名画の中の人喰い蛇

美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

ダヴィンチ「東方三博士の礼拝」 悪魔マリアの支配する世界

ダヴィンチの絵は難解である。画面の隅々まで二重三重の隠し絵があって、読み解くのに苦労する。現時点で判明した所を解説する。

ダヴィンチ三博士1
ダヴィンチ三博士1 posted by (C)カール茅ヶ崎

  レオナルド・ダ・ヴィンチ 「東方三博士の礼拝」1481年 フィレンツェウフィツィ美術館

「未完成のこの作品には、多くの人々に囲まれた聖母子が描かれている。遠景には風景と崩壊した建物が表現され、聖母子の方へとやってくる多くの人々が描かれている」(Wikipedia)のだそうだ。手前で膝間付く二人の老人・奥で背中を丸めて前かがみになっている老人が三博士だろうか。

 

ダヴィンチ三博士2
ダヴィンチ三博士2 posted by (C)カール茅ヶ崎

この絵はこういう絵である。

聖母マリアは下半身が大蛇の化け物であり、人間を喰いものにしている。確保した人間達を逃げないように胴体で締め付け、順に喰っている場面。これはそういう絵である。マリアの腰あたりから後ろに伸びた大蛇の胴体が、とぐろの一番上に行き、人間を巻き込みながら二周半して画面左に向かっていると見える。

空から巨大な蛇がたくさん降りて来ているのがかろうじて見える。

ダヴィンチ三博士3
ダヴィンチ三博士3 posted by (C)カール茅ヶ崎

聖母マリアの顔拡大図。右目が変である。眉毛から眼に掛けて蛇の顔になっていて、それの口が眼の開口部になっている。人間の眼ではない。我が子や博士をこんな冷たい三白眼で見る母親はいない。髪の毛は左右とも蛇の頭で表されている。

ダヴィンチ三博士4
ダヴィンチ三博士4 posted by (C)カール茅ヶ崎

画面右下の老人、博士の一人だろうが眼が死んでいる。口の前の蛇に噛み付かれている。頭も体も蛇に呑み込まれている。

ダヴィンチ三博士5
ダヴィンチ三博士5 posted by (C)カール茅ヶ崎

この博士の上にいる人々、皆大蛇に襲われ、喰われている。顔や手以外は全て大蛇に呑まれて見えない。襲っている蛇が成り替わって人々の身体の様に描かれている。マリアの巨大な胴体はより小さな蛇にもなって人に噛み付いている。

ダヴィンチ三博士6
ダヴィンチ三博士6 posted by (C)カール茅ヶ崎

画面左の膝間付く老人。これも死人の顔である。老人にしてはたくましい大きな背中は実は大蛇の頭であり、老人の首を咥えているのだ。右上腕も下腕も手もこれとは別の蛇が形作っている。頭から耳、顎に至るまでの所は蛇の連結で出来ていて老人の髪やひげでは無いようである。

ダヴィンチ三博士7
ダヴィンチ三博士7 posted by (C)カール茅ヶ崎

この博士の上方の人々、やはり大蛇に襲われ喰われている。髪の毛や身体に見える部分は全て蛇である。蛇が人間を呑み込んで顔だけが見えている。恐れ・逃げ惑う人々を前後左右から無数の蛇どもが襲い、体を呑み込んで人間を振り回すようにしながら奪い合って喰っている。画面左手に見える男は赤ん坊を二人守る様に抱いているが、その子たちも上下から蛇に襲われて助かりそうにない。

ダヴィンチ三博士8
ダヴィンチ三博士8 posted by (C)カール茅ヶ崎

奥の博士も蛇に呑まれている。人々も、馬に乗る兵隊も蛇に取り付かれている。

ダヴィンチ三博士9
ダヴィンチ三博士9 posted by (C)カール茅ヶ崎

ただ気になるのが、この奥の群像の中で、蛇にナイフを突き立てて抵抗している者が描かれている(上図上の白丸の中)事である。誰の手か分からない。右の女の手に噛み付いている蛇の眼あたりをナイフで刺しているように見える。人々の阿鼻叫喚の中で、唯一抵抗を見せているのがこの手である。

そして割と冷静な顔でいるのがこの(上図左下の)人物。画面右端にいる。自身も腕や肩を蛇に呑まれているが、他の人と違って沈着冷静な顔をしている。画面右手枠外に何か味方がいるのか、またはこのあまりに凄惨な現場に顔を背けているだけなのか。

最後に画面中央近く、樹の陰にいるこの人物が気になる。ダヴィンチの「洗礼者ヨハネ」と似ている。この絵から33年後くらいに描かれた「ヨハネ」はやはり右手人差し指を上に向けて見る人に何かを訴えるようである。ここでのこの人物は生贄の犠牲者の一人の方を見ながら上方を指さしている。

・・・・「天から救いがあるので恐れることは無い。安心しなさい。」とでも言っているのだろうか。悪魔マリア等の支配はいずれ終わり、人間はその本来の生き方が出来るようになる。その日は近い。・・・・と言ったメッセージをダヴィンチは表しているのだろうか。