名画の隠し絵

美術館にある名画には隠し絵がある。それは巨大な蛇の形をしており、人間を喰う姿が絵になっている。

ルーベンス「聖母被昇天」 マリアは人間を喰いに来た

アントウェルペン聖母マリア大聖堂には前回の「キリスト降架」の他に、同じルーベンス作の「キリスト昇架」と「聖母被昇天」があるそうである。今回はその「聖母被昇天」の方を見る。「フランダースの犬」の作者が、ネロ少年の最期に天使に持ち上げられて昇天する場面をこの絵を見て思いついたと思われる。

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1625~1626年の作と言うから、「キリスト降架」の10年ほど後の作である。高さ490cmの大作。

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画面にぼかし・ノイズ・画質のレベル調整をして大雑把に目を細めてみると、やはり画面全体に大きく悪魔の顔が見えた。「寄せ絵」である。頭に角らしきものもある。人物たちを口の中に入れている。

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同じ絵をこう見ることもできる(上図左)。巨大蛇の正面顔が上下に重なっている。前の奴を後ろの奴が咥えて連結している。他の絵画でさんざん見てきた蛇神の顔だが、これが背景に描かれるのではなく、群像の中に「寄せ絵」で見られるのはミケランジェロの「最後の審判」等と同様である。

細かく見れば同じ絵が蛇だけで描かれていることが分かる(上図右)。さらに細かく見るとまた別の蛇が表れるのだろうが、今回高解像度の画像が手に入らなかったのでこの辺まで・・・。

手塚治虫の「火の鳥」の中で、極大世界・極小世界の事が描かれていたが、それと同様である。・・・・人間は地球におり、地球は太陽系・銀河系の中にあり、銀河が集まって宇宙を作り、その宇宙は極大生物の細胞のひとつにしか過ぎないかも知れない。また人間の細胞は原子・素粒子の集まりであり、その素粒子の中を生活圏とする極小の生命体がいるかもしれない。・・・・確かこんな内容の話だった。

極小の蛇をもって少し大きな蛇を描き、それを集めて大蛇となし、それがまた集まって巨大な蛇を形作る。(この絵の場合は悪魔の顔を潜在意識の中に植え付けて人間を怖がらせようとしているが、基本的にはこの世界の仕組みを垣間見せている。)

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画面向かって左の、亡くなった人を担ぎ上げて天国に案内する幼児天使。しかし画質を変えてよく見ると、天使たちは自力で飛んでいるのではなく、手先等を大きな蛇に咥えられて吊り上げられているのである。聖母のスカートの部分には大蛇どもが何匹も張り付いていて、子供たちの手を呑み込んでいる。空の中に空色の大蛇がいて、その口から少し小さい蛇が出ていて子供の背中に喰い付いていて、それが翼に見えるようになっている。

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画面向かって右の幼児天使も同じ、聖母を持ち上げているのではない。この子たちの背後に灰色の雲にも見える蛇どもがいてそれに喰われている。上図左下の子など首だけになって上から下から蛇に咥えられている。三人の子供が比較的まともな形を保っているが、その下に尻をこちらに向けている子は頭も両手もバラバラで、もはや人間の形を成してない。

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画面右の青年天使も犠牲者である。上の天使は赤い大蛇に腰から下を呑まれているし、右手が分断されてありえない向きで浮かんでいる。下の青年天使も同様、黒い大蛇に尻を噛まれている。この青年の右手も不自然な形で存在している。

この青年の下方に不気味な物を発見した。上図右に拡大画像を掲げたが、それをイラスト化した物が上図真ん中下の絵。人間が顔を残して大蛇に呑み込まれている。銀色に光る頭を持った大蛇である。ちょっと宇宙人っぽい。

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画面左右の男たちも大蛇に喰われている。左端の男の足はこの男の物ではなく蛇である。赤い衣の男は背中に蛇が這っている。右手は上方の白い蛇に咥えられて上げさせられている。左足は多分無い。

