名画の中の人喰い蛇

美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

ゴッホ 「星月夜」 食人蛇が生贄を喰うと言う事

ゴッホの作品の中にまた生贄の食人画を発見した。

フィンセント・ファン・ゴッホ 「星月夜」 1889年6月 ニューヨーク近代美術館

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昔から画集などでよく見かけた有名な絵であるが、今まで気付くことが出来なかった。

・・・・月夜の夜空、月や星が沸き上がる情念のように渦巻く。糸杉がまた作者の燃え上がる情熱を表すかのように立ち上がる。街並みはそれらを引き立てるように青黒く静まっている。人の営みを表す街の明かりが所々に見られる。

この絵を見る時、蠢く描写にゴッホの生きる情熱のようなものを感じ、それに圧倒されてしまう。今までこんなに心情を率直に表現した絵があっただろうかと驚く。そしてそんなゴッホに親近感を抱く。他人の評価など全く気にせず、心情を素直に吐露するのが真の芸術家なのだと思う。

空の中に蛇っぽい表現が見られるのが不思議であった。中央で絡み合う渦は明と暗・陽と陰のような思想を表すのかなと何となく思っていた。

隠し絵はやはり手前の左右にあった。

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画面右下部分のあるのは木々や街並みではない。巨大な蛇の顔である。斜め横を向いた顔が大写しになっている。家の屋根に見える部分はどうやらこの蛇の歯であるらしい。

街の明かりの黄色は人間の顔のようだ。またこの蛇のごつごつした皮膚を形作っているのは布に包まれた人間であるらしい。ミイラのように白布にくるまれた人間が転がって蛇の唇や頭になっている。皆頭をこちらに向けており、顔らしき部分が所々に見える。蛇の左目の所に真っ白な骸骨もある。

右下隅の緑色の物は木では無く、二つの遺体であろう。うつむくような形で立てられている。 

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画面左下には、同じような布にくるまれた人間の遺体が3~4体ほど転がっている。目や口らしき部分がかろうじて見分けられる。杉の形を借りた巨大な蛇が上から降りてきてこれらの人間を喰っている。

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布に包まって転がされた人間を今まで絵の中にいくつか見てきた。上図左から「地獄草紙」・「横山大観」(上)・「ゴーギャン」(下)である。蛇紙に生贄にされる人間の姿らしい。

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これは左から「モネ 睡蓮」・「ミレー パンを焼く農婦」・「ミレー 晩鐘」の中から切り取った部分である。こういう形を採ることが一種の儀式のようになっているのか。

人間の場合家畜を食べる時、肉を切り刻んで煮炊きしまたはすり潰して野菜と混ぜ、焼いたりして元の姿が分からないくらいに変形させて調理するが、蛇神の場合は基本的に生を食するので、手足を取ってこけし状にして丸呑みするか、心臓を取り出したり血を集めて飲んだりする(「モネ 朝食」・「ダヴィンチ 聖ヒエロニムス」・「ゴーギャン 我々はどこから・・」・「フェルメール ワインを飲む女」等で見られた)。

この布で人間をくるむと言うのは調理法というよりは他の人間が生贄を差し出す時の形であるらしい。布ごと丸呑みして胃液で溶かして食するのだろうか。

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画面下半分を見ると、山の形が人に見えてきた。両手を万歳して横たわる男だろうか。頭を大蛇に噛まれている。とすると遠近感が全くない表現となる。空にこの人間に食いつく大蛇どもが群れているから「蛇による食人」を表すためにはその辺の現実感は無視しているようである。

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画面全体の中での空の表現。一段と黄色く輝く目立つ月星は巨大蛇の目である。山並みと糸杉を輪郭とする超巨大な蛇の顔である。その中にはそれよりも小さな蛇が無数に蠢いているが、この絵の中で一番大きい蛇神はこいつと思える。こいつが生贄の人間を喰う大蛇をも同時にまとめて喰う神の中の神であろう。

 

人間が家畜を喰う時は、「いただきます」だのと呪文を唱え、「豚さんに感謝」だのと言って罪を逃れようとする。有機的存在である人間は他の有機物(動物・植物)を摂取することでしか生きて行く事が出来ない。現実を素直に受け止めないと言う事では人間はよほど罪深い生き物である。巨大な存在である蛇型有機生命体が自分以外の有機生命体を摂取する事はこの宇宙の中では普通のことではないのか。人間のみがその原則を考えないようにし、子供たちに「人間が地球上で食物連鎖の頂点に立つ」とか嘘を教えるからいけないのだろう。ただこの現実を受け入れるのは、生まれた時から変な風に教育洗脳されてきた僕にもなかなか容易ではない。名画の中に発見したこの現実の方が嘘であればと願う自分もいる。