物の右肩・左肩・右膝、蛇の頭が腕・脚を咥えこんでいるのが判るだろうか。肩・膝と見せて実は蛇の頭のいわば隠し絵になっている。そして4枚目、腹の所、右手の下の写真。普通ここは陰になって見えないがこの写真でははっきり写っている。鬼の様な、獅子舞の様な、悪魔的な顔がこんなに大きく刻まれている。多分ごく僅かの起伏で刻まれ、光の当たり具合で見えたり見えなかったりするのだろう。5枚目右端は後ろから見た背中の左部分、良く判らないが何か不気味な顔が浮かんでいるようである。

ロダン考える人3
ロダン考える人3 posted by (C)カール茅ヶ崎

上図左から1番目は背後の背中から尻の部分。肩近くは蛇の顔が左右にあり、その下に細い蛇の胴体が下がっていて尻の左右に分かれている。普通こんな風には筋肉は付かないだろう。2番目は右斜め前方から。脇腹の肋骨の辺りがおかしい。肋骨の最下段にこんなにも段差は普通付かないだろう。その段差は背中の方に続いている。肩に張り付いた蛇と人体の境目だろうか。脚のふくらはぎの筋、まるで筋肉標本の模型の様に皮膚が無いかのようだ。あるいはふくらはぎは既に食べられて無くなっており、そこに小蛇が4~5匹並んでいるのか。一体何匹の爬虫類が張り付いているのか判らない。モネの「睡蓮」の池に浮かんだ生贄の人たちの様に、この男は寄って集って蛇どもに喰われている。

これもまた凄惨な隠し絵だと思うが、ただひとつ救いがある。

男の右手先も蛇の頭を表していると思うのだが(ひとつ前の図、頭の蛇の説明に使った上段4枚の写真の4枚目の写真の手が一番口を開けた蛇っぽい)、その蛇を男が口でがっぷり咥えこんでいる(上の3枚目)。たくさんの蛇どもにさんざん食われまくっている男が、今度は逆に蛇の頭に食い付いている。一矢を報いると言うか、僅かながら抵抗していると思う。

ロダンの他の彫刻には、恐竜の台座の上に立ち、もう一人の人間を高く持ち上げる構図の物がある。「オルフェウスとマイナスたち」・「私は美しい」と言う題の作品だが、これらの作品から・・・・「私は喰われるが、愛するお前だけでも助かってくれ。」と言う声が聞こえて来てならない。冷血な蛇どもと戦いながらヤツラには無い愛情を示す事が大事だとロダンは言ってないか。