右の男たちも衣に擬した大蛇に喰い付かれている。上方から来た蛇にも頭を喰われている。

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画面中央下の女たち。手前の赤い衣の女の左右に大蛇が這い上がって来ていて、そのために尻が異常に大きく見えている。左足は踵が無いし、右足は不自然な所(尻の真下)に横向きに転がっている。

奥の女は両肩に赤い蛇が喰い付いている。

そして上を見上げた左の女、足が無いし、右腕の肘が異様に突き出ている。どうやら腕が途中から無くなっているようである。上図真ん中にそこの拡大図を置いたが、手前の後ろ向きの女の左手の下にある白い布が不思議な形を作っている。奥の女が指さしているのはこの部分あたりである。

この部分を時間を掛けてじっと見続けたら、僕には上図右・イラストのような物が見えて来た。白い布の中にうっすらと人間の足がある。下端に足指が見える。手にも見える部分があるから足の上に手が重なっているかもしれない。

女たちの右にあるのは聖母の棺桶と思ったが、聖母の死の時期にこんな立派な石棺で葬るなどあり得ない。この石造りの台は生贄台ではないのか。女たちは白い布の中にある人間の肉を蛇神に捧げる作業をしているのではないか。

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聖母マリアの絵と言えば、今まで見てきたどの絵画でも下半身が大蛇の姿で描かれていた。この絵でも多分そうだと勘ぐったら、案の定大蛇の胴体が見えて来た。聖母の服と同じ青の濃い色で画面右から上に向かってそれらしきものが見て取れる。聖母マリアはやはり蛇の化身なのだ。そしてこの絵はマリアの昇天を描いたのではなく、蛇神の化身マリアが空から生贄台のある所に舞い降りて、人間を喰いに来た図なのであろう。

ルーベンス「キリスト降架」 悪魔の食事と食糧の生産?

今回もルーベンス。 アニメ・「フランダースの犬」のネロ少年が見たがっていたという絵のひとつがこの絵。

ピーテル・パウルルーベンス 「キリストの降架」1611~1614年 聖母マリア大聖堂(ベルギー・アントウェルペン

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縦421cmの大作である。センターパネルの両翼に観音扉があってそこにも描かれている。「キリストの昇架」・「聖母被昇天」も同じ聖堂にあって、高い評価を得ているという。祭壇画として中央に描かれているのは磔刑後のイエス・キリストを関係者たちが梯子や白布を使って丁重に降ろす場面。手前の赤い服の男が聖ヨハネ、左の手を伸ばした青い服の女が聖母マリアらしい。

動きのあるポーズで良く描き込まれた人体、迫力のある絵である。力強い男たちの腕、涙を流す女たちの表情、明と暗の劇的表現、ルーベンスバロック美術の代表にふさわしい画家である。ネロ少年も見たがったわけだ。

ただこの絵にも不可思議な点がたくさんあったのでそれを述べる。

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元絵にぼかし・ノイズ等の画質調整をした。これは何だ! 歌川国芳の絵のような骸骨が表れたではないか(上図右イラスト)。

これは一種の「寄せ絵」だろう。いくつもの人体を組み合わせて図形化している。ミケランジェロの「システィーナ礼拝堂天井画」とも同様な手法である。左右の男の腕またはその影を利用して骸骨の眼を表している。鼻はイエスの腕、口は手前の女の腕で作っている。頭の上に角のような物まであって、いわゆる悪魔そのものの絵である。

キリスト教はやっぱり悪魔教であるに違いない事をルーベンスはこんな隠し絵で示している。これをだれも気付かないことにほくそえんでいたに違いない。

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扉の左側(上図左)に描かれているのは、はっきりとは判別できないが、巨大な蛇の正面顔がいくつも並んでいる。描かれた人物の頭に喰い付いているようである。右側(上図右)にも、上方から降りてきた巨大な蛇が人物の頭に喰らい付いている。坊さんの右肩のあたりに特にでかいのが張り付いていて、そいつが右の青い服の男の手を呑み込もうとしている。こちらは普通に蛇神(=悪魔)を隠し絵にしている。

