名画の中の人喰い蛇

美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

フェルメール「ディアナとニンフたち」 畏れ敬い従って、喰われなさい

この作品も上野に来ているそうだ。

ヨハネス・フェルメール 「ディアナとニンフたち」 1653~1654年頃 オランダ・マウリッツハイス美術館

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キリストの足を洗う信者の絵?・・・かと思えるほど宗教画っぽい。ローマ神話に出て来る狩猟と月の女神ディアナが中央に描かれ、四人のニンフ(妖精)がその周りにいる。左に狩猟犬っぽい犬が後ろ向きに座っており、地面には鳥みたいな形をした白い布が置いてある。ディアナの頭には月型の装飾具が飾られている。左上の樹の枝が弓っぽい形を作っている。狩猟の女神を表すシンボルが有るようで無いようなはっきりしない不思議な絵である。フェルメールの描く神話画はこれ一つだけだそうだ。

女たちの衣服は色とりどりで綺麗ではあるが、ディアナの服はまるで工場の作業員のようだ。女神らしくない。弓を射るときに胸が邪魔にならないようにする装具を付けているのか。何だかツナギ服のようである。足を洗うニンフの方がよほど小綺麗である。神話を庶民的に表した? どうだろう。 f:id:curlchigasaki:20190129191411j:plain

女たちの表情の暗さは一体何だろうか。全員が下を向き、左から来る光とは反対方向を向いて顔に陰を作っている。ディアナの顔はまるで死体のようである。

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左下の犬は実は犬ではない。ディアナの手と同じ肌色をしているが、この犬の胴体は人間の足で出来ている(右イラスト)。人間の片足を肌色の大蛇が咥え込み、それを黒い蛇が呑み、岩に見せたグレーの大蛇が口に入れている。別のグレーの大蛇は地面の方で足先を咥えている。地面から生えた小さな木の根元にある肌色の塊は人間の骨だろうか。そのあたりの暗い部分には頭蓋骨にに見える画像がいくつも隠れている。

グレーの大岩は大蛇であるが、その上に人体の分断されたものがいくつか乗っている。尻や足が見える。

その他犬の耳の所にも背中の柄の中にもあちこちに人の骸骨と思える物が散らばっている。気味の悪い絵である。

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画面右奥の方にも気味の悪い絵が見える。ニンフの右後ろ、小木か岩のようなあいまいな表現の中に人間の身体と思える物が見えた(右イラスト)。ニンフの後ろの空か森にはその頭に喰い付く大蛇がうっすらと表されているが、その大蛇が大きく口を開けた中に人間の身体が見えた。ニンフ自体も大蛇に下から上から喰われているからその喰われた身体であろう。

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画面上半分をトレースしてみた。この作業をする過程で分かって来る事もある。

真ん中二人の女(ディアナとニンフ)の右腕は千切れて下にずれている。左の後ろ向きのニンフは上半身が腹で切られて尻から下と分離している。岩の上に乗っているのはこの女の身体の部分であろう。

ここにいる四人の背後には頭に喰い付く大蛇が描かれている(左端の女などは頭ごと呑まれて既に頭が無い)。それと同時に大蛇の口の下に人間の骸骨がいくつも見られる。まるで心霊写真の様に顔が浮かんでいる。生贄の人肉が画面の下前面だけでなく、後方にもあると言うのは初めてかもしれない。

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ディアナの衣服は大蛇であり、その右足はつま先以外無いから左の犬に見せかけた足はディアナの右足であろう。

右側の赤い服のニンフはディアナの足をスポンジのような物で洗っているのではなく、蛇の頭を掴んで足先を喰わせているらしい。水の入った金色の盆は凹凸が逆で金の蛇が出っ張っている(「牛乳を注ぐ女」のミルクポットの中のように凹んでいるのではなくちょうどその大きさの蛇が突出している)。白い鳥に見える布はその金の蛇が咥えている多分人肉。画面下半分にもあちこちに心霊写真風の顔が見られる。

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画面全体を大雑把に見る。上方から巨大な蛇が降りて来て真ん中下のディアナの足先と金盆の所の白い鳥型の布のあたりに口を付けている。この巨大な蛇はイラストで薄黄色で表したように左上から右下にかけての物と右上からの物とが重なっている。右上からの巨大蛇は口を目いっぱい大きく開けて女たちを呑み込もうとするような、威嚇するような顔をしている。

画題は神話から採っているが、主題(蛇による食人)は変わらない。表現の残酷さも変わらない。見る人に恐怖の感情を抱かせようとしている。畏れ敬う事を強制したがっている。