名画の中の人喰い蛇

美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

浅井忠 「春畝」 人間の大量虐殺

この所アブラムシの大量虐殺などをしている。畑のソラマメが育って来て花が付き、新芽にアブラムシがぎっしりと付いている株がある。それを界面活性剤入りの農薬を散布して窒息死させるのである。万単位のアブラムシを殺しているがこれもおいしいソラマメを収穫する為だから当然の事としてやっている。人間の食糧を作る為にはこの他の害虫・雑草等の命も無数に奪っている。

こう言う殺し殺されの自然の摂理を名画は見せつける。

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浅井忠 「春畝」 1888年明治21年) 東京国立博物館 重要文化財

何気ない農村の風景が描かれている。農民が五人ほどで畑の畝立てをしている。向こうの家の前には梅か花桃かが花を咲かせているから季節は早春だろう。狭い畝、所々に黄色っぽい物が見られるからジャガイモの植え付けをしているのだろうか。畑の土は黒く、水持ちの良い良質な土だろう。

この絵には嫌というほど人間の死体が隠されている。まさに大量虐殺現場である。

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この五人の農婦たち、顔をアップにして見ると普通ではない。眼を光らせたゾンビのような顔をしている。縦84cm×横102.5cmの比較的小さな作品で、しかも画面全体が暗いからよほど近づかなければこれは発見できないだろう。何にしても五人は人間では無い。

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画面中央にいる農婦は背後の男の振るう鍬によって殺されかけている。鍬の先端が農婦の背中に突き刺さり、血が流れている(画面を明るくすると血の赤がより鮮明になった)。

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向かって右端の農婦の足元を拡大してみた。人の顔に見える部分・足に見える部分・尻に見える・・・等を繋ぎ合わせて行くと人間の身体として浮かび上がってくる。死体がごろごろしている。農婦は鍬のような物でその死体を引っ掛けて並べているようである。

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中央の農婦の足元。やはり死体が散乱しており、並べているらしい。死体は男も女も子供もいる。子供を抱いたままの女も見られる。

道具は鍬にしてはいやに柄が長く、三角ホー(先が三角形になっていてその二辺が刃になっており、主に除草用に使うが畝立てにも使える)のような物ではないか。これで死体を突き刺したり、引っ掛けたりして整列させているようである。

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今見たところを含めて、画面の下方(手前)部分を見る。畝立ての済んだ部分である。死体が整然と並べられている。所々手足が見えない死体もあるがこれは手足が埋もれているかもしくは切断されている物であろう。

人は死んで土に還るとは言うものの、こんな風に生前の形そのままでそれを表すなど考えられない。人は土葬されるとウジやダンゴムシ等に喰われ、微生物に喰われ、元素に分解されて初めて作物の肥料となるはずだから、こんな人間の身体そのもので畝が立てられるなど論外である。

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画面右の中景、家の手前に藁を干すようにして掛けられているのは人間である。干された白い布団のような物も人間である。盛り上がった土の所も平らな所もすべて人間の死体が敷き詰められている。

これら人間の姿は同時に蛇の顔にも見えるように描かれている。レオナルド・ダ・ヴィンチ並みに複雑な表現方法である。日本のこの浅井忠もダヴィンチも大本は同一の生命体の指示で絵を描くと思えば同じ表現方法になるのにも頷ける。

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左の三人の後方も死体だらけである。一分の隙間もなく敷き詰められている。明るい部分も暗い部分も人間である。これらの後方、上から大蛇どもが一直線に降りて来て喰っている。花の木や家に偽装して。

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全体図で見ると・・・・これはひどい。(一部暗すぎて判別できなかったが)地面のほとんど全てが死体で埋め尽くされている。上から来た大蛇に咥えられて空中にある死体もある。こんなに死体を数多く描いた絵があっただろうか。

浅井忠は日清戦争に従軍したそうだが、中国兵の無数の死体を片付ける作業をした経験があるのだろうか。

農婦たち五人は畝立てをしているというよりも、蛇神の為に生贄の死体を綺麗に並べて準備しているのだろう。

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画面を大きく見ると、わずかな濃淡を繋げると巨大な蛇神の姿が浮かび上がる。生贄の人間を全て口に入れようとしている。

こうしてみると人間もアブラムシ同様の儚い存在である事が分かる。簡単に殺され簡単に喰われる。人間の食糧に害をなす虫だから殺されるか、蛇神の直接の食糧であるから殺されるかの違いだけである。

蛇神どもはこうした名画を通じて人間に「お前たちは俺たちの食糧だ」と言う事を繰り返し言っている。