名画の中の人喰い蛇

美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

ゴッホ 「夜のカフェテラス」 名画で人間をコントロール

この絵もどこが良くて大事にされているか分からない。大胆な色使いが良い? 作者の情熱的心が絵に出ている? ポスト印象派として後の絵画芸術に影響を与えた?

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フィンセント・ファン・ゴッホ 「夜のカフェテラス」 1888年 クレラー・ミュラー美術館

カフェテラスのランプで明るく照らされた黄色い部分と、星空の青色の対比が目に心地よい事は確かであるが、それ以外に良い所を見つける事が出来ない。ゴッホの代表作の一つとされているらしく画集等でよく見かけられる。

人物の描き方も雑で誰が何をしているか細かくは分からないし、石畳も色と線をそこに置いてあるだけで形を成してない。テラスのランプの光に対する石畳の陰はこの絵の様ではないはずで、弧が逆さまになるはずではないか。右の樹の葉にも灯りの反映が無い。中央奥に半円形の暗い陰があるがこんな陰がどうしてできるのか? 疑問だらけである。

絵画芸術は自由であると、時代のアカデミズムに反抗した印象派の画家たちのやり方がこうであると言われて今まで何となく納得していた。多くの偉い人たちが良い作品だと言うのでそう思っていた。自分も絵画芸術をもう少し極めればその価値を認められるようになるのかもしれないと思ってきた。

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この絵をじっと見続けたらこんな絵に見えて来た(上図右イラスト)。中央の人々を周りから集まってきた巨大な蛇が寄ってたかって喰っている図である。特にカフェテラスの人々を丸ごと全部口の中に収める巨大な蛇が醜悪である。

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人々の描き方は雑で何が何だか分からない。白いテーブルも変な形に歪んでいる。しかしこのテーブル、ブリューゲルの「農民の婚礼」のプディングのようにひょっとして人間かもしれない。ミイラのように白布で包まれた生贄の人間にも見えて来る。店の黄色い壁もよく見るとその濃淡の中に形が見えて来る。

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絵の下半分。テーブルや椅子、店や建物の壁、石畳にも何やら人の形が浮かび上がってきた。

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絵の上半分。やはり性交図があちこちに隠れていた。右の樹の葉は蛇に咥えられた人間が大勢ぶら下がっているのだ。

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全体図で見るとこうなる(上図右イラスト)。星空の中で一組、石畳で一組、カフェテラスの壁で三~四組子作りをしている。同時に尻から子供を出産している。

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また大きく見るとこんな風に見えた(上図右イラスト)。右に両足を上に上げた女(赤)が斜め横向きに描かれている。それに覆いかぶさり男性器を女性器に突っ込んでいる男(青)。これも横向きで顔をこちらに向けている。カフェテラスのファサードが男性器である。そして同時に女が六人ほどの子供を出産している。

何日もこの絵を見続け、トレースをしながらより良く見、その結果見えて来たのがこれであった。

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巨大蛇による食人図はこんな風にもなっている。最初見えた図とは若干変わっている。カフェの壁の柱のような物は巨大蛇に咥えられた人間であるらしい。描かれた人物以外にも人間がたくさんいて、それらは全て巨大蛇に喰われている。

 

結局絵画芸術と言うのは、人間は食糧である事を教える他に、そういう家畜である人間に繁殖を促す為の一方法であるらしい。音楽もそうであろう。現在ではテレビ・映画・ゲーム等をも使ってコントロールしている。

この現状から抜け出すためにはどうしたらよいか分からない。敵はあまりにも巨大で知能があり、この現実を気付いた者が情報発信していく以外の方法を僕は知らない。ただ名画の中にヒントが必ず隠されていると思っている。爬虫類には無い「感情」・「情感」・「愛」などが最大の武器であるらしいことは気付いた。また奴らは目を攻撃されると弱まるらしい事も気付いた。この他に隠されている事をもっと探りたい。