車の窓ガラスに雨粒が付いている。一粒一粒は不正確な円形をしていて、時々粒同士が合体して大きくなり、ガラス面を伝って下に流れる。流れた後は次の雨粒が付くまでの間流れた跡が川の流れのように筋が見えている。
雨の日は辺りの景色が無彩色になり、ひとつの色調に統一され、セピア色の写真を見るようにちょっと懐かしくなる。
少し憂鬱でもあるが、そんな水滴の流れをじっと見ているのが好きだ。
水は命の源だからか。
雨粒はほぼ完全な球形で落ちてくるらしい。いつか箱根のユネッサンに行ったとき、何の湯だか水の落ちる所に点滅する照明を当てて見せている場所があって、暗いその場所でチカチカと光が当たると水滴が止まって見える。空中の水滴はよくイラストに描かれるいわゆる水滴型ではなく、完全な球形だった。水の球が点線状につながっていた。
雨粒にしても、太陽や月や地球にしても、球形が多いのは何故だろう。動物の卵もそうだし極小の世界でも微生物・菌類等に球形が多いと思う。
三次元空間の中では球形は最終的に行き着く形なのだろう。どの方向からの力に対しても最も強い力を示す。
以前こんなことを考えた。車の形を完全な球形で造ったらどうかと。
ぶつかっても傷がつかないようにフワフワした素材で造る。ゴムボールのようにボヨヨン・ボヨヨンと道路を跳ね跳びながら走る。人にぶつかっても何に当たっても双方痛まない。空を飛んでもいい。空を球形の自家用車が無数に浮いている光景を思い浮かべるとシャボン玉みたいで楽しいではないか。