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女たちは皆若く、つやのある肌に涙がキレイな球になって流れている。

しかし皆口から何か変な物を出している。聖母(左)の口から出ているのは、異様に細い舌? いや小さな蛇ではないか。イエスの足を持つ女(真ん中)もよく見ると下唇の所にミミズのような物が見え、血を吐いているようにも見える。左手前の女(右)の口には一番はっきりと赤い小蛇が見えているが、血だまりにも見えなくはない。

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三人の女たちは皆大きな蛇に喰い付かれている。向こう側の聖母は頭・肩から背中・尻にかけて大蛇が乗っかていて、そのために輪郭線が実際よりも外側になっている。右手の形も何かおかしい。肩に張り付いた大蛇に喰いちぎられて、その千切れた腕を咥えて持ち上げられているのではないか。両足は見えないが衣が画面左に流れているので、聖母自身下半身は大蛇ではないか。

聖母の手前の女、足が・・・・無い。巨大な青い蛇に腹の所まで呑まれているらしい。それともこの女自体が蛇女なのか。この女も右手がおかしい。上腕で切れて左へずれている。切断されたらしく肘の上が真っ赤である。

エスの足を持つ赤い服の女の尻が異様に大きい。ここには大蛇が張り付いているのか。左足先が千切れている。左の女の手の下に非常に暗い不明確な所があるが、手の下にいる大蛇の口に無理やり引きちぎられた断面らしき部分がある。この女の赤い服も画面左方に流れているので、こいつも蛇女かもしれない。

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赤い服の女の左足先があるべき部分。左の女の手の下に大蛇が大口を開けていてそれに喰われたと思える。

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イエス・キリスト。祭壇画に描かれた神の子イエスの表現にしてはあまりにもリアルすぎてどうかと思う。もう少し拝むにふさわしい、美化された物であっても良いのではないか。ここの聖堂ではこんな死体そのもののグロテスクな絵を見ながら皆礼拝しているのだ。

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十字架の上に登った若い男は下半身を大蛇に呑まれている(上図左)。その下の老人は両腕に大蛇が喰い付いている。左手に付いた大蛇がイエスの頭を齧っている。背後の背景部分に巨大な蛇神が睨んでいる。右上の老人は首の所まで服のふりをした大蛇に喰われている(上図右)。

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画面右の梯子に乗っている男はどうなっているのか分かりにくい。両肩を青い大蛇に喰い付かれている。鼻や口から血を流しているように見える。後方の暗がりにいる大蛇に頭をぱっくりと咥えられている。

そして左足。この足先は蛇の顔になっている(上図右)。左足はこの男の本当の足ではない。男の腹のあたり、聖ヨハネの右わきの下に隠れる部分の表現があやしい。

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その左足は切断されて、衣服に偽装した大蛇に咥えられて不自然な位置にあるのであろう。左手は後ろの梯子を掴んでいるのではなくて、背景に潜んだ大蛇に喰い付かれ持っていかれている。

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腹から赤い服が出っ張ていて下方の暗い部分に繋がっているから、こいつも蛇の仲間か。左目が口を開いた蛇の横顔で出来ている。目の前にあるのはイエスの左足だが、少し長すぎる。この足も切れたのを大蛇が繋いでいるらしい。

ヨハネが見ているのは蛇仲間の三人の女の方である。

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画面右下手前に描かれた物。いばらの冠と皿、十字架に貼られていた紙、その紙を抑える石。何の意味があるのかさんざん考えた。ラテン語が読めないし、皿の意味も知らないし・・・・と、重石をよく見たら・・・・人の頭である。仰向けに寝かされた頭(上図右)。眼も口も閉じている。大きさから言って胎児くらいか。何だろう? 一番手前には作者のメッセージが込められているはずである。全体的に見える骸骨はこの胎児の頭を見ているようだし・・・・。f:id:curlchigasaki:20181014183543j:plain

