名画の中の人喰い蛇

美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

狩野永徳 「檜図屏風」 どう戦ったら良いのか

自分が家畜である事に気付いてしまった豚はどうしたら良いのだろう.豚舎から逃げ出す? このままじっと耐える? 仲間にこの事を教えて共同で飼い主と戦う?

敵の正体もよく分からず、力も強そうなので動揺している。全く初めて経験する事なので対処の仕方はこれで良いのか不安になる。とりあえず自分の眼に見えるこの現実をブログを通して発表する。

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狩野永徳筆 「檜図屏風」 安土桃山時代16世紀 東京国立博物館 国宝

この絵の実体がやっと見えて来た。言わずと知れた、蛇神に捧げる生贄の人間が描かれている図である。画面手前に生贄の人肉の山が置かれている。それを空から来た巨大な蛇が喰っている。ダイナミックな構図で檜の樹の枝ぶりや池の水、岩等を荒々しく描いてあるのは人を惹きつける為の見せかけである。本当の主題は「人間たちよ。お前たちは我々が餌として飼っている家畜なのだ。いずれ喰われるのだ。」と言う物である。 

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左側の隅手前に人肉の山があたかも岩山の様に描かれている。イラストで黄色くした部分である。その周りには蛇の顔が囲んでおり、皆口を付けているので蛇の顔が見つけられれば人肉だとすぐ分かる。背中を上にして突っ伏して重なっているのが見える。頭を水の中に突っ込んでいる人もいる。手前に髪の長い女のようなのが背中を向けて座っているように見える。遺体だらけの中でまだ生きているのだろうか。

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手前中央、左隻と右隻にまたがって人が横たわっている。大きすぎて最初見えなかった。頭を木の根に隠すように突っ込んでうつ伏せになっているらしい。右わきの下に木の根が刺さっている。

その上方にも人体が並んでいる。池の縁の崖に見えるが人の尻から下の足等が並んでいる。金地で描かれた大蛇に喰われているので上半身が見えてなかったりする。

右側隅にも人間の裸の遺体。じっと見ていれば次第にその陰影がイラストの様に見えて来た。

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屏風絵全体を見るとこんな感じ。黄色が生贄の人肉、その他は檜であろうと金地であろうと池であろうと全て巨大な蛇の画像である。見事なほど巧みに人肉の所に口を持ってきて喰っている図である。蛇は前の蛇を後ろの蛇が呑み、互いに連結するようにして繋がって空に続いている。

生きる事は食べる事、または食べられる事であるとこの蛇神たちは絵の中で言っているかのようである。彼らは爬虫類種族なので人間のような感情が無い。心の温かさ、悲しみ、喜び、怒り等冷血な彼らは感じる事が出来ないのだろう。

日本では古くから「もののあはれ」と言う言葉がよく使われたようだ。爬虫類たちは人間を支配しながらこういう感情を理解できず、おのれの課題としてきた。西洋でも聖書にある「愛」と言う言葉を自分たちが持ち得ない物として重要視して来ている。逆の見方をすれば、これらの感情が彼らの弱点であろう。「あはれ」を感じる人間、「愛」を持つ人間には彼らには持ち得ないパワーがあると言う事だ。

・・・・と言葉では言えるが実際にはどういう行動が良いのかよく分からない。まずは自分の眼に見える真実を一つ一つ着実に検証して行くことだ。