名画の中の人喰い蛇

美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

アンドレアデルサルト 「聖母子と幼児の洗礼者ヨハネ」 解体された人間を喰うマリア

Google Arts&Cultureを見ていて「アンドレデルサルト」の絵を見つけた。夏目漱石の「吾輩は猫である」の中に出て来たイタリアの画家である。この名を知ったのはずいぶんと昔の事だったが変な名前なので憶えていた。そのくせ彼の作品は一つも知らなかった。今回たまたま見つけたので検討してみたい。

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アンドレア・デル・サルト 「聖母子と幼児の洗礼者ヨハネ」 16世紀後半 ダルウィッチ・ピクチャー・ギャラリー

ダヴィンチより少し後の時代のフィレンツェの画家である。丸顔の聖母、吊り目でインパクトのある表情のイエスが何故か放心状態の洗礼者ヨハネを見つめている。一見すると電車で優先席に座る人を無言で威圧する母子のようにも見える。

聖母マリアの表情はどの名画でも冷酷である。

この聖母は何故か右太ももをあらわにしている。ずいぶんと色っぽい聖母で、こういう絵が許されたのが不思議である。その他にイエスの肢体のバランスがおかしいし、ヨハネの身体はどうなっているのか、何故こんな無表情なのか等疑問点がいくらかある。

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上図左のイエスの頭の付き方が不自然ではないか。うなじの辺りがうまく描けてない。まるで頭部を胴体の上に単に置いたような感じである。瞳が爬虫類のように縦線目になっているし、口の周りが真っ赤だ。

中央のマリア。仏像などに見られるような伏し目、無表情。人間を見下しているようにも見える。頬の下のほうが少し膨らんでいる。何かを口に含んで食べているかのようである。ここでは見えないが喉も膨らんでいる。

右のヨハネ、目がうつろである。聖母子の方を見ていない。生気が無い。口から何かが飛び出ている。

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エスの左足が長すぎると思ってトレースしながらよく見て見たら、このイエスの手足はバラバラに切断されたものを並べてあるだけだと分かった。またイエスの足は手であり、手は足であった。ルノワールの「舟遊びする人々の昼食」では人の手と足が逆に付いていたがそれと同じ表現である。ティントレットの「聖母子を崇める二人の伝道師」でもそうであった。イエスの頭を乗せている肩は尻であり、そこから出ているのは手ではなく足である。その足首は無く、その代わりに小さな人間が手指のような形になって付いている。イエスの左足はマリアの腹に隠れた頭に繋がる腕であろう(イラストで黄色)。イエスの右足はマリアのあらわな右足と見せた胴体の子供の右手である。この子の頭をマリアの左手が抑えている(イラストで赤味がかった黄色。マリアの左手人差し指と中指の間にこの子の眼が見えている)。やはり手首から先に小さな人間が張り付いていて足のように見せている。マリアの右足に見える部分は背中と尻であり、他の切断された人体部分から出る血で真っ赤に染まっている。

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洗礼者ヨハネは十字架によって頭から串刺しにされている。肩から下は無い。ちょうど沖縄の豚の顔皮のチラガーのようになってそこに置かれている。背中の皮がめくれて裏返しになっている。口から血反吐を吐いている。マリアはこの餌を見ているのである。

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画面上方の雲の中に人間の身体が幾つも見つかった。空中にあるのではなく恐らくマリアの胴体がそこにあり、呑まれた人間が透けて見えているのだろう。

尻を向けた人間の肛門から別の人間が出ている。

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全体のイラスト。イエスヨハネもマリアの単なる餌である。この絵ではその餌が綺麗に切断・解体されている。それらを置き並べて名画と見せている。そして教会でこれを多くの人が有難く拝むのだ。

人間たちも普段やっている事はこれと変わりない。と殺場の中を見る事はまず無いし、生き物をと殺・解体して食べている事は当たり前の事だが目を伏せて普段から「肉・肉・・・・」と言っておいしく食べている。人間を常食としている種族がいたならばこの風景は日常の物なのだろう。

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左が元絵。右は聖母マリアの正体。人間の身体が見える所は全てこの蛇に呑み込まれている。

 

僕は人を怖がらせるためにこのブログを書いているわけではない。ましてやオカルト趣味が高じて精神に異常をきたして名画がこんな風に見えてしまうというのでもない。学校教育・テレビ等のマスコミが教える嘘では無く、真実の人生を送りたいから、自分の眼で見える物を信じたいだけなのだ。名画と言われる作品の中にそのヒントが隠されていると思って自分一人で研究しているだけなのだ。

名画の中に人を食う蛇神が見えるが、名画の表現はその蛇神側の言い分であり、誤って違う方向に導く物なのかもしれない事は知っている。だからこそ名画をより深く見て研究して真実を探りたい。いつか人生の意味・生命の行く先が見えて来るまで・・・・。