扉絵の左側には妊婦が描かれている。上流階級らしい婦人である。扉絵の右側には教会の坊さんに抱かれる赤ん坊が描かれている。

共に背後の人物の表情が意味深である。何だろう? ダヴィンチコード並みの難解さである。キリスト教の教義を考え合わせると分からなくなる。

単に死と生を描いただけなのか。前回の「ヴィーナスの戦車」の様に、蛇神(悪魔)が人間を喰って消費する、人間は女たちを妊娠させていくらでも産めばよい・・・といった事を示唆しているのか。

ルーベンス「ヴィーナスの戦車」 巨大な蛇神の餌場・食糧の消費と生産

 

上野の西洋美術館でルーベンス展が近く開催されるそうだ。

そのルーベンスの作品で、また興味深い物を発見したので調べてみた。

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ピーテル・パウルルーベンス「ヴィーナスの戦車」1630年 スウェーデン国立博物館

野外のヴィーナスの石像の前に大勢の裸の幼児がいる。幼児たちは勝手気ままに遊び、踊り、木の実を食べ、キスをしたりしてじゃれ合い収拾がつかない。幼児たちの背中には小さな翼が皆ついていて、数人が宙に舞い上がっている。キューピットらしい。画面右手には二人の女が手に鏡と櫛を持ちその手を上に上げて空を見、背後を見るという訳の分からないポーズをしている。キューピットの養成学校があるとしたらこんな絵になるかもしれない。画題の「戦車」は上の隅にごく小さく描かれている。

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白鳥に曳かせた古代の二輪戦車。御者は光背を背負った裸の男。ヴィーナスは戦いの勝利に関連付けられているのだろうか。ギリシャローマ神話に詳しくないのでよく分からない。

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キューピットたちは拡大してみるとあまり楽しそうな顔をしていない。手前の樽に腰かけた子は右の矢を射る子の的になってそれを制止しているのか、尻の穴に何かを突っ込まれてびっくりしているようにも見える。後ろの直立した子(女の子?)は背後から何かに襲われているように見える。その右の椅子に腰かけて木の実らしきものを口にしている子は手の形がおかしい。右手先が蛇によって体から離され咥えられて変に回転して不自然になっている。左手先も蛇に咥えられているようだ。このキューピットたち、遊んでいるのではなく大蛇に襲われてるらしい。

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キューピットたちの群れの奥、左の方にまさに大蛇に喰われている子が描かれている。上半身を呑まれてほとんど尻しか見えてない(イラストで黄色く表したのが子供たち)。その尻のすぐ右下にも顔と手だけを見せている子がいる。上方から降りてきた巨大な蛇に喰われている。その巨大な蛇の頭の中に森の樹の間に大勢の子供たちがいるらしいのが透けて見えている。奥の方でも大蛇たちが幼児を喰っているらしい。

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宙を飛んでいると見えた子は、拡大してみると手足を大蛇に咥えられ、吊り下げられて苦痛に顔をゆがめているのが分かる。雲も、樹も巨大な蛇と化して子供を咥えている。奪い合うようにして人肉を喰おうというところである。

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キスをする幼児? される方は明らかに嫌がっている。この子は色が茶色っぽいが暗い色は生命反応が薄いことを示していると思う。この子の左手先・左足は果たしてまともにあるのか。後ろの洞窟のような所に横たわった子は巨大な蛇の口の中に入り込んでもはや表情も失っている。上図左図手前の木の実を手にした子の顔は死にそうな表情である。

