名画の中の人喰い蛇

美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

ダヴィンチ 「最後の晩餐」 巨大蛇の人間食事会

レオナルド・ダ・ヴィンチ 「最後の晩餐」 1495~1498年 ミラノ サンタマリア・デッレ・グラツェ修道院 420cm×910cm テンペラf:id:curlchigasaki:20181219190449p:plain

クリスマスも近いのでキリスト関係の絵を探っていたら、こんな絵を見付けた。

Google Art & Culture のダヴィンチの頁、現在の絵ではなく、1977年からの大修復の直前の絵でもなく、恐らく大戦前の絵ハガキのような物の写真だろう。

損傷が激しく詳細が見えないが、色の具合や微妙な陰影の変化が残っていてかえって見やすい。修復士の努力を評価しないわけではないが、修復士も人間である限り絵を人間の形を中心に見て、自分の思う通りの方向に向けて修復してしまう。絵の中に蛇が隠れている事に気付かなければそれを無視してしまう。使徒の特定や彼ら一人一人のポーズで表れる感情の違い等ばかりを研究してしまう。

部分を順番に見て行く。

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中央のイエスの右隣り、一塊になったトマス・大ヤコブ・フィリポとされる三人。彼らの衣服は全て蛇である。大蛇に噛み付かれて驚き、苦痛に苦しんでいる。彼らの肉体は顔と手先しか無く、それらは大蛇に咥えられて空中に浮かび、様々なポーズをしている様に見えている。大ヤコブとフィリポの体は下から来る大蛇にすっぽりと呑まれている。トマスは頭部のみを咥えられ、顔が空中に浮かんでいて体が無い。彼らの背後の壁には、上から降りて来た大蛇がいて、一人一人の頭に齧りついている。彼らはイエスに「お前たちの中に裏切り者がいる。」と言われて驚き、それを否定したりしているのではない。彼らは単に大蛇どもに襲われ、喰われて苦しんでいる動きをしているだけである。フィリポの腹のあたりは血のような赤色が広がっている。

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画面右端の三人、マタイ・ユダ(タダイ)・シモン。これも同じ、喰われる人間たち。大蛇どもの食事風景である。人間の頭や手を我先にと争って喰う蛇ども、その肉隗や蛇がまとまって普通の生きた人間に見える瞬間を写真の様に捉えたのがこの絵である。

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エスに向かって左側に見える一塊の三人、裏切り者ユダ・ペトロ・ヨハネ。同じように食糧としての人間が描かれているが、このユダの表現はどうだろう。金の入った袋を握りしめ、体を逃げるようにのけぞらせて顔も暗く描かれている。しかし僕に言わせれば、右手で握っているのは肩から降りて来た蛇の首であり、上体を後ろにそらしているのは右下から這い上がって顎に噛み付いている大蛇の為だろう。

ヨハネはこれはヨハネではなくマグダラのマリアであるとする説があるが、確かにどう見ても女であろう。体を変に傾けてイエスの体との間にV字の空間を作る。映画「ダヴィンチコード」ではこれは聖杯の形を表し、女性の子宮を暗示し、イエスの子孫が現在も存在する云々とやっていたが真実はどうだろう。

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左端の三人、バルトロマイ小ヤコブ・アンデレ。演劇的なポーズで驚きを表すアンデレ、思わず立ち上がるバルトロマイ、彼らも単に大蛇に喰われている肉隗にすぎない。バルトロマイの衣服は剥落が激しいようで、修復後の写真にはそれがうまく消されている。しかしこの白い模様のような所、本当は蛇の柄ではないのか。彼の体には肩から首からと言わず肘からも蛇が垂れ下がっているが、腹のあたりに特に大きなのが二、三匹いる。判別しにくいが大体イラストのような位置にいると見た。彼の左右の手先に向かっている。

ここで注目するのは、アンデレの腹にいる大蛇の眼をペトロの持ったナイフの先が突いていると言う事である。ひとつ前の図に揚げたペトロはヨハネの耳に顔を近づけているが、右手を後方に出し、ナイフを不自然に逆手に持っている。アンデレはこのナイフに驚いているようにも見えるが、腹に巻き付いた大蛇の左目を確かに刺している。こんな表現をどこかで見た記憶がある。ルノワールの「アルジェの女たち」だった。女の一人が蛇の眼を刺繍針で突いていた。時々名画の中の人喰い蛇に抵抗を見せて戦うそぶりを見せる人間の表現がある。悪魔の大蛇は同時に戦うヒントを与える天使の要素をも持っているのだろうか(この辺は後々追求して行きたい)。

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テーブルの下はよく見えないが、わずかな色の変化を時間を掛けてみて見るとこんな風に見えた。まず画面左側。使徒たちの足先があるらしいがよく見えない。修復後の絵を参考に位置を特定して置いてみた(黄色部分)。するとその足先の全てに大蛇の口先が来ていた。テーブル下でも人肉食が隠れていたのである。

左下の剥落が激しいように見える所は、地に這う大蛇の柄であろう。

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右下でも人間の足が喰われている。上から額を見せて喰っている大蛇、上から降りて来て右から左に這っている大蛇が目立つ。

テーブルクロスの端にも白い蛇が垂れ下がっている。縦線模様もどうやら蛇であるらしい。パンは蛇の頭であり、こちらに向かっている。

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人物の後ろの背景は遠近法がどうだとか、部屋の背後の空間がやたら広いとか、さまざまに言われるが、僕にはこんなものが見えた。

エスの背後の窓上のアーチ型は巨大な蛇の正面を向いた顔である。よく見ると両目と口が見える。その後ろにさらに大きな蛇がいる。前の蛇を丸呑みする巨大蛇である。その後ろに一段と大きな蛇がやはり前の蛇を呑んでいる。窓の枠はこの蛇の牙にも見える。その後ろに・・・・その連続で、五段目くらいに一番大きな蛇が天井全体に見えた。その眼は天井の木の桟の中の微妙な陰影の中に隠れていた。ほとんど半透明な存在で、こいつがイエスの父「神」だろう。

上方から降りて来る大蛇はその他にもたくさんいて、部屋の壁を伝って使徒たちの頭にかぶりつき、またテーブルの下まで潜り込んで彼らの足を喰っている。

さらにこんな風にも見えて来た。使徒全員が一直線上に並んでいる理由である。イエスの衣服は赤い部分が左斜め下に流れている。その蛇っぽい体を使徒の方に繋げると(イラストで赤く描いた)・・・・フェルメールの「取り持ち女」の売春婦の様に、半身蛇の体に人間を呑み込んだ姿が見えて来た。イエスの体は大蛇であり、使徒たち人間が三人一塊になった所を山の様にくねって呑み込んでいる。

ヨハネとされる物はメス型の大蛇でありイエスの伴侶である(イラストで青く描いた)。イエスと同様右に並んだ使徒たちを呑み込んでいる。

どちらの大蛇も画面の端で上方に向かっているのではないか(この辺ははっきりと見えず自信がないが)。メス型はオスのイエスのひざ元を通って、もしかして交尾しているかもしれない(これは半分想像が入っている)。

 

この絵は「最後の晩餐」と言う画題を借りた、巨大蛇による生贄の食事会の絵である。喰われているのが人間で、喰っているのは自らを「神」と呼ばせている巨大蛇である。