名画の中の人喰い蛇

美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

玉虫厨子 「捨身飼虎図」 己が血肉を蛇神に捧げよ!

イエス・キリストがまがい物であるならば、仏教における釈迦とはどういう存在か。方便が違うだけの同じ物では無いのかと思い調べてみた。

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国宝 玉虫厨子須弥壇右側面「捨身飼虎図」 7世紀 法隆寺

左が教科書で見知っている玉虫厨子全体の写真。二階建ての厨子の下の段が須弥壇であり、本尊の仏像が収められていたと言う。ここの向かって右側面に有名な「捨身飼虎図」が描かれている(全体図では見えない部分)。

上図右がそれである。釈迦の前世サツタ王子が飢えた母子の虎を見つけ、自らの肉体を布施する話で、絵の上方に衣類を木にかけ、中ほどで崖から飛び降り、下方で虎の母子に喰われる場面を描いてある。わが身を犠牲にして飢えた命を救うと言うのが仏教の大事な一要素であると言っている。釈迦も前世のサツタ王子も同じ者とみなして話を進める。

虎に喰われる際の描写が変にリアルである。腹がえぐられ腸だか皮だか分からない部分が子虎に引っ張られている。右足が既に何個かの肉塊に分断されている。顔をそむけたくなるような光景である。見る人に恐怖を抱かせる。

ただこの話、僕には何ら共感できる話ではない。自己犠牲は確かに崇高な行為かもしれないが、飢えた虎に一つの肉体を与えても、野良猫に餌を与えるおばさんでは無いが一時だけの物で、その動物を死ぬまで面倒を見ると言うのでなければ救いにはならない。人の血肉の味を覚えた虎はこの後近隣の村人を襲う人食い虎となるかもしれない。こんな浅薄な教えが本当の教えなのだろうか。真意は違う。

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画面最下段、虎は虎ではない。詳細を観察すると裸の人間の塊である。王子の身体の詳細はよく見えないが、子虎たちも人間で形作られている。この最下段は例によって生贄の人間が捧げられた場所であろう。

母虎の身体は数体の人間であるが同時にどくろになっている。左の崖に見られるC型の白い物は骨であり、要するに喰われた人間の残骸である。

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上段の王子は木に衣を掛けるが、この衣は人間である。木に咲く花も人間で、王子は小さな人間を木の枝に刺して干物にしている図である。もしくは蛇神に捧げている図である。王子の身体も人間の集まりで表されているのは、彼が人間を喰っている事と、彼が架空の存在である事を示している。

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中段の、飛び降りる王子の横には巨大な蛇が見える。大口を開けた横顔である。口の中には既に人間が何人かいるのがうっすらと見える(大蛇の舌のあたり)。

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左が元絵、右はイラストを繋げて全体図にした物。背景の紺色一色の濃淡の中に大蛇や尻の形が見えて来る。

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左は巨大蛇を中心に見た物。横に顔を突き出す蛇以外にも数匹の巨大蛇が上から降りて来ている。画面全体をC型にぐるっと回るように大きく描かれ、下段で王子を呑み込む蛇もいる。全ての存在が喰われて死ぬ。

右は隠されたテーマの一つである「人間の増産」を中心に見た物。画面全体に大きく女の尻があり(赤)、その女性器から赤ん坊らしきものが這い出している。上段にも尻(青)があり、その女性器と王子が重なる。王子の股間はこの女性器に挿入されているかもしれない。中段の飛び降りる王子とその周辺の白いニョロニョロした物は噴出した精液かもしれない。最下段では右側でセックスをしている者が二組ほど見える。左側には生まれた赤ん坊がいて、仏像のような形で胡坐をかいて座っている。

見える物をイラストで描き並べているだけで、その意味はよく分からない事が多い。しかし仏教の教えは結局「繁殖して食糧を増やせ! 蛇神の為に自らの血肉を捧げよ!」とキリスト教と同じ事を目指させている事は分かる。 

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上図は須弥壇正面「舎利供養図」。仏陀の骨を供養する僧侶二人と天女二人が描かれているが、この絵は遠目に見るとまさに「鬼」の顔である。僧侶を両目とし、最下段の供物台を口とする角の生えた「鬼」である。そしてこの実体は巨大な蛇神の顔が上下に二体ほど重なってそう見えるようになっている。最下段の人間たちを喰っている巨大蛇神である。

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これは同じ須弥壇の背面の絵「須弥山世界図」。最下段の家屋に三人ほどいて、何か供物を捧げているらしい。その背後に平等院鳳凰堂のように左右に翼を広げた様な形の家屋があり、屋根の中央に舞い上がる何かがあり、それに龍が巻き付いている。さらに上にも家屋が見えるからあたかも比叡山延暦寺のような山ごとの大伽藍が作られているようである。これが極楽の世界(天国)であるらしい。

不鮮明であり見にくいが、全体的に何か大きな蛇の頭が幾つも見える。右のイラストでは上から降りて来る青い蛇とその左右に緑の蛇を描いた。黄色い部分は全て人間で、龍さえも人間の身体で出来ている。

さらに重ねて描いたので見にくいかもしれないが、出産図があちこちに見れる。一番大きなそれは茶色の輪郭だけで示した。龍の所を女性器にして大股開きでご開帳をしている図である。顔らしき部分も見える。西洋のキリスト教の絵画と全く同じ隠し絵がここにも見られた。やはり究極の宗旨は同じなのだ。仏教でも釈迦の物語を語ると見せかけて実はこの事を人間に見せたいのである。「産めよ! 増えよ! 家畜ども! 女のココは極楽の入り口であるぞ!」