上図右の女二人。どうやら巨大な蛇に襲われて逃げまどっているらしい。赤い服・青い服・白い袖が全て巨大な蛇になっている。化粧途中に襲われたらしい。

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ヴィーナスの像の後ろにあるのは、食糧として人間を保存しておく為の「ドルメン」だろう。出られないように出入り口は高い所にある。ここから幼児たちを出してきて、蛇神に捧げるのだ。

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この像、石像にしては生々しい。ルーベンスらしい豊満な体の女。しかし腕や足は太く筋肉がよく付いている。腹が出て妊娠しているようにも見える。

手の持っているのは蛇神へ通信するための装置か、または単に子供の手の骨かも知れない。フライドチキンの様にして食べていたのか、ヴィーナスの口の端は赤い。眼全体が黒く、下の幼児たちを見る目が冷たい。おいしそうな食べ物をよだれが出そうな顔で見つめている。

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この絵を全体的に見るとこうである。空から巨大な蛇神たちが降りて来ている。地上にはその餌となる人間の子供たちがヴィーナスによって用意されている。ここは餌場である。巨大蛇型宇宙人は人間を自分たちの食糧として創り時々喰いに来る。

ヴィーナスは餌場を管理するために地上に置かれた、人間と爬虫類人とのハイブリットかもしれない。

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このヴィーナス、どうも股間に男性器を付けているように見える。アダムとイブを分ける以前、ハイブリット種は両性具有だったのかもしれない。

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画面手前の地面にまた恐ろしい物が描かれている。白い布を被せられた物は人間の切断された足だろう。大きさからすると大人の足だから、右の女たちのどちらかの物だろうか。画面手前の地面に切断された足を転がすあたり、ラファエロの「ひわの聖母」と表現が似ている。右手には小さな子供の死体に青い布が被せられている。尻をこちらに向けてうつぶせに置かれている。赤ん坊ほどの大きさである。

これらの上の、赤い布の被ったバスケットの中にあるのは、三本の切り取られた男性器? 蛇たちが集まって来ていて口を向けているから人肉には違いないが、僕にはどうしてもこれが並べられた三つの亀頭に見える。男性器は命を産む為のシンボルとして考えればこれが描かれていてもおかしくない。ミロのヴィーナスを以前このブログで精査した時に、腰から下の後ろ姿が男性器そのものだったのを思い出す。

幼児たちを大量に喰い、死なせた後は人間の女たちに子供をどんどん生んでもらうと言う事で、象徴的に男性器を描いているのか。この絵には食糧の消費・生産が描かれている。

青木繫「黄泉比良坂」 日本神話の一場面に描き込んだ食人画

西洋絵画の鑑賞が比較的好きだったのでそればかりになりがちだが、たまに日本人の描いた絵画も見る。

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青木繫「黄泉比良坂(よもつひらさか)」1903年 東京芸術大学美術館

夭折の天才画家青木繫21歳の時の作品だという。「古事記」の中のイザナギイザナミの物語の一場面。死後黄泉の国に行ってしまったイザナミを追ってイザナギが来た。女神イザナミは決して自分を見ないでほしいと言ったが、男神イザナギはその場所を明るくして姿を見てしまう。腐乱した姿を見られたイザナミは怒ってイザナギを追いかける。鬼女ヨモツシコメ達を使って追いかける。絵はその場面を描いている。

画面上に逃げるイザナギ。追いかける女たちが5~6人いる(どれがイザナミか分からないが)。おのれの醜い姿を見られて、幽鬼のようなゾンビの様な格好で追いかける鬼女たちには女の怨念・執念が表されていて恐ろしい・・・・と一般的には解釈されるのだろう。しかしそんな表面的画題とは別に本当の画題は、やはり例によって神を装う鬼蛇どもに人間が喰われている場面である。

登場人物を順に見て行く。

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画面中央上方の一番目立つ女。裸で髪が尻まで届くほど長い。両腕を前に上げてイザナギに待てと言っているようである。その両腕が異様に長い。これは画面全体を考えて美的に判断して長くしたとかではなく、セザンヌの「赤いチョッキの少年」の腕と同様の表現である。すなわちこの腕は切断されていて、肩に張り付いた大蛇が咥えているので大蛇の分だけ腕が長く見えるのである(上図右イラスト)。

