畑・生き物・美術

畑にある命・美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

ムンク「地獄の自画像」 画家を通して人間をコントロール

ムンクの作品をまた一点。

「地獄の自画像」1903年 オスロムンク美術館

ムンク地獄の自画像1
ムンク地獄の自画像1 posted by (C)カール茅ヶ崎

地下深くにある洞窟のような場所、背後に業火が燃えている。そこにたたずむ裸のムンク自身。顔に死への不安と恐怖が表れている・・・・といった図ではあるが、実はそれだけではない。巨大な蛇に今まさに喰われようとしている人間を表している。ムンク地獄の自画像2
ムンク地獄の自画像2 posted by (C)カール茅ヶ崎

画質を変えてイラスト化してみた。背後に顔だけでも人間の背丈ぐらいはある巨大な蛇の正面顔がある。画面いっぱいに描かれている。画面上方左右にその眼がある。口がちょうど人の頭のあたりの所にある。ちょっと牛の顔にも似た蛇の正面顔である。こういう形で描かれる巨大蛇の正面顔はあらゆる国の、あらゆる時代の肖像画に見られる表現である。写楽の役者絵ににもあった。また写真でも(例えば手塚治虫の古い写真にも)あった。蛇神様はいつでも人間を支配・監視しているぞと言わんばかりの表現である。

ただこんなに大きな蛇に実際に迫られたとしたら、とても抵抗できるものではないだろう。その眼力に惑わされ、恐怖の中で見動き出来ず、ただされるがままだろう。ムンクはおそらく実際にこの巨大蛇を見たのだ。

こんな巨大蛇に人間以上の知能が備わっていて、語り掛けられ命令されたら、それに逆らう事が出来るだろうか。ただただ神のごとく畏れ敬い従うのが多くの人間ではないのか。ムンクはこの世での地位・名声・財産等を強く望み、この異次元の悪魔を呼び寄せてしまい、それらと引き換えに肉体改造されてレプティリアンにされたのかもしれない。(人間には爬虫類脳があり、そこを活性化されたかもしれない。)そして一度改造されてしまったら(体中に蛇を張り付けられてしまったら)もう元には戻れない。地獄の恐怖を味わいながら一生を終えるしかないのだろう。

画面いっぱいの蛇の顔の中に少し小さな蛇の正面顔がある。そしてその顔の中にさらに小さな正面顔があり、まるでロシアのマトリョーシカのように表現されている。それらの表現も小さな蛇の集合で描かれている。横に這うもの、下に向かうもの上に登っているものが無数に集まっている。

ムンク地獄の自画像3
ムンク地獄の自画像3 posted by (C)カール茅ヶ崎

頭から上の部分だけで見ると背後の巨大蛇の顔がとらえやすいかもしれない。一度見えてしまえばもうそれにしか見えない。

ムンク地獄の自画像4
ムンク地獄の自画像4 posted by (C)カール茅ヶ崎

人間の顔部分の拡大図。耳・鼻・口・眉毛・眼の白目部分・黒目部分で蛇の形が見える。どこもかしこも蛇で表現されている。筆のひと塗りで立体的な蛇が出来上がっているようである。

蛇で形作られた顔の表情は・・・・「不安」と「恐怖」である。

そうだろう。自分より圧倒的に力の強い、知能も高い生命体に喰われるかもしれないという思いは作者にとって一生付きまとう思いであろう。

そしてムンクは蛇神工房の画像処理ソフトを借りて絵を強制的に描かせられる。人間に内在する精神の不安を表面的テーマにして、実は巨大蛇型悪魔的宇宙人の人肉食を裏テーマにして・・・・。

彼らの目的は、画家たちを操って魅惑的な絵画を描かせ、その中に人間への威嚇・恐怖心の植え付け・マインドコントロール等を含ませているのだろう。