遠くの海に太陽の光が反射してキラキラと輝いている。あの光の当たった明るいところへ行ってみたい。竜宮城の入り口があるかもしれない。あるいは舞い降りた天使と会えるかもしれない。
今日は小田原の畑(自分名義の300平米の小さな畑)に行ってきた。カボチャの定植作業をしてきたのだが、行くときはいつも西湘バイパスを通る。相模湾の海沿いを走る道路だが、そこから見る海の様子はいつも美しい。
車を運転しながらだからあまりじっくりとは見れないが、遠くの水平線や海のきらめきがたいてい横に見える。
M子と旅行した紀伊半島のホテル浦島の屋上から見た海を思い出す。遠くに多くのタンカーが行き来していた。双眼鏡で見ると遠くの海が別天地に見えた。また高校時代に小田原の海岸でみた海の光景も忘れられない。曇り空の下で遠くの海の一部分だけがスポットライトを当てられたように照らされていた。雲から差した光の線が見えて、その下に宝石のように光る海がきれいだった。そこに行きたいと思った。
しかしあの光に満ちた海の表面に行ってもただ明るい太陽と広い海があるだけで別にどうという風景でもない事は知っている。光の反射によって遠くから見たときだけに竜宮城の入り口が見えるのだ。
夢に向かって歩み続けている事・病気をしないで仕事が出来ている事、その渦中は仕事が忙しかったりして近視眼的にしか物事を見られず、辛かったり苦しかったりもするが、やがて時間が過ぎて遠くから自分を振り返って見られるようになるとその時間がすごく輝いていたと思えるのだろう。
また遠くの海のきらめきを見て美しいと感激している人の心に極楽があるのであって、海の向こうに極楽があるのではないらしい。