この女は体も髪も大蛇で形作られている。女の外側にはさらに大きな蛇がたくさんいて、女の体に齧りついている。

西洋絵画と全く変わりがない食人画である。女の周りの巨大な蛇は大きく見るか小さく見るかでまた違った物に見える。

その下の後ろ向きの女は両腕を大蛇に呑まれている。顔のあたりも巨大な蛇に喰い付かれている。

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坂の上に逃げるイザナギ。体を形作る大蛇が所々見える(右イラストの様に)。肩や頭に蛇が貼りついている。それを手で払いのけようとしているかのようだ。両足先は地面にいる大蛇に咥えられている。さらに周りには大小さまざまな蛇どもがこの体を求めて集まって来ている。餌に集まる池の鯉の様に。

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画面中央下のこの女、眼が白目になっていて顔がごつごつしている。尻のあたりで皮膚が破れて血か内臓が下にこぼれている。たぶんこの女が腐乱したイザナミではないかと思う。両腕を上に上げているようにも見えるがよく見るとこの女の右手は下に下がっていてこぼれ落ちる物を抑えている様子である。だから顔の上にある腕のような物はこの女の物ではなく、別の者のパーツであろう。すぐ上の女の右足とするのも変だ。分かりにくい。腐乱したこの女も周りの巨大な蛇に喰い付かれている。

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画面右下の女。何故かイザナギを追わず、こちらを向いている。女の顔を絵を見る人に見せるために便宜上こちらを向かせているのか。しかし物語に関係なく、この女も巨大な蛇どもに襲われて単に逃げまどっていると考えれば納得できる。後ろの腐乱女の尻の破れから出て来た物が今度は大蛇の頭に見える。女の右手をしっかりと咥えている。頭も蛇に喰われてその後ろにもその蛇を咥える奴がいる。

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画面左の女。腹から下を巨大な蛇に呑まれているようだ。両手はドガの一連の「踊り子」の絵の様に、大蛇に噛み付かれて持っていかれている。

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画面右の女。仰向けになっているが、横向きの顔と胸の一部しか見えない。その胸の所にいる大蛇が隣の女の右腕を呑み、手前の大蛇が腐乱女の左腕を呑んでいる。この女のは・・・・腐乱女の顔の上にある腕のような物はこの女の切断された腕、または足か。それをデカい蛇の顔が大口を開けて喰っている。この女の体はバラバラになって人間の形を成してない。

 

青木繫は僕は10代のころ知ってあこがれを持ったものだったが、こんな恐ろしい隠し画題があった事に気付いた。彼もやはり鬼や悪魔・神を装う奴らの手下であったか。

カラヴァッジョ「聖マタイの召命」 蛇の化身イエスの食人

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カラヴァッジョ「聖マタイの召命」1599~1600年 サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会(ローマ)

イタリア人画家カラヴァッジョが28歳の時描いた絵で、公式の場へのデビュー作であるにも関わらず大評判となったという。

マタイによる福音書の中の「イエスが収税所で働いていたマタイに声をかけ、マタイがイエスの呼びかけにこたえてついていった」(Wikipedia)と言う話を描いている。画面右手奥の、人を指さしているようなのがイエス、テーブルの向こうの髭の男か左端の俯いて金を数えているような格好の若者がマタイらしい。(マタイはどの男か議論されて来て結局若者の方らしいがそれは僕にはどうでもいい。)

画面が暗すぎるので明るくしてみた。

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明度・画質を変えてみるといろいろと見えて来る。壁に見える巨大蛇の正面顔・人物の体に大蛇が巻き付いている事・人物そのものが蛇で形作られているらしい事がである。カラヴァッジョも蛇神に魂を売ってその技術を手に入れたことがこれで分かった。

