名画の中の人喰い蛇

美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

モネ 「積わら 夏の終わり」 「脱糞図」はここにも存在する

クロード・モネ 「積みわら 夏の終わり」 1890~91年 シカゴ美術館

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自分の眼で見た物のみが真実である。

前回少し自信を無くしかけたが、名画の中に自分の眼で見える物は変わらない。人間は巨大な蛇神の食糧である事が繰り返し描かれている。農作業で忙しい中、絵の中に隠された物を調べて行きたい。

モネの「積みわら」連作は、移ろい行く光の具合を捉えて魅力的である。この絵は「夏の終わり」と言う事で夏の強い光が少し和らいだ時期の景色が描かれている。「積みわら」と言う何でもない物でも光を受けると人を感銘させる絵画に成り得ることを証明している。

・・・・とここまでは絵の表面的な事、隠された真意は別である。この「積みわら」は単なる「積みわら」では無い。

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向かって右側の「積みわら」をよく観察すると上図右のイラストになった。これは人間が積み重なって山になった物である。黄色い蛇がその外周を囲っている。山の下部には頭蓋骨のような物が転がっている。地面にも人間の遺体が転がっている。巨大な蛇神はこんな風に人間をまとめて喰っているらしい。

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向かって左の「積わら」も同様に生贄の人間の山になっている。奥の方では人間が大蛇に喰われている真っ最中である。

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画面中央の樹々に見える部分、ここでは大蛇たちが人間を襲い、喰っている様子が描かれている。

大人が子供をかばって守ろうとしている部分もある(イラストの黄色で描いた人間)。蛇神に指導されたモネはやはり人間同士の「愛」に関心を持っている。

遠景の山の中に大きい人間とかがあって、人間の大小がまちまちである。現実的な表現ではない。空間や時間を超越していると言うべきか。

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絵の下半分。色数が多く、隠し絵を見つけるのに苦労したが、真ん中の青い陰の部分に人の顔が見えた所から見え出した。イラスト化して行く過程で一面人間の遺体だらけである事が分かった。様々なポーズの人間が大蛇に噛み付かれている。

左下にモネのサインがあるが、ここに大蛇の大きな正面顔がある。そいつは人間を咥えている・・・・と言う事はモネもこの蛇たちの仲間であり、人間を喰う存在である事を示唆している。

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絵の上半分、中景辺りにまた違う人間の姿が見えて来る。子供をかばう大人が3~4組ほど描かれているようだが、子供を襲う大蛇にも見えなくもない。大蛇の頭の横に伸びた蛇を配置すれば子供を抱く大人の絵になるのだが、あえてこの配置を多用していると言う事はやはり母が子を抱いた所を描いていると思わざるを得ない。

空から巨大な蛇神が降りて来ている。地上の食糧を喰いに来ているのである。

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絵の上下を繋げ、全体図にした。蛇神の食事風景が描かれている。

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さらにこんな風にも見えた。

上図左イラスト、例の「脱糞図」である。「積わら」の真上に尻の割れ目が位置しており、意図的にそれが「糞」になるようになっている。すなわち人間の山は「糞」である。

上図右イラスト、半透明の蛇神。眼を細めて全体を見ると何かの拍子に見え出す。空から降りて来た巨大蛇神が二体(薄緑の輪郭とピンクの輪郭で表した)。左から来て右の「積わら」に齧り付く一体(青い輪郭)もいる。