畑・生き物・美術

畑にある命・美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

ゴーギャン 生贄の現場

ゴーギャンわれわれは何処から1
ゴーギャンわれわれは何処から1 posted by (C)カール茅ヶ崎

ポール・ゴーギャン「我々は何処から来たのか 我々は何者か 我々は何処へ行くのか」1897~1898年 ボストン美術館

ポスト印象派の画家ゴーギャン その代表作のひとつとも言えるこの作品は数年前日本にも来て、僕も見に行った。横幅が4メートル近くある大作だ。ゴーギャン自身「これは今まで私が描いてきた絵画を凌ぐものではないかもしれない。だが、私にはこれ以上の作品は描くことはできず・・・・。」と言っているとの事だ。誰しもが思う生と死の哲学的疑問をこの絵の中に描き込んでいると思う。

数年前美術館で観た時は人も多く、良く分からなったが、今ネットで詳細画像をよく観察してみると、これはとんでもない絵だという事が分かった。

すなわちこの絵は、生贄の祭壇上の人間達が神に食べられている現場を描いている。

この絵の画題を僕なりに解釈すると・・・・神とは蛇の様な爬虫類型宇宙人で、それが空から(地球外から)来て人間を自分たちの食糧として創り、地上に繁殖させる(何処から来たか)。人間達には生まれた時から宗教等で教育し、生贄を供出するようにする(何者か)。己が生贄に選ばれた者はその事が名誉であるかのごとく思い、素直に食べられるのだ(何処へ行くのか)。その生贄の現場、まさに人間が蛇たちに食べられている様子をこの絵は描いている。

ゴーギャンわれわれは何処から2
ゴーギャンわれわれは何処から2 posted by (C)カール茅ヶ崎

絵の上に黄色線で蛇たちの輪郭を辿ってみた。画面いっぱいに大蛇がうじゃうじゃいるのが隠し絵になっている。大蛇の口先に人間がいて、今にも食べようと口を大きく開けている、または齧り付いている。すでに一部飲み込まれた者もいる。

右端の赤ん坊、尻を蛇に噛まれている。2人並んだ女の真ん中の方の下半身は蛇の頭で、左の女の脚に噛みついている。だからその女の脚は色が黒ずんでいる。後ろの直立した女は2人寄り添って祈りを捧げながら大蛇の大口に飲み込まれようとしている。中央の青年はあちこちから大蛇に狙われている。右から左から巨大なニシキヘビが迫っていて背後にいる。足元にも青いのが来ている。青年の向かって左の子供の背後にも大蛇が迫っている。画面左端の老婆は恐怖にさいなまれ頭を抱えているがもう遅い。大蛇に尻を噛まれ飲み込まれようとしている。右の人はヤギに足を噛まれているようだ(ヤギの頬が膨らみ人の脚に傷がある)。

蛇たちは皆空から降って来たように空と繋がっている(決してマンゴー等の樹の枝ではない)。

ーーーーGoogle Clomeでは125%か150%ズームにすると見やすいです。またここの画像をクリックすると「フォト蔵」に飛び、拡大画像が得られます。超有名な絵ですからネットでも(Wikipedia等でも)詳細画像が得られますーーーー

ゴーギャンわれわれは何処から3
ゴーギャンわれわれは何処から3 posted by (C)カール茅ヶ崎

上の画像は画面を切り取り、拡大したもの。(1)~(8)まで番号を振った。

(1)怯える老婆。老婆の影に見えるのが蛇の大きな口。鳥の視線は蛇の大口に向いている。

(2)画面左の神像の右横に直立する女。大きな蛇が何匹も口を開けて襲いかかっている所。女は観念してただ祈っている。

(3)中央の青年の右奥にいる女2人。

(4)左下の少年。右足すねの内側が血に染まっている。

(5)神像の左側に小さく描かれた人。何かに吸い込まれている。蛇が赤いのど奥を見せながら飲み込もうとしているのだと思う。

(6)は後にする事にして、

(7)大きな化け物の顔の前に小蛇が何匹も集まってまた顔を作るが、また下から人を食べる龍にも見える。(黄色で線画したが)竜の口先に女の生首が見える。まるで心霊写真の様に真っ黒な目をした女の首がこちらを向いている。体全部を飲まれ最後の頭だけ見えているかのようだ。恐ろしい。

(8)赤ん坊は青い大蛇に尻を齧られ、瀕死の状態かもしくは死んでいる。(描かれた人物の身体の色は、黒っぽいほど死に近づいている事を表すのかもしれない。)

 

現在でも生贄は行われているのかも知れない。児童相談所・老人ホーム・事件事故や自殺と報道された人ももしかしたら生贄の祭壇行きになったのかも知れない。ReptilianIsRealさんはその辺の事を教えてくれたが、彼女のブログももう更新されなくなった。

(6)の青年はイエスキリストではないか。ゴーギャンは「黄色いキリスト」(1889年 オルブライト=ノックス美術館)を描いているが、青年はそれと似ている。右手の平・両足の甲に聖痕が有る様にも見える(黄色い丸を付けた)し、後ろ右側に茨の冠を被ったイエスの横顔(黄色でトレースした)が見えたりする。果実を採ると言うのも旧約聖書との繋がりを思わせる。

ゴーギャンはこの作品を描いた後自殺を図り、5年後くらいに急死したという事だが、この最期の大作の中央にイエスを描いたとすれば、この青年のポーズ(果実を採ると言う)は何を意味しているのか。まだ良く分からない。だが人間のこの悲惨な現実を打開できる行動のヒントが隠されているのだと思う。