畑・生き物・美術

畑にある命・美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

ミケランジェロ「聖家族」は大蛇の食人画

ミケランジェロ聖家族1
ミケランジェロ聖家族1 posted by (C)カール茅ヶ崎

ミケランジェロ 「聖家族」1507年頃 ウフィツィ美術館 フィレンツェ

再びミケランジェロシスティーナ礼拝堂の天井画制作の一年前の作とされる物(上図左)。ダヴィンチ・ボッティチェリと同様聖母マリアは半人半蛇であり(右に赤くイラスト化した)、キリストとされる幼児を食べている場面が描かれている。この絵には同じく半人半蛇の聖ヨセフもご相伴にあずかっている(イラストで青く描いた)。

マリアは腰の辺りから下が蛇身になり、手前の地面に廻って胴体が這っているのが薄く描かれている。後ろに回った胴体は向かって右後ろの陰の部分でくねって再び左へ向かい、左方に出て行く。ヨセフの方も腰から下が蛇身になっているようで、左右の足の膝を形作りながら後方へ向かっているようだ。地面の花は蛇の胴体の柄である。ヨセフの両膝は人間にしては大きすぎ、開きすぎていると思う。

二体の怪物、中国の伝説の半人半蛇の女媧・伏羲を思わせる。人間を創ったのはその二人だとか。

ミケランジェロ聖家族2
ミケランジェロ聖家族2 posted by (C)カール茅ヶ崎

この絵も蛇で満ちている。至る所にそれがいて、人物そのものが蛇で出来ている。まずヨセフの幅広い両肩に目を持つデカい顔のがいて、ヨセフの両膝を眼とするまた大きいのがいる。後ろのデカいのに喰われているようだ。マリアの腹も口の尖った蛇の顔になっていて、その後ろにもそれを咥える蛇もいる(マリアの腹の左右横に両目が見える)。手前の蛇は後ろの蛇に喰われ、そいつもまた後ろの蛇に喰われる・・・と言うのパターンはよく見かける。まるでそれが世界の決まり事であるかのように描かれる。

両足も両手も全て蛇で出来ている。ロダンの「考える人」同様肩・肘・手・膝等が大小の蛇になっていて、先の蛇を咥えてそれを形作っている。

地面にも這っているし、後ろの洗礼者ヨハネや五人の青年たちも蛇に絡まれて身悶えている。

人物の背景の空には、巨大な蛇がいる。上図右上はその部分をトリミングし画質調整した物。下にイラスト化した。ごく薄く判別し難いが、よく見ると親父の右後ろに蛇の目が見えて来る。幼児の左にも目。蛇の巨大な正面の顔だ。眼の瞳が縦線である事は蛇類の特徴である。拡大するとやや小さ目な蛇の顔も3~4体見つけられる。

ミケランジェロ聖家族3
ミケランジェロ聖家族3 posted by (C)カール茅ヶ崎

三人の表情を拡大表示で見るとその異常性が分かる。マリアは刺すような鋭い目で幼児を見つめ感情が無い。ヨセフも冷血な目で幼児を見ている。幼児キリストは、嫌がっているとしか見えない。マリアの頭を両手で突っ張って押し、左手など指先が拒絶するように浮いている。マリアの肩に乗せた右足も指が浮いていて嫌そうだ。

幼児の左ひじがヨセフの口元に近い。そのヨセフの口を拡大してよく見ると、口の中に蛇の牙の様な物が二本うっすらと見える。既に齧ったのか幼児の左上腕に線状の傷っぽい物もあるような・・・。

マリアの肩と幼児の左足の境目が不鮮明になっている。彫刻っぽいしっかりした描画のミケランジェロらしくない(上図右下)。幼児の左足の色がマリアの肩にそのまま流れている様な感じだ。

幼児の左足は切断されてないか。マリアの肩に隠れる部分はもう喰われてしまったのかもしれない。その部分の皮膚が少し残っていてマリアの肩に掛かっているのではないか。マリアの白い服は赤い部分が所々にあるが、それは幼児の血か?

この絵は聖家族などではない。蛇人が人間の幼児を食べている食人の絵である。赤蛇と青蛇が食糧を奪うように喰い漁っている場面である(マリアもヨセフも俺に寄越せと幼児を引き寄せている)。後ろの少年たちも喰われているに違いない。

ミケランジェロも他の芸術家も何故こんな凄惨な場面を隠し絵で表すのか。