以下、気付いたことを順に見て行く。(蛇神の絵画による示唆は、分からないことの方が多く、発見したことがあってもそれが何のためなのか理由が分からない。分からないままに提示してゆく。)

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ひげ親父と手前の椅子に座った男、二人とも下半身に何も穿いていない。ひげ親父の股間はチンチン丸出しに見えるし、手前の男は尻の割れ目がはっきり見える。最初白い股引のような物を穿いていると思ったが、ここまで透けて見えることは無いだろう。二人とも素足に靴を履いているようだ。

この絵の半世紀後のオランダのレンブラントが描いた「夜警」を以前調べたが、中央に立つ隊長・副隊長の股間の物が丸出しであるらしいとの疑惑を持った。このカラヴァッジョの影響を受けていたのだろう。画面を暗くしてそこに隠し絵をするのもこちらの方が先であった。 f:id:curlchigasaki:20181006192643j:plain

ひげ親父が指さし、一心不乱に金を数えている様子の若者がマタイと言う事だが、この男の左手は実は右腕の後ろにあり、皆から隠すように袋を握りしめている。右手はテーブルの上の金をかき集めている。その手に接触しているのはひげ親父の右手である。画面が暗いと両手で金を数えているように見えるが違う。手に入れた金は誰にも渡さないぞと金に執着している「聖マタイ」のしぐさである。

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エスは既にここを出て行こうと片足を上げている。足先の形から手前の男に隠れたイエスの姿勢を想像してイラスト化した(上右図)。体を蛇のようにくねらせている。

左肩にかかっているのは大蛇の頭であるから、イエスは蛇の化身であるその姿を手前の男の体で隠しているのかもしれない。

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エスの手前の男の顔面がおかしい。後頭部と顔面が離れすぎている。顔面は下にもずれている。まるで顔面だけ剥いで、そこに置いたような位置にある。体に比して頭部にこれほどの厚みがあるはずがない。

イラスト化しながら細かく見たら、この男の後頭部には大蛇が数匹喰い付いている。そのうちの真っ黒な一匹が男のお面の様に皮だけになった顔面を咥えているのか、もしくは頭部ごと齧り取って咥えているらしい。この男の体も大蛇に巻かれ占領されている。

エスの左手が赤い。両手の袖も赤い。血が付いているのか。口の下側もあやしい。口から血を垂らしているか。

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上図左、画面中央のこの羽根帽子の人物の顔がスポットライトを浴びたように明るい。よく見ると顔や手の丸み、体が華奢な事でこの人物が女ではないかと疑う。老人の肩に肘を乗せるのは少年にしては馴れ馴れしすぎる。怯えたような顔をしている。

部屋の中で男二人が下半身裸でいる・金のやり取りをしている・女がいる・・・・となればここで男たちがしていた事は・・・売春?

エスの眼はこの人物に向いている(上図右。もっと解像度の高い画像が欲しかったがこれが限界)。催眠術師のような異様な眼をしている。両者の目線は一直線に繋がる。

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結局この絵の中心画題はこの部分であろう。イエスが手を伸ばしてマタイを指さしているのではなく、女に対して手招きをしている。女は一瞬たじろいでいるが、イエスは構わず外に出ようと片足を上げている。この女を手込めにしようというのだろうか。

50年ほど後のフェルメールの「マリアとマルタの家」ではこれと似た画題であったのを思い出す。イエスがマリアの方に手を差し出し、「わたしはこれからこの女を喰う。」とでも言っていそうな絵であった。カラヴァッジョのこの絵でも「お前を喰うから一緒に来なさい。」と言っているのではないか。蛇の化身のイエスのその眼で睨まれたら術が掛かってもう逆らえない。イエスの手前の男は既に喰われて人間としての形が顔面から崩れている。手や口を血だらけにして喰ったのはイエス自身であろう。そんな様子をも見せつけられた女にもう逃げ場はない。