畑・生き物・美術

畑にある命・美術品が教えてくれる命の意味を農作業しながら考える。

少年達は食べられている

ざくろの聖母
ざくろの聖母 posted by (C)カール茅ヶ崎

フィレンツェウフィツィ美術館蔵「ザクロの聖母」、作者はボッティチェリ、1487年頃。(詳細画像はネット上Wikipedia等で観る事が出来る)

はやし浩さんのブログに啓発されて、昔よく観た名作絵画の見直しをしている。はやしさんはダビンチの「岩窟の聖母」のマリアの下半身が大蛇だと指摘していて、その通りだと思うが、同じダビンチの「糸車の聖母」でも、このボッティチェリの「ザクロの聖母」でもやはりマリアの下半身は大蛇である事がみてとれた。

この絵は円形の額縁の中に描かれたものだがこの絵の解説は・・・・

聖母マリアと幼子イエスを中心に複数の天使達を配する典型的な聖母子像の図像であるが、繊細で豊かな色彩によって表現される調和と均整の取れた空間構成の中で、本作の題名の由来となる受難の象徴≪柘榴≫を手にする幼子イエスと、後に父なる神から授かった我が子イエスが歩む茨の道を憂う聖母マリアの虚ろな表情は、フィレンツェ派最大の巨匠ボッティチェリの最も特徴的な表現が非常に高度な手法によって示されている」とある。

この絵のマリアはボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」とそっくりな顔立ちで、首が長く異様になで肩で、手指が異常に長い。地球人では無いだろう。イエスと言われる赤ん坊も目付きが変に大人びている。後ろの6人の天使と言われる少年達、ボッティチェリは同性愛者と言われているから自分好みの美少年を並べたのだろうが、どうもおかしい。どこか悲しげで、特に向かって左から3番目の少年は生気のない顔をしている。マリアの右手横、1番目の少年の右手の上に乗せられただらりとした手がこの少年の物だとしたら、この少年は生きてはいないのではないか。

少年たちの腰回りにバラの花で創った大きな花輪の様な物がある。花輪を腰に回して何をしているのだろうか。(イエスの後の磔刑時の茨の冠を象徴するにしても大きすぎる。電車ごっこでもないだろうに・・)

僕はこの太い花輪がニシキヘビに見える。そしてこれはマリアの上半身から繋がっているように見える。少年たちをまとめてからめ取っているように見える。

マリアの上方に金色の円盤型の物が描かれているが、これはどうも隠し絵手法で、天蓋の様な装飾ではなく、穴から見える外界だと観た。岩の洞窟の様な所に少年たちは閉じ込められていて、たまに来るエイリアンたちのエサとなっているのだ。そう言う宇宙人の食糧庫を西欧では「ドルメン」・日本では鳥居のある「神社」と言うらしい。

エスが持っているのは「ざくろ」とされているが、どうも僕には人間の心臓に見える。詳細画像を探してよく観るとイエスの右肩マリアの胸元等におかしなシミの様な物があって、これは血ではないのか。向かって左から3番目の少年は既に心臓を取り出されているのではないか。

さらに天使の翼が黒っぽい。右端の少年の翼は羽根には見えず、悪魔の舌のようだ。

食糧保管庫で食事をしている爬虫類人の図。聖母子とはこんな存在であると密かに知らせてくれている。

ではあるが、ボッティテェリはこの絵にひとつだけ希望を持たせる物を描いてもいる。

左から2番目の金髪の少年、この少年だけは背中にうっすらと白い羽が見える。3番目の少年の肩に手を置き、何事かを囁いているかのようだ。・・・・「死を恐れることは無い。魂は永遠に生き続ける。」とでも言っているのだろうか。この白い翼の少年はReptilianIsRealさんの言う「光の銀河連邦」宇宙人の一員だろうか。