名画の中の人喰い蛇

美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

「地獄草紙」 この世にある地獄の絵

たまには日本の絵画を見てみよう。

「地獄草紙」(紙本着色地獄草紙)平安時代12世紀 東京国立博物館 国宝

八大地獄のうち四地獄が描かれた絵巻だが、その内の「雲火霧地獄の図」

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殺生・盗み・邪淫の罪を犯した者が落ちる地獄で、地獄の極卒に棍棒で追われ、火の中で焼かれ苦しむ亡者たちを描いている。火炎と流血の朱色が生々しい。絵と共に経典が読みやすく漢字かな交じりで併記してある。地獄に恐怖を抱かせ、極楽浄土に導く仏教の教えに従うように勧めている。

この絵がフェルメール等の西洋の名画とそのコンセプトにおいて全く変わらないのである。すなわちこの絵の中には蛇神が人間を喰うと言う事が描かれている。しかもあの世では無く現生においてである。地獄に行かなくてもこの世のどこかで生贄儀式が行われている事が示唆されている。

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画面右下部分、極卒(鬼)が棍棒を両手で持って人間を火の中に追いやっている。しかしよく見ると鬼の身体は蛇の集合体であるようだ(上イラスト)。燃え盛る火は赤と朱色の柄の巨大な蛇である。人々は火に焼かれているのではなく、巨大な蛇たちに襲われ喰われているのだ。

画面右下に人間の死体が横たわっている(イラストでは黄で描いた)。ここだけは他のような線画ではなく、写実的に描かれている。平安時代にこう言った表現がされている事が驚きである。やはり1000年の昔から写真技術があり、それを絵の具で着色したようにプリントする技術があったとしか思えない。

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そこの拡大図。元絵があまり高画質で無いため却って分かりにくいかもしれない。眼を細めて見ればグレーの焼死体のような身体が頭を右にして上向きに転がっているのがとらえられるだろう。その身体の上には血だか炎だか分からないものが被さっている。

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画面左下部分。極卒が裸の人間の足を束ねて持ち、これから火に投じようとしている所らしいが、この極卒、足のあたりがはっきりとしない。岩を跨いでいるらしいがその岩が大蛇に見える。この鬼も蛇で形作られた仮の化け物である。イラストで青く描いたように大蛇が岩の先に繋がって人間の足や頭を喰っている。

火の中で苦しんでいる人たちは赤と朱色の柄の巨大蛇の口に噛まれて痛がっているのである。

手前に切断された足らしき物が横たわっているがどうもはっきりしない。

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全体図を大雑把に見るとさらに巨大な蛇が見えて来る。上空から降りて来たもので、画面いっぱいに頭がある。空の雲っぽい部分も別な巨大な蛇どもである。空の蛇どもの口から赤い蛇が出て来ていたりする。

小さく見れば小さい蛇が人間を襲い、大きく見ればそれらの蛇がまとまって人間を身体の中に取り込む、こういう表現は西洋のフェルメールと全く同じである。一見地獄の怖さを思い知らせるためという二義的な主題を思わせ、実は蛇神による人肉食を隠し込んでいる所も全く同じである。それは支配者が日本でも西洋でも、いつの時代でも変わっていない事を表している。

巨大な赤い蛇の身体にある朱色の人魂にも見える部分(イラストでは黄色く描いた)、何か蛇神に吸い取られた人間の魂に見えて仕方がない。

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「地獄草子」奈良国立博物館 八大地獄のひとつ「糞尿泥地獄」の図

この絵を最初に見たのは十代の頃だったと思う。非常に強烈な印象でたびたび夢の中に似たような光景が出てくる。昔実家が汲み取り式の便所であり、下をのぞくとウジが蠢いているのが見えていた。そんなウジに喰われる地獄と言う事で描かれたのだろう。

ただ僕は何故かこの絵を見て、自分が来世でウジに生まれて来る恐怖を思った。それだけは絶対にあって欲しくないと強く思うせいか今でも夢に汲み取り式便所が出て来る。

この絵も結局蛇神による食人図であった。

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画面下半分、黄色い糞尿の中に微妙な陰影の変化によって、人間に喰い付く大蛇が無数に描かれている。小さく見ても大きく見ても大蛇が人間を襲っている。

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左上の人の足が二本逆立ちしているわきにいるウジが別の物に見えた。これは布に包まれた人間、小さな赤ん坊ではないのか。横山大観の龍の絵にあった生贄の女・ゴーギャンの「ファイヤーダンス」の奥で転がされていたやはり生贄の女、これらとよく似ている。全身布に包まれ、頭を右手に向けて横たわっている。足が二本見えている。ひょっとしてこの絵にあるウジは全て人間の赤ん坊ではないのか。実際のウジの眼はこんな風に二つはっきり見える漫画のような物ではない。

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全体を見ても蛇神による食人図である。空には巨大な蛇が何匹も顔を見せ、それらが合わさってより大きな蛇の顔になり、糞尿池の際に口を付け、さらにそれらの巨大蛇を呑み込むかのような巨大な半透明の蛇神が見えている(複雑であり、判別が難しいのでイラストはごちゃごちゃになってしまったが)。

「地獄草子」と言って「こんな地獄に落ちたく無ければ仏に従いなさい」と言いたいのだろうが、結局「人間は蛇神の食糧だ」と言う事をしつこく繰り返しているだけである。